義姉は魔王の子〜記憶が最も価値のある世界で生きて行く〜
美黄泉夜
第一章1 ユメの始まり
プロローグ
「■○は、逃げ■×ー!」
誰かが、僕の背中を押した夢を見た。
「おま○だけは■¥$○たすー■●」
誰かが、僕を抱きしめて守ってくれた夢を見た。
「ごめ●ね、▼◇いちゃ#――」
誰かが、僕に謝っている夢を見た。
でも僕には、その消えていく声が、誰のものなのか思い出せなかった。
……そして、その全てが炎の中に消えて行き、それから大きな音と共に、身体中へと衝撃が走るんだ———。
―――――――――――――――――――――
ガタンガタンガシャーン!!!
家が崩れる音。何かが爆発する音。炎の音が辺りを鳴り響かせていた。その音や振動、熱によって、僕の意識は覚醒した。
はぁ…うるさいな。まだ寝ていたいのに…。
頭がズキズキとして、身体中が熱く、痛かった。
あれ、今って夏だっけ……?確か……今日の日付は、三月七日だった気がするんだけど。
僕、ラーク・ジンクスは満を持して目を開いた。すると、辺りは暗く、自分の寝室ではないことが確かだった。ただ少し赤い、まるで火のような色をした暖色の光がうっすらと差し込んできていた。
「……あれ?ここ、どこだ?」
見間違えじゃなければ、僕のいる場所は瓦礫の中だった。身体中が痛いのは瓦礫による損傷で間違いない。すごく絶望的であることはわかっているが、何故だか異様に冷静になれている。多分。状況が理解できていないからだろう。
「とにかく、出なきゃな…」
僕は瓦礫の山を押し除けて、なんとか這いずり出ると、外はまるで地獄のようだった。空は赤黒く濁り、あたりは瓦礫の山が詰み重なり、火の海に覆われ、人や動物の死体が転がっていたりもした。
「……⁉︎」
僕が住む星、太陽系第三惑星、地球。地球は西暦20xx年となり、より科学が発展し、昔とは比べ物にならないくらい、何不自由のない暮らしをできるようになっている時代だった。
しかし、僕が見慣れたはずの町であった場所は、まるで知らない場所のように焼け落ちていた。僕にはまるでわからなかった。なんでこうなっているのか、理解ができなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。僕は何も見向きもしないで、ただひたすらに火の手から逃れるため、動くことにした。
「これは夢ってことにして、あとは夢から醒めればいい話なんだけど……どうすればいいんだろう」
夢、とんだ悪夢だ。起きたらこんな出来事は覚えていないで欲しいな……。目を覚ましたらきっと、、きっといつも通りの平和な日常のはずだよ。うんうん。
目の前で起きている出来事を頭の中で見ないようにし続けたが、どうやら涙だけは勝手に出てくるようだった。それでも僕は、気づかないふりをし続けることにしていた。それしか、できなかったから。
もがき苦しむ呻き声や悲鳴には耳を塞ぎ、変わり果てた町をただひたすらと歩いた。どこに向かって歩いているのか、そんなのは知ったことではない。今いる場所がどこなのかも検討が付かない。それくらいに辺りは荒れ果てていて、ここが本当に栄えていた一つの都市だったのかどうなのかわからないレベルに、街は焼け落ち、火で覆い尽くされていた。
「はぁ……はぁ……っ、、ゆめ、これは……ユメのはずなんだ……!誰か、そう言ってよ、、!」
僕は愚痴を言うように、言葉をただ吐き捨て、現実逃避をし続けていた。そうしてしばらく歩いていくうちに、思うように身体が動かなくなってきていた。身体中が怪我をしているのだ。体力が底を尽いたのだろう。
