【台本】春風、深夜2時のボトルメール

紅璃 夕[こうり ゆう](ナニカ。)

【台本】春風、深夜2時のボトルメール

青年「あの……そこで何してるんですか?」

お姉さん「んー? 見て分かんない? 夜桜で花見酒。ちなみにヤケ酒。あっ、でも今日は祝い酒かな?」

青年「ヤケ酒……? うわ、ビール缶の量すご。あっちにもこっちにも転がってる」

お姉さん「あはははー。あ、よかったら隣空いてるよ。どうぞ?」

青年「隣って……ブランコなんて何年ぶりに乗るか……。よいしょ……っと。うわわわ」

お姉さん「漕ぐの上手いうまーい。(酒を飲んで息を吐く)っはー。静かであったかくていい夜ね。風が心地いい。あ、ビール飲む?」

青年「要りません。未成年に飲酒勧めないでください」

お姉さん「えー? キミ頭固いねぇ」

青年「固いとかそういう問題じゃないんです。そもそもなんでこんなところで飲んでるんですか。一人で」

お姉さん「うわー『一人』! 『ひ・と・り・で』! グサッときちゃったなぁ今の!」

青年「酔っ払いめんどくさ……。ふざけないでください」

お姉さん「えぇ何? 聞きたい? こんな若くて美人でスタイルの良いおねーさんが、なんで深夜の公園で一人寂しく飲んでるのかって」

青年「あぁもう酒くさい! 近寄ってこないでくださいよ」

お姉さん「なぁによ、そっちが訊いてきたくせに」


間。


お姉さん「まぁなんていうか……よくある話。人から聞くとよくある話……って思うんだけどね。ーーー別れたの。二年一緒に暮らした彼と。その後はもう世界がぐちゃぐちゃ。ヤケになってお酒に逃げるようになっちゃって。会社も潰れて仕事もなくなっちゃったし……。全部なーんにもなくなっちゃって。なんだかもう自分が空っぽっていうか。私はここにいるのに世界からいなくなっちゃったみたいな気がして。……それでね、試しにやってみたの」

青年「試しに……? 何を」

お姉さん「『ボトルメール』って知ってる?」

青年「空の瓶の中に手紙を入れて海に流して、たまたま流れ着いた先の人が拾って読むあれ、ですか」

お姉さん「そうそう! 私は飲み終わったビール瓶に手紙を入れて、そこの川に流したの! いつかどこかにいる誰かに届くかなって」

青年「ゴミの不法投棄……」

お姉さん「なぁによぉ! でもキミはそれを拾ってここへ来たんでしょ?」

青年「……深夜の公園に人がいるなんて思いませんでしたよ。こんな……すべてが崩壊した世界で」


短い間。


お姉さん「ねー。何もかもぜーんぶ壊れちゃって、家もビルも道路もボロボロ。人もいなくなっちゃって、そんなのもーお酒飲むしかないじゃない?」

青年「飲んでどうするんですか。そのまま身体を壊して死ぬつもりですか? もうどこにも医者なんていないのに」

お姉さん「んー、そうだね。でも仕方ないよ。生きててももう何もないんだし」

青年「何もないかもしれないけど……でも僕は……あなたのボトルメールを拾って読んでここまで来た! せっかく……こんな人のいなくなった世界でようやく会えたのに……死ぬなんて言わないでください! 僕と一緒に生きてください!」

お姉さん「えっ……」

青年「……えっ? あっ、なんで泣いてっ」

お姉さん「やっ、なんか急に……っ。プロポーズみたいなこと言うから」

青年「プッ……プロポ……っ! 茶化さないでください!」

お姉さん「ふふっ。ごめんね、こんな若くて美人でスタイルも良くて明るくてかわいい人、すぐ好きになっちゃうよね」

青年「違います! なんかさらっと増えてるし! そうじゃなくて……自分で言ってたじゃないですか、『今日は祝い酒』って。あれはここに僕が来たから、ずっと誰かに向けて流していたボトルメールが拾われて、こうして出会えたからそう言ったんでしょう?」


間。


お姉さん「……分かった」

青年「え?」

お姉さん「もうなーんにもなくなっちゃった世界だけど。キミがいるならまだ私の生きる意味はありそうだから。ーーーよしっ、じゃあ出会いを祝して! はい、ビール持って」

青年「いや、だから僕飲めませんって」

お姉さん「いーからいーから! こういうのは形が大事なの」

青年「はいはい、じゃあ……」

お姉さん・青年「「乾杯」」


【完】

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