第8話 粘着ストーカー


「さて髪は切ったことだし、この後はどうするかな」


 俺は繁華街を歩きながら、この後どうするかを考えることにした。

スマホで時間を確認すると、現在午後三時前と夕飯までにはまだだいぶ余裕がある。


そうだ、せっかく繁華街まで出て来たんだから、この近くにある大型書店に行ってみよう。

この前、主人公の義妹である紗耶に薦められて図書室から借りてきたミステリー小説は、もう読み終えてしまったからな。

あの作者の他の著作も気になるし、ちょっと探してみよう。


そう決めた俺は、その近くにある大型書店へと歩いて向かった。


程なくして大型書店に到着し、店内に入った俺は、多くの利用者が立ち並ぶ中、文庫本のコーナーに向かった。


すると、丁度ミステリーフェアが開催されているらしく、お目当ての作者の新刊が面陳されており、ベストセラーとなったその作品は映画化されて近日公開されると帯に書かれていた。


これは買いだと即決し、残り在庫の少なくなっているその新刊を手にとってレジに向かった。


無事お目当ての新刊を購入することができた俺は、店を出てホクホク顔で帰路についた。


 すると、通りの先で、何やら騒がしく男女が言い争っているのが聞こえてきた。


 うわ、真っ昼間から痴情のもつれかよ、なんて呆れながら無視して素通りしようとしたところ、その言い争っている男女の女性の方が、どこかで見たことがあるような容姿であることに気づいた。


よく見ると、その女性とは、なんとあのツンツンクラスメイトのクール系女子高生である水無月葵だった。


「だからあなたのことは知らないってさっきから何度も言ってるでしょ!」


水無月がさも鬱陶しそうに声を荒らげて拒絶の意を示す。


「嘘だよね葵ちゃん。ツイスターでも何度も愛を囁やき合ったじゃないか」


それでも見た目キモオタの脂ぎった肥満体型の青年は、めげずに絡んでいく。


どうやら水無月は、人気の読者モデルであることが原因で、勘違いしたストーカーに粘着質に絡まれてしまっているらしい。


通りを歩く通行人たちは、厄介事に巻き込まれるのはごめんだとばかりに、皆知らんぷりをして素通りして行く。


 うわぁ、面倒臭そうなやつ······


 仕方ない。

 ゲームではこんなイベントは起きなかったけれど、俺は主人公とヒロインたちの恋愛を見守ると決めたんだ。

 その障害となる要素は、全部潰しておくに越したことはない。


あまり手荒なことはしたくないけれど、もし相手が手を出してきたりしても、幸いこの吾妻怜人という人間はチートスペックの持ち主なので、難なく対処できるだろう。


「そんな事実はないわ。今ならまだなかったことにしてあげるから大人しく引き下がりなさい。そして二度と私の前に現れないで」

「分かってるよ葵ちゃん、照れ隠しでそんなことを言っているんだよね。さあ、僕と一緒に二人の愛を確かめに行こう」

 気味の悪い笑みを浮かべならそう言うと、粘着ストーカーは、水無月の細く白い腕を、そのぶよぶよとした手で握った。


「ちょっと、何触ってんのよ! 離しなさい!」

「ぐふふ、これが葵ちゃんの柔肌の感触······ああ、これだけでもうイキそうだ!」


俺はそっとその傍に近づくと、恍惚とした表情を浮かべる粘着ストーカーの肩に手を置いた。


「あー、お取り込み中のところ悪いんだけど、変態さん。その子俺の知り合いなんだわ。彼女嫌がってるみたいだから、その汚い手をすぐに離してくれない?」

「なんだ貴様! 僕と葵ちゃんの逢瀬をじゃまするなぁイタタタ!」


俺が肩を握る手に力を入れると、途端に粘着ストーカーは情けない喘ぎ声を上げながらその場に崩折れた。


「今日のところはこのへんで勘弁しておいてやるよ。でも、また彼女にちょっかいだそうとしたら今度は肩だけじゃ済まないからな」


俺がそう脅すと、粘着ストーカーは、「ひぃいいいい!」と悲鳴を上げながらその場から走り去って行った。


「これで少しは懲りただろ。それでどう? 掴まれたところとか傷まないか?」


俺が優しく声をかけると、水無月はペコリと頭をさげた。


「いえ、大丈夫です。助けていただいてありがとうございました。おかげで危ない目に遭わずに済みました。お礼をしたいのでお名前を教えてもらってもよろしいでしょうか」

「え?」

思いも寄らない水無月の言葉に思わずきょとんと間抜け面をさらしてしまう。


「あの、私何か変なこと言いましたでしょうか······」

「いやいやいや、そうじゃなくて、俺だよ俺。いつも教室で顔合わせてるだろ? 吾妻怜人」


自分の顔を指さしながら俺が言うと、水無月は呆けた顔で目をぱちくりさせながら、「吾妻······」と呟くと、次第に状況が掴めてきたのか、顔を真っ赤に染めると、気恥ずかしさを誤魔化すためか俺のことをキッと睨んできた。