「もう……、だいぶ歩いたよね……、はぁ……休憩しなきゃ、、てか、水……飲みたい……」
どこか休めそうな場所はないのかと、あたりを見渡すことにした。とにかく、とにかく周りを見渡した。休める場所、水を飲める場所、なんなら夢から目覚められる場所、なんでも良かった。どこかで休みたいと、本能がそうさせた。これは人が死に瀕する寸前の危険信号みたいなものだろう。多分、僕はこの後息を引き取るのだろうと、直感がそう告げた。
「もう……むり……なのかな……」
乾いた笑いしか出せないや。ははは。こんなところで終わるのか。人の最後って案外、あっけないものなんだね。僕は人生とは何なのか——とか、なんのために生を授かったのか——とか、もう今死にかけているはずなのに、今更哲学的な物を考えていた。
「……なんだかそう思うと……最後くらい、何か面白いことしたいなぁ。なにか……ないかなぁ……ん?」
さっきまでは休めそうな場所を探していて気づかなかったが、かなりすぐそばの瓦礫の隙間から、紫色に光る何かを見つけた。僕は思わず駆け寄っていた。
「こ、これは……?」
紫色に光っていたが、地面には何の仕掛けも施されていなかった。僕はただがむしゃらに瓦礫をどかし続けてみた。
はは、最後の力を振り絞ってやることが瓦礫を押し除けることなんて、たまげたなぁ。
僕はぼんやりとしながらそんなことを心の中でぶつぶつと呟いていると、そこには現実世界ではあり得ないものが正体を表した。僕はそれを見て、確信した。
「ほ、本当にこれは……夢だった?は、ははははは!!やっぱりそうなんじゃん!!夢であってるじゃん!!これが、夢から醒める場所なんだ!そうに違いない!」
僕はただおかしくって、無意識に笑ってしまっていた。だって夢でなければこんな"魔法陣"、現実に存在なんてしないのだから。僕は何も疑うことなく魔法陣の真ん中にズカズカと入っていった。途端、僕は夢から醒められると安堵したのか、体力も尽き、意識を失った。
―――――――――――――――――――――
《ユメの始まり》
白い光が差し込み、眩しく感じた僕は目を覚ました。あれ、そういえば戦争みたいな夢を見ていたんだっけ。あはは。あれはやっぱり夢だったんだな。僕は背を伸ばし、腕をぐっと上へと伸ばしてからゆっくりと起き上がり目を擦る。
「ん……?あれ、僕の部屋じゃ…ない…?」
そして目の前の光景を見た僕は唖然とした。見知らぬ木製の部屋の質素なベッドで僕は寝ていて、それを僕よりも年上のように見える女の子が玉座のような椅子に座りながら僕を見ていたからだ。
「……起きたのか。初めまして、蒼き星の生命体であるアストレア」
綺麗な紫紺色の髪と、長いまつ毛に引き込まれるバイオレット色の瞳で、禍々しい服を着ている女の子が何やら難しいことを言いながら、何かを堪えるようにして僕を眺めていた。
あれ、これまだ夢の続きなのかな。
困惑した僕はひたすらここがどう言った場所なのか頭を働かせていると、僕を眺めていた女の子がふわりと親しみやすい表情で、尚且つ威厳のある立ち振る舞いで自己紹介を始めた。
「自己紹介をしようか、私の名はセルシア・ラグナロク。ここ、ネサロンという星の第三王女でもある」
王女様——
言葉の意味を頭の中で理解するのに時間がかかった。
「ねさろ、ん…?おう…じょ…?」
自分の声が裏返ってしまう。無理もない。バイオレットの引き込まれるような瞳、どこか俗世離れした振る舞い……確かに言われてみれば王女様っぽい。でも、そうじゃない。問題はそこじゃない。
まず、この世界はどこ?そして……なんで僕はここにいるの?
