夢日記 横転 + おまけ
にごう
『横転』11/25
私は山間を縫って進む列車の中にいた。
座席はすべて予約制で、列車の席はほぼすべて満席だった。
時間は昼を過ぎたころ、季節は暑さのまだ残る夏の終わり頃だろうか。
列車の中は、修学旅行生のためなのか小学生のような子が多く大人はまばらにいる程度だった。私はちょうどこれから休暇を静かに過ごそうと思い立ち、知り合いもいない、どこかもわからない田舎を目指していた。職業柄毎日のように子供のはしゃぐ声や大人の怒る声、鳴き声、喧嘩そう言ったものに触れていたものだから、たまの長期休みぐらいは都会の喧騒やら、子供達の叫び声や耳をつんざくような笑い声から逃れ、のどかなところで少しだけでも息抜きをしようと思い立ち列車に飛び乗ったその矢先がこれなのだから今日はやけについてない。そう思った。
しばらく自分の座席で大人しく座っていると1人の女の子が私に話しかけてきた。先ほどの言い様だと私が子供嫌いのように思えてしまうかもしれないが、そんなことはない。私は普段通りのスマイルを作りその子の言葉に優しく答える。一対一なら子供を喜ばせることくらい造作もないのだ。その子は私の対応に満足したのかしばらく私と会話したのち嬉しそうに自分の座席へ帰って行った。
我々を乗せた列車はちょうど廃村のような場所へ差し掛かろうとしていた。
車内のライトがカチカチと不意に点滅する。蛍光灯が切れかかっているのか電線の接触が安定しないのだろうか。そんなことを思って点滅した蛍光灯に目をやると車内にけたたましい爆発ともとれる大きな音が鳴り響いた。その直後車内は無重力になる。咄嗟に子供を守らなきゃとさっきの女の子を探す。
よかった手の届く場所にいる。
私は本能的に知っていた。この無重力の後、ものすごい衝撃が全身を打ち付けることを。
だから反射的に私はその子を力目一杯に抱き抱えこの後にくる衝撃に備えた。
無重力の時間は1秒にも満たないはずなのにその次の衝撃を待っていると永遠のように長く感じられた。
ドン、音が遅れてやってきたと思ったら無重力で中に放り出された私たちは一斉に列車の左壁に叩きつけられた。列車の右座席に座っていた私も例外なく左壁に吸い込まれる。その後に続いて私のキャリーバッグが私めがけて飛んでくるのが目に入る。このままにしていたら私じゃなくて私の抱き抱えてる子にぶつかると思うと同時に反射でそれを蹴っ飛ばしていた。
かと思えばまた体が軽くなり今度は天井、床、右座席、左座席、私たちはまるでシェイカーの中にいる氷のようにあちらこちらに叩きつけられた。途中割れた窓から外に吸い込まれてゆく人もいた。でも私は何もできず、ただただ丸くなって抱き抱えている女の子をひたすら守っていた。
しばらくすると列車は止まった。昼のくせに薄暗くなった車内で、何人かがむくむくとよろけながら立ち上がり始める。
私は周りを確認した後に抱き抱えた女の子の無事を確認した。どうやら眠ってしまったようだが命はあるようだった。
列車はタイヤを上にして止まっていた。窓ガラスはすべて割れていたから私は女の子を抱えて窓から外へ降りた。
外は町だった。
町というより廃村。道路や橋、建物はあるが住人が1人もいない。そんな場所のようだった。不思議と車も一台も通らない。往来が全くと言っていいほどない。唯一の往来は私の乗っていた列車くらいなのだろうか。
そんなことを思っていると他の生存者もノロノロと列車の窓から這い出してきた。
私のいた列車が駆け下りたであろう崖には凄まじい跡ともう助からないであろう人のようなものが茂みにぶら下がったり崖にへばりついたりしていた。
この状態で重症の怪我人に構うと全滅する可能性があると直感的に思った。救助が来るまでの1〜3日間を少しでも多く生きた状態で凌がなければならない。そのためには生存者の団結が必要不可欠と思った。
全員が違う方向にそれぞれ進み合うのは私たちにとって不利益しかないと。だから声を上げた。
「生存者を安全な場所へ移動させましょう」
「集団旅行中の小学生が乗っています。動ける人は運び出しやすい人から安全な麓まで運び出してください!」
「列車がまた崩れるかもしれません。列車の下には運ばないで!先頭車両を目指してください」
私が声を張り上げるとさっきまで途方に暮れていた人たちがゆっくりと動き始めた。
私も同じことを叫びながら先頭車両に向かって女の子を抱えて歩き始めた。
先頭車両は、大きな木に引っかかっていた。いったいなぜこんなひどい状態になったのか意味もわからないがその下が危ないことはすぐわかったのでその少し先の旧バス停のようなところへ彼女を置いた。
すると、そこへ後続の人がどんどんやってきた。
「我々に今必要なのは、水と布と火。救助が来るまでなんとか凌ぎますよ!」
