その翡翠き彷徨い【第72話 そこは聖なる地獄】
七海ポルカ
第1話
聖なるかな
聖なるかな
聖なるかな。
黄金の光が降り注ぐ。
彼女はその光の中で手を組み祈りを捧げていた。
――――コツ……
足音がした。
瞑想から醒めて彼女はゆっくりと瞳を開く。
振り返ればこの清らかな空気の中に、一つまるで染みのようなその黒い纏いが現われた。
「リュティス・ドラグノヴァ」
いつもは深くローブに隠している顔が露になり【
地上の魔術師が天界セフィラに来ても、ここでは等しく扱われるが、彼はこの魔具の保有者である為、ある程度の自由が与えられている。
「何か話でもあるの?」
「お前に聞きたいことがある」
珍しいことだ。
天界セフィラで彼を召喚した時、古代の魔具の保有者は重んじられると、言葉で説明したが、彼は召喚者である四大天使【ウリエル】に対しても心を閉ざし、【
「何かしら」
「お前たちは地上に残された私達の魔力を辿り、呼びかけに応じるかどうかで魂の優劣を測ると言ったな。召喚に応じるかと問いかけた時、私が答えたとお前は言ったな」
「そうよ。そもそも答えない魂は【
貴方が今こうして蘇り【天界セフィラ】に存在することが、貴方が私の呼びかけに答えた証でしょう」
「生憎私はお前達に隷属する意志はない。
己が再びこの世に目覚めることを願ったなどとは到底思えん」
「まだ生きたいと願わない魂を、私たちは蘇らせることは出来ないわ」
「偽りを言うな!
何が【天界】だ。
【天使】だと? 単に異界に逃れて肩を寄せ合い過ごしているだけの、
貴様らも単なる人間だろうが!」
以前は【魔眼】を有するリュティスがこのように激昂すると、誰もが、目を合わせただけで殺されるのではないかなどとたちまちに怯えたというのに、
【天界セフィラ】の人間たちは真っすぐにその古の魔具を見つめ返して来る。
自ら【四大天使】などと名乗る尊大な者達はともかく、
天界セフィラではその辺りを歩いている魔術師達でさえ、自分の目を恐れない。
ここは特別な大地で、
だから精霊の力が、地上とは全く比べ物にならないほど世界を満たしている。
歪んだ時間軸の中で、地上とは違う時間の流れ方がしている。
住人たちもその強い精霊の力を浴びて長い時を過ごしているため、
体がそれに順応している。
エデンでは強すぎる魔力を有していたリュティスでさえ、
この地ではその辺りで談笑している魔術師に、魔力において全く敵わなかった。
「――前にも言ったことだけれど……」
美しい金の髪を手の甲で肩から払いのけ、ウリエルは言った。
「私に出来ることは地上の強い魔力を持つ魔術師を、
この天界に連れて来ることだけ。
しかも【エデン天災】により開いた【次元の狭間】の影響をエデンが受けている、
今しか出来ない。
エデンを包み込むこの魔力の波動が弱くなれば、
【召喚呪法】は使えなくなる。
だから今は天界セフィラに出来る限りの強い魔力と、強い魂を持った人間たちを
集めなければならないだけ。
貴方になにも命じてなどいない。
心を閉ざしてもいいのよ。
いずれにせよ、今のあなたを生かしているのは、私の魔力なのだから。
私が遠ざかれば貴方の魂は劣化し、自然と消滅する定め」
「そうして天使や神を気取るわけか」
「私たちは【天界セフィラ】を作り上げた。
この地も元々は異界の魔物たちが跋扈する、蛮土だった。
今や、信じれないでしょう。
私たちは世界を作った。神や天使のように、この美しい世界を」
「この世界が美しい、など。反吐が出るな」
リュティスは礼拝堂の祭壇に上がりウリエルを見下ろす。
生前も様々なものを憎んだ覚えがあるが、
こいつらほどでは無かった、と美しい大天使をリュティスは冷たい目で見据えた。
――忌々しいのは。
この見下げた四大天使とやらには、
生前持て余した【魔眼】ですら、全く歯が立たないということ。
地上では、
殺したくもない者を殺した。
勝手にこの身に宿った古の魔具のせいで。
それが今や、
殺したい者すら、殺すことが出来なくなった。
「――なぁに? また怒ってるわけ?」
呆れたような声がした。
振り返れば聖堂の入り口から一人の女が入って来る。
彼女はやって来るとリュティスの前に立ち、腕を組んで堂々と彼を正面から見上げた。
「騒ぎを聞きつけてみれば。やっぱりあんただったわけね。
あのねぇリュティス……天使に喧嘩売ってどーすんのよ全くもう……。
悪かったわねウリエル、うちの愚弟が。
ほらッ! 謝んなさいよ!」
目覚めて忌々しいことだらけだが、
中でも最もたるものがこれだ。
「黙れ。もはやお前と私は無関係だということがまだ分からんのか?」
「すーぐそうやってぷんぷんするんだから。もー!」
「貴様そのふざけた面をいつまで私の前に晒すつもりだ? アミアカルバ」
アミアカルバ・フロウは生前、大した魔力も持っていない女だった。
【エデン天災】で急激に地上に死者が満ち、
その中から強い魔力を持ち、強い波動を維持している強い魂を探し、
節操なく【天界セフィラ】に召喚しまくっていると聞いていたが、
まさか魔力の凡人であったアミアカルバまで蘇っているなどと思っておらず、
ある日目の前に彼女が再び姿を見せた時、
リュティスは本当に両手で頭を抱えた。
以後馴れ馴れしく近づいてくるたび、邪険にし続けている。
リュティスはこうして蘇った今も、事実上精神体としてしか存在しない、
その自分自身の存在意義に苦しんでいるのに、
アミアカルバなどは、もう一度生き返れるなんて幸運だわと、所構わずはしゃぎ回っているのだから、こいつが生身の人間だったら本当に今すぐ魔術で八つ裂きにしてやりたいとリュティスは思っている。
「貴様と話していると自分が地獄にいることを実感する」
リュティスが眉間に皺を寄せたまま、言う事だけ言って彼は背を向け去っていく。
暴言にもめげずアミアカルバは溜息をついた。
「生前から予想してたけど、
あいつ死んでも本当に治らなかったわねあの性格……。
ったく。悪かったわね、ウリエル。
あいつには私から言い聞かせておくから許して頂戴」
そう言って振り返るとそこにはすでに、大天使の姿も無くなっている。
「私生前死ぬまで女王陛下だったからなあ。
こんなに誰も彼もに無視されるって、なんか逆にすっごい新鮮だわ~」
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