第12話 海上神厨と、海流核《ブルーコア》——世界の海の味の起点

◆1 海上神厨オーシャン・キッチン上陸


 夜明け。

 青い光をまとった“巨大な浮島”が目の前に迫っていた。


「……これが、《海上神厨》……」


 海の上に浮かぶ円形の大構造物。

 外周は巨大な“鍋の縁”のように盛り上がり、

 内部は階層状の調理場が無数に連なっている。


 鍋、釜、巨大まな板群、煙突、蒸留塔。

 すべてが古代の海の調理神たちが残した“神話級の調理設備”だ。


「まるで……海そのものを調理するための巨大厨房みたいですね」


「その通りです、ユウト殿」

 ハウル教授が頷いた。


「ここには“世界海流(ワールドカレント)”を調整する《海流調理核(ブルーコア)》がある。

 海の流れ、温度、潮の味……すべての起点です」


(潮の“味”を決めてる……? そんなものが本当にあるのか)


 船が接岸すると、島の表面が淡く光った。


〈味の重力、接続確認〉

〈創世調理師、入場を許可〉


「認証されたぞ!」

「やっぱりユウト殿しかこの島を開ける資格が……」


 サリアが微笑む。


「ユウト。

 あなたの団子が“海流と相性がいい”ってずっと思ってた。

 ここで証明されるわ」


(ごま団子職人なのに海流に相性がいいって何……)


◆2 海上神厨・第一層潮流調整台

——海流が“料理”として扱われていた場所


 巨大な門が開き、俺たちは島の内部へ。


 最初の階層は、海水が巨大な水路に流れ込み、

まるで“麺を湯がく大釜”のようにぐつぐつと音を立てている。


「これは……?」

「海流を“味と温度”の観点で整える場所です」


 教授が指さした。


「海水は、塩分・温度・魔素・味……

 これらのバランスで海の生態系が決まる。

 この神厨では、海を鍋のように捉えて、

 バランスを整えていたのです」


(料理……の規模が違いすぎるんだよ……!)


 アッシェが水路に手を浸し、目を細める。


「……熱の均一化がすげぇ。

 魔力じゃなく、地形そのものが調理道具になってる……」


 ミティアも興奮気味に叫ぶ。


「ここ、世界最大の“スープ鍋”じゃん!!

 海の味がここで決まるんだよ!! すごくない!!?」


「すごいけどテンションが狂ってるぞミティア!!」


 カグラは静かに呟いた。


「……塩の流れが一定方向へ誘導されてる。

 潮の道がここで作られてるんだわ……」


(海……本当に料理されてるんだな……)


◆3 第二層海の香気庫

——潮の香りを保存する巨大施設


 階段を降りると、

甘い、しょっぱい、酸っぱい、渋い……

複雑な香りが混ざった巨大な空間に出た。


「ここは“香りの倉庫”……?」

サリアが目を丸くする。


「はい。海風、潮騒、海藻、貝……

 海の香りのデータが“香気結晶”として保存されています」


(香りが結晶になるのか!?)


 ミティアが駆けだし、結晶を覗きこむ。


「わぁ……“夏の渚の香り”って名前の結晶がある!!

 こっちは“満月の夜の潮騒”!!」


「ネーミングが完全に観光パンフレット!!」


 教授は真顔だ。


「海の香りは、そのまま海流の性質を変えます。

 人が海の匂いに懐かしさを覚えるのは、

 この香気庫のデータが世界に回っているからなのです」


「……大陸の風習とか生活習慣まで、この神厨が支えてるってことか」


「ええ。だから《ノクターナ》に奪われれば……

 海の“文化の根源”が変わります」


(絶対守らないと……)


◆4 第三層海流核(ブルーコア)

——青い光の中心、世界の海の“味の起点”


 最深部。


 青い光が渦巻く巨大な部屋。

 中央には、海流が竜巻のように凝縮した“球体”が浮いていた。


「これが……海流核ブルーコア……!」


 球体は、水の表面張力のようにゆらゆら揺れ、

内部には海そのものを閉じ込めたような深さがある。


 スキルが反応する。


〈世界核断片との同期開始〉

〈ユウト・カンザキ。

 あなたの“創世調理術”は海とも結合可能〉


(海とも……結合……?

 これは……第四形態の拡張……?)


 サリアが俺の手を取る。


「ユウト、怖がらないで。

 これはあなたの力じゃなくて、

 “世界があなたを使おうとしてる”の」


「俺を……?」


「あなたはただ団子を作りたいだけなのに、

 世界が勝手に寄ってきてるのよ」


(迷惑なスキルだなぁ……)


 だが、それは優しい言い方だった。


 本当は――

“あなたの団子だけが、世界を修正できる”

という意味なのだ。


 そのとき。


 海流核が一瞬、暗くなった。


「……おかしい」

 アッシェが低く呟く。


「海流が……止まりかけてる……?」

「香りの流れが消えた……」


 カグラが眉を寄せた。


「……“闇の流れ”が混じってるわ」


「闇の流れ……!?」


 教授が走って装置を確認する。


「やられた……!

 誰かが《ブルーコア》の“味の流路”を汚染している!!」


(敵だ……また来たのか!?)