返事はない。だがみんな、のそのそと動き始める。私は皆さんが連れて来た子を助けられる子と助けられない子で分けた。
救助が何日にも渡ってこないことを想定して、その場合この子達が私たちの糧になるかもしれないと考えたりもした。鮮度を保つために助からなさそうな人もなるべく延命させる。多くを助けるためだ。綺麗事を並べてなんとかして都合のいい方向へみんなを扇動しないと考えながら負傷者の怪我の具合を観て並べ替えてゆく。
元気そうな人には救助か、物資の確保、水汲みを、体力のない人には怪我人のある程度の手当と様子の観察を。1番怪我の少ない人には安全な建設物を探す斥候を頼んだ。
もうすでに事切れた人は、士気の低下を防ぐために人目につかない茂みに移動させた。
しばらくそうしていると続々とひとが集まって来た。私たちには、圧倒的に物資と人材がなかった。怪我は大したことないのに動かない人、かなり怪我をしているのに必死に動いてる人。こういう場所では人、生来の素性、本当の本性が出るものなのだなと感心しながら、私は怪我の度合いが軽そうな人に1人ずつ役割を与えて行った。
そうしていると生存者がだんだんチームのように団結し始めた。
1番初めに出していた斥候から学校に入れることを聞いた私は彼にお礼を言いここぞとばかりに大声を出す。
「我々の目的はレスキューが来るまで1人でも多く生存させることだ。時期に夜が来る。この状態で夜になれば必ず凍死者が出る。だから日没までに全員をあの学校のような建物まで移動させなければならない。救助は体力のあるものに任せて動ける者は要救護者と一緒に学校を目指して。人を運べなくても布や水、木などの物資を持って移動してください」
少し卑怯だと思ったがこうも言った。
「協力しないと全員死にます。協力してなんとか生き残りましょう」
そう言い終わると私は学校までの先導をさっきの彼と元気そうな人に託してまた救助に戻る。
列車から火が上がったらもう終わりだと思っていたが幸いそんなこともなく救助活動が続いた。しばらくすると日が傾いて来た。山の日の入りは早い。まだ助けられる人はいたかもしれない。だが、これ以上は自分たち体力のある人材も危ないと思ったから皆さんに救助はやめて布と水と助かりそうな救助者を移動させるようにお願いした。従わない人ももちろんいた。その人ごと見捨てることにした。
心が痛むと同時にスッと感情が消えた。
手と足がビリビリっとして感覚が消えて背中が重たくなって鼓動が早くなり自分で自分の行動を常に俯瞰する。
この感覚久々だなと思った。まるで自分がロボットみたいに。目的のため合理的に全てを判断していく。1人でも多くの人をうまく動かすために最善手を着実に打っていく。そうやって大方の人を学校へ移動させた。学校ではまだ火が起こせていなかった。気を擦り合わせて火を起こそうとした努力は見られたが、これまでの時間彼らは何をやっていたんだと落胆しながら、サバイバル番組の弊害なのかなと冷めたことを考える。
こんなに人がいるんだ。喫煙の1人や2人くらいいるだろう。こんな田舎道をゆく列車になるんだ、田舎の墓参りに行こうと線香とマッチを持ってる人が数人はいるだろう。ライターマッチを持っていそうな人を目線で探す。こういう時はなるべく頑固そうで、なかなかチームに参加できていない人から借りることで輪の中に成功体験と共に入れるといいんだけど…
目線で端から人相を伺って途中まで差し迫ったところで、自分が喫煙者なことを思い出してポケットを探るとやはりライターが入っていた。
そのライターでうまく着火して皆さんが集めてくださった牧に火をくべる。
学校を探索してなんとか鍋を見つける。もちろん水もガスも電気も止まっていた。
この状況では骨折以上の怪我の人はおそらく救えないのだろうなと心の奥で思いながら口では「大丈夫!なるべく多くを救うよ」と、知識のある人で応急処置の指示と手当を、知識のない人は川から汲んだ水をひたすら煮沸消毒してペットボトルに入れる作業をした。
すると次第に陽が落ちた。
辺りは真っ暗闇。辛うじて火の近くは目が効くが、校舎の中では目の前にかざした手さえそこにあるはずなのに見えない光をも飲み込む暗黒だった。
火を室内に持ち込めば二次災害の危険がとても上がる。火事、一酸化炭素中毒、煙により視界もこれ以上に悪くなる。
手探りで怪我人が寝転ぶ教室を目指す。
するとさっきまでは聞こえなかったはずの負傷者の唸り、不安を訴える声、慰める声、ため息、そう言った音が聞こえ始めた。ふと自分の体の力が抜けて頭から落ちる。
世界が歪む衝撃を感じながら、ああ、そうだ、私も追い詰められていたんだ。そう思い出して暗闇の中でそのまま目を閉じた。
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