千字小説集
pole
最後の一矢
「今年も優勝ですね!先輩!」
「そうだな、でも日々の練習を忘れちゃいけない。決勝はかなりの接戦だったろう?」
「先輩が居なくなっても何も変わらないですよ!」
黄昏時の弓道場。
立地は完璧で、夕日に映える的と私の間を染まる芝。
頬は上手くそれに隠れ火照っている。
私の一矢が的中した。
「先輩、勝負しませんか?」
この一言が人生で一番の緊張感を走らせる。
「いいぞ。俺にはもう男女で競う機会何て無いしな」
言い終わり直ぐに先輩は一矢を放つ。
当然の様に的の真ん中を射抜き、顎で次はお前の番だと合図を寄越してきた。
「折角ですし、賭けでもしませんか?」
私が一矢放つと、それに被せる様に先輩が的中させる。
完全にしたり顔だ。
「意地悪ですね!そんな事だと大学でモテませんよ?」
「こんなことやれるのもお前だけだ。寂しくなる」
更に一矢。
鼓動が速くなる会話の中にも明鏡止水の弓道。
全国優勝は伊達じゃない。
「そういえば、何を賭けるんだ?俺にあげられる物なんて何も無いが...」
「先輩が負けたら...」
緩やかな時間の中で、日の傾きを感じ取れる。
右から風が吹いたせいで、私の火照りが先輩に伝わってしまう。
また一矢。
「私と...付き合って貰います」
「...そう来るか」
空から水滴が落ちてくる。
通り雨だろうか。
突っ走ろうとしている私の心に細やかな自制心をくれる。
そして一矢。
「先輩...」
最後の先輩の矢は、的を僅かに逸れて土の堤防に刺さる。
私はそれを見て不覚にも顔が綻んでしまった。
「俺の...負けだな...」
「そ、それじゃあ...私、外で待ってますから」
そそくさと片づけを終えて道場を後にする。
最後に一目先輩を見る事も叶わずに。
「待ったか」
「ぜんぜん」
「...それじゃあ、俺と付き合うって事でいいのか?」
「はい...」
「その前に一ついいか?」
「?」
「俺の矢羽根に細工しただろ?」
「それは...」
「本当は俺もお前の事が好きだった。俺はお前の真っ直ぐな瞳が好きだったんだ」
「先輩...」
「でも、今日のお前の目は...」
言い返す言葉も無かった。
もう日はすっかり沈み、通り雨と思っていた物は雲の濃さを増していく。
「...じゃあ、またな」
私は弓道道具を川に投げ捨てた。
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