勝鯉のお供に珈琲はいかが?

赤花

1杯目

 夕方の広島駅、行き交う人々は赤で満ちていた。


「よし!今日も美味しいコーヒー淹れるぞ!」


 ここは広島駅から徒歩5分、マツダスタジアムすぐ近くのキッチンカー。店主の己斐心羽こいこはねは大のカープファン。高校卒業後、コツコツお金を貯めて25歳にしてついに夢のキッチンカーを開店!させたのだが……。


「今日は、の間違いじゃろ。」


 振り向くと今日最初のお客さん。常連のカープファンのおじちゃんが笑いながら言う。私は思わず頬を膨らませる。


「もう!いっつも美味しいじゃろー?……今日はどんなのにする?」

「じゃあ苦めのやつがええわ!心羽ちゃんは試合始まったらいっつも薄いコーヒー出すけぇの!」


 痛いところを突かれる。私はカープが好きすぎるあまり、試合中はついつい集中力が切れてしまうのだ。


「今日はまだ試合始まっとらんけぇ大丈夫!任して!」

「ほんまかいね。期待せんと待っとくわー。」


 ミルを回して豆を挽く。注文が入ってから挽きたてのコーヒーを淹れるのがこだわり。今日はブラジルの深煎り豆を使っている。苦さの中にコクもあり、深みのある味わいのコーヒーになるのが特徴だ。

 豆を挽き終わってドリッパーに移そうとしたその時、球場が歓声で沸く。途端に手元が滑って豆が少しこぼれてしまう。


「え!?まだ試合前よね!?」

「ほら出た、心羽ちゃんの『カープ抽出』。もはやこれ見たさに来とるようなもんよね。」

「もう!変な名前付けんといてやー!で、なんで歓声?」

「スタメン発表じゃろ。ほら。」


 おじちゃんがスマホの画面を見せてくれる。確かに、今日は期待のルーキーが初スタメンらしい。


「そりゃこれは盛り上がるねぇ!面白い試合になりそうじゃ!おじちゃんしっかり応援してきてよ!」

「まぁまずは心羽ちゃんが美味しいコーヒー淹れれるように応援しちゃるわ。」

「うっ……ありがとう……。がんばります……。」


 思わず苦笑いしながら、出来上がったコーヒーをおじちゃんに手渡すとおじちゃんは私に笑いかけて答える。


「ありがとう!また来るわー。」

「うん!しっかり応援して勝たしてきてねー!」


 私はホッとして見送る。

 県外の人はドラマや映画のイメージで広島は怖いと思いがちかもしれないけれど、実は広島の人は意外とみんな優しい。

 だから私は、カープはもちろん、この温かい街・広島が、大好きだ。


「よし、次こそは落ち着いてがんばろ!」


 だから今日も私は、ここ広島で、コーヒーを淹れる。

 赤い歓声を間近で感じながら。

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