吹き消した百本目に後悔はない

告天子ロロン

第1話 日常に変化を

「サークルの見学だぁ……?」

「おう! 怪奇現象の実証なんてなんだか面白そうだろ? 一緒に行こうぜ、コト!」

「いやヤツリ、オレお前と違ってオカルトとか興味ないんだけど……」


――――――


 ――春先早々また面倒そうなもん持って来られたな……と、とある大学生は思った。

『コト』と呼ばれた青年、基コトブキは気怠げそうに幼馴染の話に耳を傾けていた。彼の親友でもある件の幼馴染ことヤツリによると、自分達の通う大学には怪奇現象や降霊術の真偽を検証によって判断する少人数のサークルがあるとのことで、そこをたまたま見つけて気になり行こうと決意。しかし一人で行くのはなんとなく寂しく折角だからと親友を誘ったとのことだ、だが残念なことにその親友であるコトブキ本人からしたら流石にいらねえ配慮ありがた迷惑であった。


「……ガチで行くん?明らか怪しいだろそんなん、絶対奇行に付き合わされるだけで成果得られずに終わるって」

「いや心霊系への信用なさすぎねえか? まぁちょっと胡散臭いというか、見に行って何かしら成果が得られるかは怪しいところではあるけどな……」

「だろ、ただサークル入りたいだけならもっと別んトコあるべ」


 そう言うコトブキを一瞥したヤツリは、「でもなぁ」とかなんとかぼやきながら手に持つチラシと向き合っている。おどろおどろしいソレはどう見ても宣伝には向いていなく、ほんのちょっぴり視線を向けるだけでも新入生がビビりそうなデザインだと嫌でもわかるものだった。それこそ「逆に隣の男ヤツリ以外でこのデザインに興味そそられる奴がいるなら名乗り出てほしい」と思わせられるくらいには……


「流石にこのままどこのサークルにも部活にも入らないで卒業、とかなるのはちょっと寂しくねえか? 思い出作ろうぜ」

「だとしてもソレだけはいらんて……」

「ホント消極的だなコトは……もう三回生の春なのに大学生活充実させたくねえの?」

「お前がアクティブすぎんだよ、充実なら私生活で十分だっての」


 コトブキはいつまでも頑なに提案には乗らず、手元の電子タバコでバニラの香りを肺に入れていた。ふぅ、と吐かれる煙に気怠さが乗り移っているようにすら思える。

 ――ハッキリ言って行きたくない。面倒くさい。そこらの女をナンパしてカフェでも何でも連れ込む方がフィクションにかまけるより有意義。幼馴染が目の前にいるから声に出してないだけでコトブキの内心はこんなものだった。彼は子供の夢すら平気で折れる生粋の現実主義であり、それ故今回もずっと話は真剣に聞いていなかった。

 そうしてヤツリの話があらかた叩き切られて沈黙が訪れだした頃、二人の間の空気にコトブキの携帯の通知音が割り込んだ。しかしどちらも驚くことなく「誰から? アカリちゃん?」「や、多分サクラ」とメッセージの主のアカウントを見ていた。


「『予定ないなら今からデートできないか』ってさ」

「え、デートって……いつの間に付き合ったんだ?」

「な訳、アイツが勝手にカノジョ気取りで言ってるだけ。身体しかつるんでねーよ」


 うわサイテー、なんて幼馴染から飛ぶヤジを無視してコトブキはサクラと言われている女性への返事のためタイピングに手を動かす。そして最後に送信ボタンとキスした親指を離してすぐ「じゃ、オレ予定できたから」とその場を去った親友の背中をヤツリはぼんやり眺めていた。


「……話す奴、間違えたかな……」


―――――


 その翌日、心なしか前よりげっそりしているように見えたコトブキを心配したヤツリは何があったと声をかけた。昨日よりも濃いバニラの香りの大きなため息の後に聞かされた意気消沈の理由は『デートの後でサクラのいるとこにしつこく勧誘された』ことだった。

 二人と同じ大学に通うサクラの所属は大学にある中ではそこそこ大きいテニス部で、コトブキも高校時代テニス部への入部経験があると聞いていた――ただし、彼の高校の同級生以外は知らないがコトブキの入部は当時のクラスメイトに巻き込まれただけのものであり、自分の時間が減るのが嫌だからと三ヶ月後に辞めてる――ため、合うと思って勧めているらしい。また勧誘自体は一年くらい前の関係を持ち始めた時期から言われていたのだが、三回生の春という大学生活の折り返し地点になってさらに必死になりもしたみたいだ。尚これらはコトブキ本人の意思が割と無視されてるせいで当の本人は「会う度言うからそろそろうんざり」と幼馴染に悪態をついて愚痴をぶちまけているが……


「どいつもこいつもしつけえんだよな、どこにも入る気ないって言ってんのに揃ってヤツリと同じようなことほざきやがる」

「俺をお前のカノジョ未満の大群と一緒くたにすんのやめてくんね???」


 昨日の倍は吸ってるんじゃないかと思うレベルで電子タバコをカチカチしているコトブキに対し、自分はそこまで過激じゃない、誘ったのだってあの一回だけなのにと怒りをあらわにするヤツリはふと考えた。そして急に黙り込んだのを流石に怒ったのかと不安がったコトブキに向き直り、少し申し訳なさそうな表情を浮かべこう話した。


「……部員の奴らにはちょっと悪いけどさ。昨日誘ったあそこあのオカルトサークルを言い訳に使うのはどうだ?」


 ――彼の提唱する理論としてはこうだった。まずどこかにコトブキの名前だけでも入れてしまえば、カノジョに限らず誰かに『無加入』を理由に誘われることはなくなる。また、あのサークルは他と比べて活動内容が如何せんアレなので、大半の生徒は恐怖故か近付かないからおそらくある程度は熱心誰かによる後追い加入の心配もない。あと万が一掛け持ちを誘われてもできない説明が具体的にできるようになるので断りやすくなる。ついでに加入には最低一回の体験が必須なので、ソレについていけばヤツリも見学に行くことができてオールハッピー。最後に私欲が見えていたのをさておいてもそこそこ理には適っているだろう、コトブキだって幽霊部員で済むなら楽なのには違いなかった。

 一通り聞いてようやく、コトブキはあの胡散臭い場所に行く決心が固まったのだった。その日はそのまま解散になり、後に見学を取り付けてくれたヤツリから『再来週の木曜に来てほしいってさ』と連絡を受け取って終わった。

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