悪役令嬢モノ四連発

流離の風来坊

突然、侯爵子息から婚約破棄された!バックには悪役令嬢の影がある。ザマァしたい!

「エレーナ、君とはもう結婚できない。婚約破棄をして欲しい」

「えっ、どうしてですか? メルスさま」

「命令に説明はない」

「め、命令?」

「婚約破棄の執行は二週間後だ。それまでに家を出て実家に帰り給え」


 いきなりですが、こんな感じで私は婚約破棄されました。納得がいきません。


 トニー「非常に簡単だったけど、状況を把握したよ」

 エレーナ「ありがとうございます。何とかギャフンと言わせたいのですが」

 トニー「少し検討してみるよ」

 エレーナ「よろしくお願いいたします」


 トニーさんというのは行きつけの本屋さんによく来店して顔見知りになった知人以上、友人未満の二十代男性の方だ。私はエレーナ・モルネン十七歳。モルネン伯爵家の次女。一方、メルスさまはリンドバーグ侯爵家の次男三十五歳。お家同士の婚約ではあったけど、貴族の女性は皆、同じなので特に文句を言わずに婚約した。


 顔写真などという都合の好いものはまだなく、婚約前の申し込み段階でも絵画が贈られてくる。その絵画では実物とかけ離れたものが多く、実際にお見合いまで行くとガッカリを通り越して目が腐ってるんじゃないかという程、別人が描かれていることも多かった。


 トニー「急な婚約破棄というのは、大体が別の貴族が介入してきて力関係で婚姻話が変更になる場合が多いですね」

 エレーナ「そうですね」


 トニー「一例としては、ギャンブルなんかで借金を背負う羽目になって貸主の娘を押し付けられたか」

 エレーナ「ありそうですね」


 トニー「そのメルス・リンドバーグさまの背後にメルスさんを慕う別の令嬢がいるかもしれません」

 エレーナ「普通の婚約破棄のパターンですね」


 私が考えたのは、メルスさまが時々外出されることから、別の女性の存在があるか、またはギャンブルで負けが越したかです。特に現在、国で流行っているのがカードゲーム。貴族の上の方になると領地の一部を掛けたり、鉱山などの開発という収入源の権利を掛けたり、ギャンブルとはいってもスケールが大きいので、充分、婚約破棄して別の令嬢にする展開が有り得そう。


 メルスさまは女性におモテになるという雰囲気はなく、浮気でバックに他の高爵位の家の令嬢がお慕いしたみたいな話にはならないと思います。


 また誰かが私への個人的恨みでメルスさまへ悪い評判のような中傷を吹き込んで、私を嫌わせたという可能性もあります。浮気なんかしていないのに、しているとかいう噂を作られるのです。一番簡単で事実を確認する手間を惜しむ貴族は凡そ噂話を鵜呑みにします。


 今の時点では原因が思い当たりすぎて絞り込めず、可能であれば二週間後の婚約破棄執行までに有利な条件を引き出したいのです。


 トニーさんは腕を組みながら『うーん』と唸っています。彼に相談したきっかけは、婚約破棄を言い渡された後で、あてもなく書店へ彷徨いながら歩いて行き、たまたま店内で会った彼が手にしていた書籍のタイトルが「顔が青くなる程つらい結婚」(別タイトル:マリッジブルー)だったからです。


 今日は特にお付きの従者がおらず、馬車もなく、一人で自由行動だったため、男性と一緒にカフェへ入ることも可能でした。どうして今日に限ってお付きの従者が居なかったのだろう? 婚約破棄される予告を受けるために何らかの作意があったのでしょうか。まだ何も分かりません。


 はぁ、それにしましても、理由を言われずに婚約破棄をされるのは精神を引きずります。心の中では婚約破棄ラッキーみたいに思っていてもです。


 トニー「メルスさんのギャンブル好きを調べてみましょう。色々と考えたけどね」

 エレーナ「ギャンブル好き、ですか」

 トニー「はい。数日の時間を頂けますか。調べ上げてきます」


 エレーナ「謝礼はどれぐらい用意すればよろしいでしょうか?」

 トニー「要りませんよ。ちょいちょいと調べるだけですから」

 エレーナ「……申し訳ありません。でも幾らかを包ませて頂きますね」


 一応、エレーナも伯爵家の令嬢であるため、お金は用意できます。


 トニー「それでは、何か分かりましたら早馬をお送りしますね」

 エレーナ「早馬ですか? そんな……婚約破棄ぐらいで……浮気発覚! なら解りますけど」

 トニー「お友達じゃないですか。奇妙な縁ですけど」

 エレーナ「時々、本屋で会っただけですのに感謝いたします」


 数時間の会話が出来て愚痴をこぼしたおかげか、心の痛みがかなり軽減していた。なぜこんなに一方的に苦しまなければいけないのか。エレーナは境遇を悲しく思う。


 領地にある本宅ではなく王都にある伯爵家別邸に戻ったエレーナは複雑な思いを胸に抱いていた。トニーさんは、なぜ背後に悪役令嬢が居るという可能性を捨てたのだろう? 他の理由ではなく、ギャンブル一択だなんて。それほど何かに気づくことがあったのでしょうか。