「あ、あなただったのね。そうならそうと早く言いなさいよ。髪型と色がいつもと違うからわからなかったわ」

「いや、俺もてっきり気づいてるとばかりおもっていたもんだから······なんか騙したみたいになっちまってすまん」

「べ、別に謝る必要はないわよ。誰であっても私が助けられたのは事実なわけだし。あ、改めてお礼を言わせてもらうわ、その、ありがと······」

「ああ、どういたしまして。それにしても水無月はなんでこんなところに一人でいたんだ?」


「友達を誘おうとしたんだけど、今日は陽菜は家の用事で、紗耶も今日はお気に入りの作家の新刊の発売日だから一日中読書に費やすって断られたのよ。ああ、紗耶っていうのは一樹の義妹ね」

「ああ、知ってるよ。でもそれなら兄の一樹の方は暇なんじゃないか? あいつを誘えば良かったのに」

「誘ったわよ。でも一樹ったら昨夜ゲームで徹夜したから今日は寝てるってドタキャンしてくれちゃったのよ」

「なんだよそれ。あいつ最低だな」


せっかくこっちが恋愛の後押しをしてやろうって考えてるのに、当の本人がそんなにダメダメじゃあ俺の苦労が報われないじゃないか。


ある程度ゲームの勝手が分かっているプレイヤーがいない世界になると、主人公の頼りなさが浮き彫りになってくるな。


ホントにあいつに任せていて皆が幸せになれるハッピーエンドが迎えられるのか? なんだか不安になってきた。


「まあ一樹は昔からそういうところがあったからね。約束を反故にされることなんてしょっちゅうだからもう慣れたわ」


「いやいや、そこでなあなあに処理してちゃ駄目だろ。悪いことは悪いってちゃんと指摘して叱ってやらないと。あいつのためにもならないわけだしさ」

「私もそう思いはするんだけどね···。あいつ叱ろうとすると、お前は俺のオカンかよ、なんて言い返してくるのよ。それで、そういうふうに言うんだったらもういいわ、って私も諦めちゃったわけ」

「どうしようもないな。まああいつのことをこれ以上話したところで不毛なことにしかならなそうだからもういいとして、水無月はこの後何か予定はあるのか?」

「いえ、もう目当ての物は買うことができたから、後は帰るだけよ」

「そっか。それじゃあ俺が家まで送っていくよ」

「え? い、いいわよそんな······これ以上迷惑はかけられないわ」

「遠慮するなって。またさっきみたいなのに絡まれないとも限らないしさ。水無月も家まで歩きか?」

「いえ、駅まで歩きでそこからは電車だけど······」

「それじゃあ、駅まで送っていくよ」

「そ、そう? それじゃあお願いしようかしら」

「ああ」


ということで、俺と水無月は一緒に駅まで向かうことにした。


「ねぇ」


並んで歩くのは気恥ずかしいのか少し距離を置いて後ろをついてきている水無月が話しかけてきた。


「なんだ?」

「あなたが変わろうとしているのって本当だったのね」

「ああ、結構さまになってるだろ?」

「ええ、よく似合ってるわ。それに見た目だけじゃなくて、今日の行動も王子様みたいでカッコ良かったし······」


最後の方は尻すぼみにボソボソと呟いていて聞きとれなかった。


「ん? 今なんて言ったんだ?」

「······今のあなたなら信用できるって言ったのよ」

「そっか。そりゃ光栄だな。でも水無月。これからは今日の教訓を活かして、一人ではあまり出歩かない方が良いぞ。水無月は綺麗で可愛いんだから余計ああいったトラブルに巻き込まれやすいだろうしな」

「ッ!?」

「ん?どうした水無月?」

「き、綺麗で可愛いなんて······あなたでもお世辞なんて言えるのね」


水無月が顔を赤らめながら言う。


「いや、お世辞じゃなくて素直に思っていることを言葉にしただけだぞ」

「そ、そんな······私なんて女子のくせに身長が170センチ近くもあるノッポで、目つきも鋭くてキツイ印象を与えてしまうから可愛げなんて全然ないし······」

「そんなことないだろ。身長が高いっていうのはそれだけスタイルが良いってことだし、目つきが鋭いっていうのも、凛として目力が強いってことなんじゃないか? 水無月は読者モデルをやっていて人気もあるんだから、もっと自分に自信を持ったらどうだ?」

「そ、そうね······あなたが嘘を言っているとは思えないから、その言葉はありがたく受け取っておくことにするわ」


そんなことを話していると、やがて目的の駅に着いた。


「それじゃあ気をつけて帰れよ」

「ええ、今日は本当にありがとう。それじゃあまた学校で」

「ああ、またな」


俺は、水無月が駅構内の改札口を抜けるのを見届けると、踵を返して自宅への帰路についた。


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