私の謎を食べてください。

七星北斗(化物)

1.暗目


「…地獄に連れていってよ。

約束、したじゃないですか?

私が、私を、こうなるのは、

あなた、わかっていたでしょ?」


 白いはずの壁は、

死を連想する言葉で並べられている。

 赤、青、様々な色で書きなぐりの字、

その中でも、真新しく書かれた「ごめんなさい」

が緑色で書かれていた。


 僕はその文字の中で、

無意識に息を荒くしていた。

壁の字を凝視すると、気が狂いそうになる。

もう狂っている…のではないか?

 文字の中には、救いがない。


 白い肌とワンピースは、

泥臭く汚れていた。

 少女は、泣いているのか、笑っているとも言えない

乾いた声で繰り返す。


「私の謎を食べてください」


 ジリリリッン、目覚まし時計の音が響く、

朝だ。

 眠い瞼を擦り、洗面台で歯を磨ていると「おはよー」

隣に、まだ背の低い娘が立つ。


「どしたの!

そんな驚いた顔で?」


 娘の驚いた声に、洗面台の鏡を覗けば、

鏡には、寝起きとは思えないほど険しい僕の顔が映っていた。

娘の声と夢の中の少女と重なり、顔が引き攣っていたのだ。


 またあの夢を見た。どうやら僕は、あの夢を知っている。

しかしそんな体験はしていない。


 臨死体験をする事で見る夢とは、また違う。

ストレスによる悪夢と考えれば、合点がいくかもしれない。

 夢の残滓に引かれ、悪いことが起きませんように、

——そう祈るようになってから、娘が生まれた。


 幼い頃から僕の見た夢は、悪いことに限ってよく当たった。

僕の夢では、赤い蜘蛛の増殖から始まる。

 蜘蛛は、夢の背景を覆い、その中に僕たちはいた。

僕は、その蜘蛛のことを『縁切蜘蛛|(トヨクモノ)』と呼んでいる。


 赤い蜘蛛は、黒い斑点と毛むくじゃらだ。

夢の中では、蜘蛛からずっと見られていた。


「パパ、垂れてる」


 娘から注意され気付いたが、

口から歯みがき粉が垂れていた。

 慌てて口をゆすぎ、歯磨きを終える。


「ありがとな、優花里」


 夢のことは一旦頭の片隅に置き、

優花里を抱っこした。


「わーい、高い、高い

ウ○トラマンやってー」


 優花里の腰を掴み、高く持ち直す。


「ぐぃーん、ウ○トラマンだぞー」


 優花里の重みから、成長を感じて、

感慨深げになりながら。キャッキャと喜ぶ、

優花里をゆっくり下ろす。


「もう終わり?

もっとしてー」


 僕は、優花里の頭をそっと撫でながら、

苦笑する。


「パパ、お腹空いちゃった」


 優花里は、ぶーぶー頬を膨らませるが、

「しょうがないなー。

なら、バニーズ行きたい。

パイナップルが乗った

ハンバーグじゃなきゃ嫌だよ」

と催促を始める。


 我ながら、甘い父親になってしまった

自覚はある。しかし娘が可愛くてね。

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私の謎を食べてください。 七星北斗(化物) @sitiseihokuto

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