 私だけが気付いていないのかも。あまり家から出ないので、どうしても世間には疎くなります。貴族パーティぐらいですから本当に無知なのです。社交場に行くなら誰々に借金があるぞとか、誰それが浮気してるとか、下世話なうわさ話でも聞けるのに。んー、夜の酒場はどうでしょう。行ってみようかな。


 次の日。夕方にモンネン伯爵別邸に早馬がやってきました。騎乗の人が手紙を渡してくださいました。その手紙には何だか恐ろしい封印がされていました。この紋章は……まさかトニーさんって……。


【調査報告書】


 急いで調べてみたのですが、簡単に複数の原因を特定できました。


・メルスさんの領地の一角が差し押さえられています。

・ギャンブル好きでした。

・フリーメイソン33(最高階位)が関わっています。


・背後に親しい令嬢がいます。名前はサリナ・フランソワーズ侯爵家四女。

・命令という一方的な婚約破棄は有責になりますので裁判が可能です。


・アドバイスとしてはボブ王国の通貨貯金(エリーナさんとメルスさんとの共有結婚資金)を崩して返して欲しいとメルスさんに頼んでください。きっと反応が出ます。


・いざとなりましたら私の名前を出して「私には親しい友人にトニー・トムがいる」と宣言してください。いい方向に進みますから。命令の婚約破棄は撤回されることでしょう。


 貴女に幸せがありますように。トニー・トム


【以上】


 メルスさまに婚約破棄を撤回されては困ってしまいます。愛情はもうありません。

 それにしましても、トニーさんのファミリーネームがトムだなんて。そんな……。


・・・・・


【メルス・リンドバーク侯爵家】


 エレーネとメルスは最終決戦(婚約破棄交渉)に臨んでいた。


「……というわけで、私の方から婚約破棄を願い出ます。有責ですから慰謝料を頂きます。計算書はこうです。内訳はこちらの書類に種類別にまとめられています」


「くっ」(金が要る時なのに、この小娘が)


「あと、即、ボブ国に預けてある共有財産を分割してお返しください」

「あれは僕らの結婚後の生活資金にしてたものか……君の分はあったかなぁ」

「半分ずつというのが裁判所の判決です」


「あのさエレーナ。今、我らがトム国とボブ国は関係がぎくしゃくしていてね。今、貯金を解約しておろすと目減りが酷いんだ。もう少し好況になってからにした方が損がないぞ」


「損が出てもいいです。今すぐに解約して返金をお願いします。貴方を信用して預けましたので」


「もう信用がないという事か」

「はい」

「……実は使用してしまっているんだ、すまん」

「そうでしょうね。調べが済んでいます。勝手に使い込むなんて酷いですね」


「エレーナ、申し訳ないけどリンドバーグ侯爵家を敵に回したな」

「何のことでしょう」

「お前の家、伯爵家を潰してやる」


「私の親しい人にトニー・トムさまという御方がいらっしゃるのをご存じで?」

「なに……その名前は……」

「はい、トニー・トムさまです」

「次期国王の王太子殿下……」

「はい。先ほどの敵に回したな家を潰す、というお言葉は彼に伝えさせて頂きます」


 唖然としたまま動かないメルスを置いておき、エレーナは続ける。


「フランソワーズ侯爵家四女サリナさまと仲良くしてください」

「……」

「お金の回収はさせて頂きますから。鉱山も頂戴いたしますね、それではまた」


「ま、待ってください、エレーネ様」

「王家よりのお家取り潰しの沙汰をお待ちくださいませ」


「あなたのご乱心で行われたサリナ・フランソワーズ様との件も王家に伝わっています。爵位は速やかに降格されるとのことです」


「お待ちください、エレーネ様」

「では、失礼いたします。ごきげんよう、メルスさま」


 暫くして、エレーナ・モルネンの実家、モルネン伯爵領はリンドバーグ領を吸収し広大な領地となり、その規模から伯爵から侯爵へと陞爵(昇爵)した。


・・・・・


 トニー「エレーナ、問題は片付いたみたいだね」

 エレーナ「おかげさまで。ご助力ありがとうございました」


「これで君もフリーだね」

「はい。おかげさまで、です」

「それなら、今日は一緒に食事にでもどうかな?」

「もちろんです」


「ふふ、本屋で出会って、こうなるなんてね」

「私、とても運が良いと思っています」

「そうかい?」

「次期国王陛下、継承権第一位の王太子殿下が王都城下町の本屋にいらっしゃるだなんて」


「僕は一目惚れでね。どうして君に婚約者がいるんだと悲しみに暮れていたんだよ」


「幸せです、王太子殿下……」

「トニーと呼んでくれないか」

「……トニー」

「エレーナ!」がばっ


 本屋で偶然出会った二人。

 たまたまトニーが手に持っていた書籍「顔が青くなる程つらい結婚」


 ほんの些細な偶然が二人を惹きつけた奇蹟、末永く二人は幸せに暮らしました。


 ……王太子殿下がフリーメイソン33(最高階位)だったことは秘密である。



【Fin】

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