混乱している僕を見て、セルシアさんはくすっと優しく笑った。
その表情は、さっきまで名乗っていた“王女”という肩書きよりもずっと人間らしくて、少し安心した。
「何も知らないのも無理はない。それでアストレア、君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「その、あすとれあ…?って、僕のこと…だよね?」
「そうだ。アストレアの意味は外界の生命体のことを指す。そして、この部屋には君と私しかいないだろう?つまり君のことになる」
外界の生命体。異世界人、ってことなんだろうか。
夢にしては妙に鮮明で、空気も、重力も、生々しい。でも脳が混乱している今は、深く考える余裕もない。
とりあえず……自己紹介すればいいのかな?どこまで言えばいいんだろう。名前?年齢?職業って……12歳の僕には中学生ぐらいしか言えないし。
「わかった。僕の名前はラーク・ジンクス。12歳で、一応今年から中学生になる…かな……?」
セルシアさんはその言葉を聞くと、安心したようにゆるく目を細めた。
「そうか。ラークか、よろしく」
名前を呼ばれるだけで、少し胸の奥が温かくなる。知らない世界で、初めて自分の存在を受け止めてくれた気がした。
そして、セルシアさんは小首をかしげて続けた。
「その中学生……?とやらは知らないが、それは学生の階級と捉えてもいいのかな?」
あ、そりゃそうか。異世界だし、“中学校”なんて概念があるはずもない。
「うーん、まあ……そんな感じか…な?」
説明するのも難しいし、とりあえず同意する。たぶん大きくはズレてない……はず。
セルシアさんは「なるほど」と頷き、興味深そうに僕を観察していた。
王女という身分のわりに、人の話をしっかり聞いてくれる人なんだと思うと、強張っていた僕の肩の力が少し抜けた。
「まあ、ここではそんなことは関係ない話だ。ラーク、君は今ここにいる理由がなんたるかを知りたいのだろう?」
僕は息を呑んでから頷いた。セルシアさんは座っていた玉座のような椅子から立ち上がり、とても自信ありげな表情をしながらズカズカとした足取りで僕との距離を詰めてきた。
距離が近いな、この人。
「君は私の研究していた魔法によって、ここに転移してしまったんだ。君のようなアストレアが、この転移魔法を通して召喚されたのはこれが初めてだ」
まほう……魔法……⁉︎
確かに思い返してみると、ここに来る前に魔法陣を見た覚えがあった。
そうか、魔法か——なんだかワクワクしてきた。夢の中くらい、魔法があったっていいじゃんね。
「す、すごい……!魔法って本当にあったんだ……!」
胸が高鳴り、口から自然と感想が漏れた。そんな僕の反応に、セルシアさんはぱちりと瞬きをしてから、すっと顔の距離を詰めてきた。白く透き通った息が触れそうなほど近い。そのバイオレットの瞳は、まるで僕の心の奥まで覗いてくるかのように真っ直ぐだった。
「ほう…怖くはないのかい?君の住まう世界では魔法は存在してないだろう?」
たしかに。もしこれが現実だったら、きっと腰を抜かして、恐れ慄くレベルだよ。
けれど、この世界は夢の中——そう思えば不思議と怖くなかった。
包丁だって使い方を間違えれば危険だけれど、正しく扱えば便利な道具になる。魔法も同じだと思う。
だから恐怖心より、圧倒的に未知への好奇心の方がはるかに強かった。
「確かに怖さはあったけど……それより好奇心の方が勝ったんだ」
「そうか、君の反応は興味深いな……」
セルシアさんはほんの少しだけ口元を緩め、どこか安心したように僕を見つめた。
その表情には王女としての顔ではなく、一人の人間としての興味と優しさが浮かんでいる気がした。
けれど、その直後。彼女はふいに眉を下げ、顎に指を添えて考え込むような仕草を見せた。さっきまでの柔らかい空気が、微かに張りつめる。
「それはさておき、私の転移魔法を使って、君を前いた場所に送り届けることもできるが……」
言葉とは裏腹に、その声音には少しだけためらいが混じっていた。まるで簡単に口にはできない事情があるかのように。彼女の視線は僕を見つめながらも、どこか遠く、別の何かを考えているように感じられた。
「その、何か問題があったりするの?」
魔法がある世界だ。ゲームではMPだったりが存在している事もある。つまり休まなければ使えなかったりするのだろう。
「……問題、か。まあ、そういうことになるな」
胸の奥がざわりと揺れる。帰れると聞いて安心したはずなのに——。セルシアさんの口調にひっかかる不安が、静かに心へ広がっていった。
「……一応、いつでも帰れるんだよね?」
「ああ、いつでも帰すことは可能だ。ただ、私は外界のアストレアには興味がある。だから君を帰したくないのが本音だ」
とりあえず、いつでも夢から醒められるってことかな?
