第13話 紗耶を映画デートに誘う
放課後になり、俺はクラスメイトの女子たちが次々と話しかけてくるのを何とかやり過ごすと、図書室へと向かった。
図書室は相変わらず利用者が疎らで、俺が前回来た時と同じ受付けの女子に軽く会釈すると、今回は怯えずに快く笑顔を浮かべて会釈を返してくれた。
よしよしここでもイメチェンの効果がでているな。
と心の中でガッツポーズを決めながら、俺は背の高い書棚が並ぶ奥のスペースへと向かった。
そこでは予想通り主人公の義妹である天城紗耶がいて、抱えた本を書棚に並べていた。
今日仲良くなったクラスメイトで図書委員の女子に、図書室業務のローテーションを聞き出し、紗耶が今日の放課後担当することを知っていたのだ。
「よう、天城お疲れ」
俺が声をかけると紗耶が作業の手を休めてこちらに顔を向けた。
「吾妻先輩じゃないですか。お疲れ様です。以前とは見た目が随分変わりましたね。爽やかで清潔感があって良いと思いますよ」
相変わらず表情が変わらないので分かり辛いけれど、どうやら好意的に受け取ってもらえたようだ。
「ありがとう。そう言ってもらえると、思い切ってイメチェンしたかいがあるよ」
「それで今日はどうしました? また面白い本をお探しですか?」
「それもあるんだけど、天城と話しがしたいと思ってな」
「私とですか?」
「ああ。前回君がお薦めしてくれたミステリー小説を読み終えたら感想を聞かせるって約束してただろ?」
「はい、そうでしたね。それでどうでした? 読み終えてみての感想は」
「正直めちゃくちゃ面白かったよ。冤罪で苦しむ主人公の境遇には思わず感情移入してしまったし、その彼を救う探偵は、普段は偏屈で素っ気ない態度だけど、いざとなったら情に厚い面を見せるところなんかにも惹かれたし、何より最終章の冤罪を晴らして真犯人を突き止めるシーンの予想外の展開にもいい意味で騙されたって感じだったな」
「おお······先輩めっちゃ語りますね」
俺が興奮しながら早口で一気にまくし立てると、紗耶はたじろぐように身を引いた。
「それだけ面白かったってことだよ」
「そうですか。お薦めして良かったです」
「それでその作者の他の著作にも興味が湧いて、書店に探しに行ってみたら、丁度その作者のベストセラーになった新刊が発売されてたから、即購入したんだ」
「ああ、『射干玉(ぬばたま)の夢ですよね』」
「そう、それ! その新刊が期待以上の面白さで、買ったその日に夜更かして一気に読破しちゃってさ」
「同感です。あの作者の著作はどれも秀作ばかりですけど、あの新刊はその中でも群を抜いてクオリティが高いと言えますね」
「だよな。そう言えば映画化もされて近日公開予定って帯に書かれてたっけ。そうなるのも納得って感じだけど」
「ああ、そうでしたね。昨日公式サイトが更新されて新情報が明かされてましたよ。何でも今度のGWに公開が始まるそうです」
「そうなのか? だったらぜひ観に行きたいよな。そうだ! 天城、良ければ俺と一緒にその映画を観に行かないか?」
「え? 私とですか?」
「ああ。二人で観た方が、その後に感想何かを言い合ってより楽しめるだろ?」
「確かにそうですね。私も映画化された作品はいつもレンタルになるのを待ってから観ていたので 、ちょっと興味あります」
「それならどうだろう? 一緒に観に行ってみないか?」
「はい。私で良ければご一緒させてもらいます」
「オッケー。それじゃあ待ち合わせの話し合いとかもあるし、連絡先交換しとこうか」
「わかりました」
こうして俺はヒロインの一人である紗耶の連絡先をゲットした。
勢いのままに思わずデートに誘ってしまったけれど、紗耶もゲームにおける攻略対象の一人であり、そうなるとこの行為は、主人公との恋愛を邪魔することにもなりかねない。
でも別に俺は紗耶を寝取りたいわけじゃなく、ただ純粋に同じ趣味を持つ者同士、好きな作品を共有して語り合いたいというだけなのだから、何も問題はないだろう。
それに『オモクロ』の世界の主人公である天城一樹には共感できる面もあったけれど、そのゲームが現実となったこの世界の天城には、不信感しかない。
このままあいつに任せていても、俺が望むハッピーエンドには至らないかもしれない。
それくらいなら、いっそ俺が代わりにヒロインたちを幸せな未来へと導いてやった方が良いんじゃないかという気持ちが俺の中に芽生えつつあった。
「いやーそれにしても、天城が薦めてくれたあのミステリー小説は、俺にとってホントに素敵な出会いだったよ。元々ミステリー小説は好きな方だったけど、あそこまで好みに合う作品とは巡り合ってなかったからさ」
「紗耶」
「え?」
「私のことは、今後下の名前で呼んでください。兄も天城でややこしい面もありますし」
「ああ、そうだな。わかった。それじゃあ紗耶。俺のことも怜人って呼んでくれ」
「はい、りょーかいです怜人先輩」
