破滅の冥者

レイ

第1話 決意

 俺の名前はミヒド・リョウ。

 人間としてはそこそこ頑張ってきたつもりだし、冒険職に就いてからは毎日が必死だった。

 俺の目標は未だ目を覚まさない妹の治療。

 だが、この世界では“スペック”と呼ばれる数値がそのまま人生を決める。

 冒険者ランクも例外じゃなく、俺のランクは——C。


 平凡。

 いや、冒険者としては正直下のほうだ。


 それでも、俺はA級パーティー《紅蓮》に入れてもらっていた。

 もちろん、理由はわかっている。戦闘力ではない。

 ポータル遠征での荷物持ち、雑務、後片付け。

 “誰かがやらなきゃいけない仕事”を、俺が全部引き受けていただけだ。


 ——それでも。

 それでも、俺は“仲間”だと、そう思っていた。


 そんなある日、リーダーのペンシルから突然の招集がかかった。


 薄暗いギルドの作戦室。

 丸い木のテーブルの向こう側に立つ金色の髪をいじくっているペンシルは、いつも の冷静な表情。

 その視線が、今日だけはやけに鋭く見えた。

 

 「ミヒド。お前を追放する」


 その言葉は、刃物みたいに胸へ落ちた。


 「……え?」


 間の抜けた声が自分でも情けない。

 ペンシルの顔は微動だにしない。


 「理由はまず、お前は荷物持ち以外で活躍していない。それと——ポータルは人数制限がある。無駄な枠は使えない。丁度いい候補がいるしな」


 淡々とした口調。感情などひとかけらもない。

 まるで、壊れた道具を処分すると説明しているかのようだ。


 (嘘だろ……?)


 今まで必死に走ってきた。

 遅れれば叱られても、重い荷物を背負っても、皆が戦っている間はせめて後ろで支え        になろうと、ただひたすら努力してきた。


 その全部が——無意味だったというのか。


 ふと、横に立つ幼馴染のフィンが目に入る。

 俺よりも才能があって、俺よりずっと強くて。

 でも笑う時だけは、俺と同じ目線で笑ってくれた。


 ……そのフィンが、どんな表情をしているのか気になって仕方なかった。


 「フィン……お前は、どう思ってるんだ?」


 ほんのわずかでも期待していた。

 せめて、否定してくれるだろう、と。


 しかし返ってきたのは——

 

「賛成ね。戦力にならないし」


 あまりにも冷たい声。

 フィンは赤い髪を結ぶことを事を注視している


 胸がぎゅっと縮まった。

 幼馴染の柔らかい笑顔も、過去に二人で泣きながら励まし合った日々も、全部嘘み たいに曇っていく。


 「……そう、か セ セルメロはどうなんだよ」

 

 何とか声を絞り出した時には、もう目の前がぐらついていた。

 セルメロは酒を飲み話など全く聞いていなかった


 ペンシルが最後に言う。


 「明日の探索から来なくていい。ここまでよく働いてくれた。ほら手切れ金だ 」


 “働いてくれた”。

 その言い方が、ひどく他人行儀で、耳の奥で鈍く響いた。


 ——気づく。


 俺は最初から“仲間”なんかじゃなかった。

 《紅蓮》が望んでいたのは、戦士でも魔法使いでもない。ただの雑用係。


 期待されていなかった。

 必要とすらされていなかった。

 

 けれど、その絶望の底で、胸の奥に小さな火が灯る。

  

 (……こんなところで終わってたまるかよ)

 手切れ金を受け取り走り出した

 他人が決めたランクや評価で、俺の人生が終わるはずがない。


 (スペックだのランクだの、くだらねぇ。

 俺の価値は……俺が決める)


 静かに、けれど確かに燃え上がる決意だけが、俺の中に残っていた。

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