セルシアさんは僕のことを閉じ込めたり、拘束したりするような人には見えなかった。セルシアさんが僕に興味あるように、僕もまたこの世界に、魔法に興味があった。
魔法なんて今この瞬間でしか体験できないだろう。まさに夢の世界だ。しばらく滞在しても夢なので問題はないだろう。
「僕も魔法に興味があるし、すぐに帰りたいとは思ってないよ。セルシアさんも悪い人には見えなかったからさ」
「……その判断は賢明だな。ラーク、今はこの星を楽しむと良い。私は君と共に生活したいと思っている。どうだ、私と共に住まう気はないか?」
この星をそもそも全然知らないのに一人で暮らすなんてことはできないし、そもそも現実でも一人で暮らしてなんかいない。そう、現実では。
すると突然、頭にピリッとノイズが走った。理由はわからなかったが、あまりにも微々たる違和感だったため、今気にすることではないと判断した。僕は切り替えて、セルシアさんの誘いに乗ることにした。
寝たらきっと夢から覚めてしまうだろうが、それまで僕は魔法のあるこの世界を存分に楽しんでやろう。
そう意気込みながら、セルシアさんに対して手を差し出した。
「わかった。セルシアさんと一緒にしばらくは住むことにするよ!よろしくね、セルシアさん!」
「ああ、こちらこそ。よろしく、ラーク」
セルシアさんは僕の手を取ってはにかんで見せた。
僕はその様子に息を飲んだ。つい視線が釘付けになってしまった。それほどまでに、とても美しく、不思議な魅力を醸し出していた。
「ふむ……この際だ、距離を縮めるために私のことをお姉ちゃんと呼ぶといい」
どこか誇らしげに胸を張り、まるでそれが世界の理であるかのようにセルシア姉さんは堂々と言い放った。
……えぇ!?そんな唐突に!?
僕に姉がいた経験なんて一度もない。「お姉ちゃん」なんて言葉は、これまでの人生で縁すらなかった。
突然そんな高難易度ミッションを突きつけられても困る。いや、本気で困る。なのに当の本人は、僕の戸惑いなんて一切考慮する気がないらしい。
むしろ——期待で目をきらきら輝かせ、どこかワクワクした雰囲気まで纏って僕を見つめてくる。
しかも先ほど手を差し出したせいで、気付けばがっちりと握られている。
逃げ道は塞がれ、選択肢は潰され、僕はすでに詰んでいた。
……抗うチャンス、ありますか?
とてもじゃないが即答できる内容ではない。僕はひたすら心の整理のため時間稼ぎに走った。
「……その、なんで僕の義姉になるの?別に居候ではいけなかったの?」
「む……私の弟になるのが嫌だとでもいうのか?」
期待の眼差しから一転して、眉を下げて露骨に悲しそうな表情をした。それを見た僕は必死に弁解をすることしかできなかった。そう、僕はその表情に耐性がなく弱かったのだ。
「いや!そういう訳じゃないんだ!ただ、気になっただけで……」
こんな捨てられた子犬のような表情をされたら誰だって断れる訳ないだろう。僕は目を泳がせていると、彼女はなるほどと納得したのか、凛とした表情に戻っていた。
「そうか、なら理由を説明しよう。それは単に私が弟を欲していたというのもあるが、一番は家族になることこそ、私たちの距離を縮め、より強い『記憶』としても残るからだな」
——つまり、僕との距離をとにかく縮めて仲良くなりたいってことかな?
多分、この人は今まで人付き合いというのをあまりしたことがないのだろう。距離の縮め方が極端すぎる。
覚悟を決める時が来たのか、やるしかないのか——
僕は腹を括って、未だ繋がれた手を再度強く握り直し、彼女に視線を向けた。
「え……えっと、わ、わかったよ。じゃあ、呼ぶね?その、セルシア…姉さん……これで、いい?」
僕の顔は茹でたタコのように真っ赤になっているだろう。恥ずかしさに悶え死にそうだった。言い終わるとつい目を閉じてしまった。
なんで夢の中で僕の自尊心が傷つけられているんだろう。これも一種の悪夢ですか?
僕はセルシア姉さんの反応を確認するため、薄目でちらりと様子を伺うと、顎に手を持っていき僕のこの呼び方に対する審議をしていた。
「……本当はお姉ちゃん呼びが良かったが、まあ良いだろう、合格にしてやろう。これからもその呼び方で頼むぞ、ラーク」
僕が強く握っていた手をセルシア姉さんは胸くらいの高さまで持ち上げ、どこか優しい穏やかな表情で僕の名を呼んだ。僕はそれに対して頷くことしかできなかった。
合格もらえて本当に良かったよ……。
流石にお姉ちゃん呼びはハードルが高いため、ダメージが少ない呼び方でことなきを得ることに成功し、僕はひとまず安堵した。
「ふふ。今日から君の義姉として……このセルシア姉さんを頼るといい」
この姉さん、最初はお堅い人だと思っていたけれど、かなりのお調子者でもあることが発覚した。でも、僕はそんな義姉に悪い気はしなかった。それどころか、可愛げのある姉さんだなと、今の誇らしげな表情を見て、僕の頬はいつの間にか緩んでいた。
こうして、僕のユメの義姉生活が始まった。
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