Rogue of non-life world~英雄の条件~
秋乃紅茶
序章
繰り返される夜
闇夜の森。松明の輪に飛び込んでは弾かれ、影が血を散らして転がる。
「おいおい、ゴブリンの数が尋常じゃねーぞ」
俺――オラルにとって、
「リオニスさんには伝えたわ。『すぐ行く』って」
「なら、ちょいと踏ん張るしかねーな」
相方のカミラは弓の名手だが、こういう〝数〟を捌くのは俺も得手じゃない。背には村がある。一体でも抜けりゃ、柵の内側が地獄になる。
視界の端で、小鬼が木々の陰を縫い、村へ通じる道へ滑り込む。
舌打ちして踏み込もうとした――その瞬間。
小鬼の首が、ぽとりと落ちた。
「運動不足なんじゃないか、オラル?」
「リオニス! ったくよー……おせーぞ」
夜回り隊の隊長が現れた途端、空気が研がれる。剣の気配が闇を裂き、足場の湿りまで張り詰めた気がした。
「"
赤い旋風が渦を描いて木々を舐める。乾いた悲鳴が森に跳ね返ると、――パッと炎は収束した。足元に残ったのは、消し炭となった小鬼の骸だけだった。
「あら、私だけ仲間外れ?」
「ははは……マーナさん、加減しろよ」
(おっかねーな……)
隊長の妻であり、村随一の魔術師――マーナが躊躇なく踏み込み、爆炎で群れを削る。
カミラの矢は、急所へ寸分違わず吸い込まれていく。
俺の目には、この場の連中が英雄みたいに見えた。
(負けちゃいられねぇ)
俺も遅れない。舞う灰を払い、槌で道を叩き開く。
「オラル!!」
「マリ坊め、ようやくきたのか?」
遅れて駆けてきたのは、隊長の息子――マリウス。
だが、あいつだけが空気を違えていた。目は腫れ、顔色は青い。口を開く前から、胸に抱えたものが滲んでいる。
「これで終わりなんかじゃないんだ!」
(無理はねーな)
経験が浅いほど、言葉は大きくなる。
ただ――縁起でもねえ。そう眉間に皺を寄せた。
◇ ◇ ◇
マリウスは知ってしまった。
守りたかった場所が、壊れていくことを。
これはあくまでも、
――そして、それを〝知っている〟理由がある。あの夜の瓦礫の重みと、喉を塞ぐ粉塵が、夢みたいに薄れない。瞼を閉じるたび、何度でも蘇る。
(ただ、僕の〝声〟は、なにも解決策にはならない)
「あはは、
笑い声に、喉が詰まる。
こんな森に大鬼の群れがいるはずがない――普通なら。
「まあ、だが警戒はしよう」
「マリウスまで突拍子もないこと言うようになったのね……誰に似たのかしら。ねぇ、リオニス?」
けれど両親――リオニスとマーナだけは、最初から笑わなかった。
なぜだか母は、既視感でもあるかのような目で息をつく。
――でも、起こってからではすべてが遅かった。
地鳴り。焦げた土を踏み砕く重さが、森の奥から押し寄せてくる。
「
弓術に長けたカミラさんが、いち早く正体を告げる。
「冗談だろ……? ここは魔物の巣窟じゃねーぞ」
「いえ、この音は……!
それでも、父たちは退く気配すら見せなかった。
「"
母の声が響く。突風が小鬼を跳ね飛ばし、巨体の踏み込みさえ鈍らせた。
「おらよおおお!」
オラルの大槌は、当たれば人の数倍の巨体を持つ巨大鬼さえ転がし、大鬼の鋭い牙から味方を守る盾にもなった。
「"GYAAAAAA"」
カミラさんの矢は一射ごとに致命傷を刻む。
そして父が、魔物にもがく時間すら与えず息の根を止めていく。
(勝てる……!)
――そう思ったことが、
後退しているのは、依然として自分たちだった。
森の縁を死守するはずが、いつの間にか村の柵が背中に迫っている。ひと押し、ふた押し――戦場は門前へ押し込まれ、その均衡を一息で粉砕したのは、奴だ。
可愛い子犬の鳴き声。
大地を抉るように鎖を引きずる音。
三つの荒い吐息。
「
おとぎ話でしか存在しない。三つの首を持つ魔王の
愛玩動物と呼ぶには、あまりにも大きい。可愛らしい外見と、この惨状との相違が、かえって不気味さを際立たせた。
ひとたび飛び掛かれば、家々が砕け、地面に爪痕が刻まれる。
屈強な戦士のオラルが膝から崩れ落ちる。
カミラさんの手が赤く染まり、弓が指先から滑り落ちる。
そこからは、堰を切ったように戦線が決壊し、魔物が席巻した。両親も村も、その波に呑まれていく。
玩具のように蹂躙し尽くした後――
暗黒騎士は、いつも遅れてやってくる。
探し当てたことを褒めるように冥界番犬の首を撫でると、三本の尻尾が横に揺れて喜びを示した。
マリウスは思う。
(なぜ、この光景を……毎回、見させられるんだろう)
そこで、意識は途切れた。
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