異世界転生×ユニークスキル【電話】で無双する!?

月神世一

第1話

トイレのドアを開けたら、そこは借金地獄の入り口だった

「はい、じゃあ今日はここまで。来週までにこの単語テスト、完璧にしてくるように」

「「「はーい」」」

 気のない返事をして、生徒たちが教室を出ていく。

 俺、南雲恭介(なぐも きょうすけ)は、ホワイトボードのマーカーを消しながら大きく息を吐いた。

「ふぅ……。今の高校生、仮定法過去完了で躓(つまづ)きすぎだろ」

 俺は慶應義塾大学経済学部の2年生だ。

 学費と生活費を稼ぐため、こうして個別指導塾で英語と数学、それに社会を教えている。

 時計を見れば、時刻は20時を回っていた。腹が減った。帰りに何か安い牛丼でも食べて帰るか。いや、昨日の残りのカレーがあったはずだ。スパイスから調合した自信作が。

「その前に、トイレだ」

 俺はチョークの粉で汚れた手を洗い、個室のトイレへと入った。

 用を足し、スッキリした気分でドアノブに手をかける。

 ガチャリ。

 何の気なしにドアを開けた、その瞬間だった。

「…………は?」

 目の前に広がっていたのは、見慣れた塾の廊下ではなかった。

 鬱蒼(うっそう)と生い茂る巨木。

 肌にまとわりつくような濃密な湿気。

 そして、どこからか聞こえる聞いたこともない獣の咆哮。

 俺は無言でドアを閉めた。

 深呼吸を一つ。ポケットから愛用の『コーヒーキャンディ』を取り出し、口に放り込む。

 甘苦い味が脳に糖分を行き渡らせる。落ち着け、恭介。これは夢だ。あるいは生徒たちの手の込んだドッキリだ。

 もう一度、ドアを開ける。

「……マジかよ」

 そこは、どう見ても大森林だった。

 振り返ると、俺が出てきたはずの「トイレのドア」は存在せず、ただの大木が一本立っているだけだった。

「異世界転移……ってやつか? 俺が?」

 慶應の経済学部生が? なんの冗談だ。

 俺は剣も魔法も使えない。使えるのは因数分解と、せいぜい美味しいカレーの作り方くらいだ。

「と、とりあえずスマホ!」

 ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。

 画面を見る。左上のアンテナピクトは、無情にも『圏外』を示していた。

「終わった……。GPSもダメ、警察も呼べない。これ、遭難確定じゃねぇか」

 絶望に打ちひしがれそうになった時だ。

 ブブッ、とスマホが震えた。

『スキル【電話(コール)】を獲得しました』

『連絡先を同期しています……完了』

 無機質なポップアップが画面に浮かぶ。

 なんだこれ? アプリか?

 画面には、見慣れない電話帳アイコン。登録されている名前は、たった一つ。

『ユア』

 誰だ? 聞いたことのない名前だ。

 だが、この状況で贅沢は言っていられない。俺は震える指で、その名前をタップした。

 プルルルル……プルルルル……。

『はいはーい、もしもし?』

 スピーカーから聞こえてきたのは、やけに軽い、女子高生のような声だった。

「あ、あの! もしもし! 俺、南雲恭介っていうんだけど、いきなり知らない森の中にいて……これ、どうなってるか分かるか!?」

『あー、恭介ね。うんうん、データ来てるよ。そこ、マンルシア大陸の魔の森だね。いわゆる異世界転移ってやつ』

「やっぱりか! なぁ、どうすればいい!? 帰れるのか!?」

『帰る方法は今のところ不明〜。で、恭介』

 ユアと名乗る声のトーンが、急に低くなった。

『あんた、今お金持ってる?』

「は? お金?」

『そう、金。この世界で使える通貨。もしくは、あたしに払える円』

「い、いや、今さっき来たばっかりだし……財布には野口英世が数枚しか……」

『ちっ。金なしかよ』

「え?」

『金がないなら用はないわ。じゃ』

 プツッ。ツーツーツー……。

「……え?」

 切られた。

 ガチャ切りされた。

「ふ、ふざけんなぁぁぁぁ!! こっちは遭難してんだぞ!!」

 俺は半狂乱でリダイヤルした。

 出てくれ、頼む! このままじゃ獣の餌だ!

『はいはい、しつこいなぁ』

「切るなよ! 見捨てないでくれ!」

『あのねぇ恭介。あたしだって暇じゃないの。慈善事業じゃないんだからさぁ。情報の提供にも、あたしの召喚にも、コストがかかんのよ。コストが』

「そ、それは分かる! 経済の基本だ! 対価は払う! 必ず払うから!」

『出世払いとかナシだよ? ……ま、恭介のステータス見る限り、将来性はありそうだし……特別にプラン組んであげてもいいけど?』

「プラン!?」

『そ。「ユアちゃんお友達定額パック」。月額金貨50枚。これで常時召喚と情報提供し放題。どう?』

「き、金貨50枚って、日本円でいくらだ?」

『レート変動あるけど、だいたい金貨1枚が1万円くらいかな』

 1枚1万。50枚で50万。

 月額50万!?

「ご、50万!? 高すぎるだろ! 足元見やがって!」

『嫌ならいいけど? そこ、あと3分でオークの群れが通るルートだけど』

「くっ……!」

 命には代えられない。生き残るための必要経費だ。減価償却だ。いや、これはランニングコストか? くそっ、頭が回らない!

「分かった! 契約する! 払うよ!」

『毎月50枚ね。滞納したら即・契約解除だから』

「分かったって! ……って、これじゃまるでパパ活じゃねぇか!! ふざけんな!」

『はい、契約成立〜♪ まいどあり〜!』

 その瞬間。

 スマホの画面が眩い光を放ち、俺の目の前の空間が歪んだ。

「お待たせ〜! あなたの頼れるパートナー、ユアちゃんだよ!」

 光の中から現れたのは、ブレザーの制服を着崩した、金髪の美少女だった。

 その手には最新のスマホ。そしてもう片方の手には、開封したばかりのポテトチップス(うすしお味)。

「んー、ここの空気、湿気多いなぁ。髪痛むんだけど」

 ポリポリとポテチを齧(かじ)りながら、彼女――ユアは悪びれもせずに言った。

 俺は呆然と立ち尽くす。

 

 異世界。

 借金。

 そして、目の前のやる気のない女子高生。

「……前途多難すぎるだろ、これ」

 俺の異世界生活は、月額50万円の赤字からスタートした。

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