「ああ。それで紗耶。新刊ももう読み終わったから、他の本を借りたいんだけど、何かお薦めってないか?できればあの作者の他の著作が良いんだけど」
「んー、そうですねえ······実はこの図書室にはあの作者の作品は、先輩にお薦めしたあの一作しか置いてないんですよね」
「そうなのか······それは残念だな······」
「だから怜人先輩、良ければ私が持っている本を貸してあげましょうか? それなら全作品が揃ってますし、以前ドラマ化された人気のシリーズものもあるので、読み応えがあると思いますよ」
「おおっ、それはありがたいな! ぜひ貸してくれ。ああ、でも一度に二、三冊程度で良いぞ。かさばるだろうし、俺じっくり味わうタイプで読むの遅いからさ」
「分かりました。それじゃあ明日、手始めに人気のシリーズものの一巻から三巻まで持ってきますね。先輩なら絶対気に入ってくれると思います」
「ああ、頼む」
「それと先輩が読む本を探しているっていうなら、他にもお薦めというわけではないですけど、提案したい作品があるんですけど」
「うん? 紹介してくれるっていうならもちろん読んでみるけど。どんな作品なんだ?」
「実は本じゃなくてWeb小説なんですけど、先輩は『カキヨミ』っていう小説投稿サイトは知ってますか?」
「ああ、そのサイト名は見聞きしたことがあるな。確か登録すると、自分で執筆した小説を投稿できて、それを読んだ読者たちから感想なんかをもらえて、評価が高まると出版社からオファーがきて書籍化されることもあるんだよな」
「はい、そうです。その『カキヨミ』に、麻夜マギ」という作者がいるんですけど、その作者の作品を読んで感想を聞かせて欲しいんです。ただミステリーではなく恋愛ものが主なので、先輩の趣味に合うかどうかは分かりませんけど」
「それに関しては問題ないよ。あれはたまたま巡り合った小説が面白いミステリーだったってだけで、元々俺はジャンルにこだわらずなんでも読んでたからな」
「先輩もそうなんですね。私もジャンルにこだわりはありません。ただの活字中毒みたいなものですね」
「でもWeb小説に手を出したことはなかったなぁ。食指が動かないってわけじゃなくて、横書きの文章を読むのに慣れてないってだけなんだけど。まあただの食わず嫌いなもんかもな。だから横書きでも特に問題なく楽しめると思うよ。それで俺に読んで欲しいって言うくらいだから、紗耶はその作者の作品が好きなのか?」
「好きとはっきり断言はできまでんけど、特別な思い入れがあるのは確かです」
「分かった。今日家に帰ったら、さっそくその『カキヨミ』に登録して読んでみるよ」
「ありがとうございます」
紗耶は溢れる嬉しさを隠し切れなかったのか、珍しく口角を少しだけ上げて薄く微笑んで見せた。
実はその『カキヨミ』で作品を投稿しているという麻夜マギというのは、紗耶のWeb上でのペンネームなのである。
ちなみに麻夜マギという名前は天城紗耶のアナグラムになっている。
『オモクロ』のゲーム内では、仲の良い他二人のヒロインにもそのことは告げられておらず、主人公だけに打ち明かされる二人だけの秘密であり、将来は小説家になりたいという紗耶の夢を主人公が後押しするというストーリーだった。
ただその後の展開では、Web上で紗耶が主人公のアドバイスを受けて書いた作品の評価がぐんぐん伸びていって、書籍化一歩手前まできたところで、怜人に弱みを握られて脅され処女を散らし、絶望を感じた紗耶は闇堕ちして、小説家になるという夢は道半ばで途絶えてしまうんだけどな。
しかし俺が怜人となったこの世界では、絶対にそんなバッドエンドにはさせない。
紗耶は小説家になるという夢を叶えるために、まだ小学生の頃から執筆を始めて、今まで努力してきたんだ。
Web上での評価は、まだ中堅作家止まりと言ったところだけれど、作品のクオリティは高校生が書いたとは思えない程に高いので、何かきっかけがあれば、評価はグンと高まるだろう。
俺がそのきっかけを作る一助になれれば幸いだ。
「それでWeb小説の感想はいつ伝えたらいい? 今日の夜にでも読んでみるつもりだけど、明日は図書委員の仕事は入っているのか?」
「いえ、明日は入っていないので、良ければレインで伝えてもらえませんか? 私が先輩のクラスに会いに行ってもいいんですけど、あのクラスって兄さんもいるじゃないですか。私兄さんとは今あまり会いたくないんですよね」
「ん? なんでだ? 君たちって仲の良い兄妹じゃなかったのか?」
「私も以前はそう思っていたんですけど、色々あって今は······」
「まあ紗耶が言い難いって言うんなら無理に聞き出すことはしないけどさ」
「はい。そうしてもらえるとありがたいです」
「ああ。それじゃあ俺はこれで帰るよ。またレインで感想を伝える」
「はい。楽しみに待ってます」
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