 そのとき、深海のような声が部屋に響いた。


「……“味の起点”……

 美しい……奪いがいがある……」


◆5 《ノクターナ》幹部 第五の怪物

■“潮闇の吸宴師(シーヴォイド)”襲来


 青い渦の影から、

黒い海藻とクラゲのような衣をまとった男が現れた。


●半透明の皮膚

●瞳は深海の闇

●手には“吸香匙(きゅうこうさじ)”と呼ばれる奇妙な道具


「我は、《ノクターナ》幹部――

 潮闇の吸宴師シーヴォイド


(名前からして嫌な予感しかしない!!)


「海の香り……海の味……海の記憶……

 すべて“吸い取る”のが我の食事……」


「海そのものを食べる気かこいつ……!」


海流核ブルーコアの味……

 世界の海の“すべての記憶”だ……

 吸わずにいられるか……?」


「変態かッッッ!!」


 シーヴォイドは手を伸ばし、吸香匙を向けた。


「さぁ、“世界の海”をいただこう――」


 青い核から光が抜けていく。


「やばい! 海が死ぬ!!」

「急がないと!!」


◆6 吸香術VS第四形態

——海そのものを守る戦い


「ユウト殿!!」

 教授が叫ぶ。


「あなたの第四形態なら、《ブルーコア》を補修できる!!」


「でも……あの吸香術が邪魔で……!」


「なら、俺たちが時間を稼ぐ!!」


 アッシェが前へ出る。


「煮込み魔法・最大出力!!

 “熱圧濃縮(ヒートコンデンス)!!”」


 ミティアが香りの結界を張る。


「“甘香障壁(スウィートウォール)!!”」


 カグラが塩結界を展開。


「“塩陣・波護(シオノマモリ)!!”」


 サリアが海の魔素を引き寄せる。


「ユウト!! 海の甘味と塩味、全部あなたに流す!!」


 仲間が全員、俺の団子に力を与えてくれる。


(俺だけの団子じゃない……

 みんなの力を合わせた団子だ……!)


 手にした団子が、静かに輝いた。


◆7 第四形態強化版

■“創世団子・海流再生式(オーシャン・リライト・フルコード)”


 スキルが告げる。


〈第四形態・海流版コードの生成開始〉

〈世界核の一部と接続完了〉

〈団子に“海流の味構造”を付与〉


(海流の味構造……?

 潮の満ち引きの味……

 海底の冷たさ……

 海藻の香り……

 全部、感じる……)


 身体が、海と繋がった気がした。


「ユウト!!」

「今だ!!」


 俺は団子を《ブルーコア》へ放り投げた。


「——第四形態!!

 創世団子・海流再生式(オーシャン・リライト)!!」


 眩い白青の光が核へ吸い込まれる。


 次の瞬間――

 海流核が光を取り戻した。


 青い渦が激しく輝き、

潮の流れが世界へ解き放たれる。


「海が……戻っていく……!」

「海流が復活した!!」


 その光がシーヴォイドを包む。


「ぐ……!?

 この光……“海の味”の純粋さ……!?

 我には……耐えられぬ……!」


 シーヴォイドは核に触れられず、

青い闇へと後退していく。


「器よ……

 創世の味は……いずれ腐る……

 その時が、お前の終わりだ……」


 闇へ溶け、消えた。


◆8 世界核ブルーコアとの対話

——団子職人、世界の海と話す


 嵐のような戦闘の後、

海流核がふわりと揺れ、

そこから“声”が聞こえた。


〈創世の調理師よ〉


「……俺?」


〈お前は、世界の“味”を守った〉

〈だがまだ、世界は未完成〉

〈次の神厨へ向かえ〉


「次……?」


〈大陸西部“アロマ高原”。

 第四の神厨風香神厨(ウィンド・キッチン)

〈世界の香りの起点が、破壊されつつある〉


(次は……香りの世界……?)


 世界核の声は続いた。


〈ユウト・カンザキ〉

〈お前の団子は、まだ“第五形態(フィフスフォーム)”に至っていない〉


「……第五形態?」


〈世界を救うための最後の鍵〉


〈——“創世完全調理(パーフェクト・ジェネシス)”〉


(そんなものが……!)


〈その準備を、香りの神厨で整えよ〉

〈行け。世界の味を、守る者よ〉


 光が遠ざかり、静寂が戻る。


◆9 そして、新たな旅路へ


 サリアが首をかしげる。


「ユウト……今、誰と話してたの?」


「世界の海と……?」


「団子職人が世界と話した……?」


「ユウト殿……いよいよ次元が違いますね……」


「いや俺もよくわかってない!!」


 アッシェが肩を叩いた。


「次は“香りの世界”か。

 団子の香り、めっちゃ強化できるじゃん」


 ミティアが飛び跳ねる。


「香りの神厨!! 行くしかないでしょ!!」


 カグラは静かに言う。


「……世界の香りが失われたら、

 全部が無味乾燥になるわ。

 今度こそ、急がなきゃ」


 教官たちも頷く。


「西部“アロマ高原”まで道のりは長い。

 だが、ユウト殿なら必ず——」


「団子で世界を救ってくれるでしょう」


(俺の宿命……団子で世界救うことなの……?

 まぁ、もうここまで来たらやるしかないよな)


 海上神厨を後にし、

俺たちは次なる大陸西部へ向かっていった。


 かつてない“香りの戦場”へ――。

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