第1章8話:試合

受付嬢が木剣を差し出してきた。


「こちらの木剣をお持ちください。準備ができましたら、試験を始めます」


「ええ。ありがとう」


フィオネは木剣を受け取った。


何度か軽く振ってみる。


手に馴染なじむ木剣だ。


これなら問題なく使えるだろう。


そんなフィオネの姿をグレンが眺めている。


(ふむ……足腰あしこしはしっかりしていそうだな。全くの素人ではなく、剣の稽古を積んできたタイプだろう。まあでも、素振すぶりを見るかぎり、よくてEランクといったところだろうが……)


冒険者ランクはS~Fがある。


Eランクは下から二番目だ。


Fランクを超える壁が大きいので、たとえフィオネがEランクだったとしても優秀といえるが……。


(こういう『素人に毛が生えただけのヤツ』に良い勝負をさせてしまったら、すぐ調子に乗り始めるからな。ここできっちり現実を教えてやるとするか)


別にグレンはフィオネを不合格に追い込むつもりはない。


ただボコボコに叩きのめして、冒険者の厳しさを教え込んでやろうと思った。


フィオネが素振りをやめる。


グレンが尋ねた。


「準備はできたようだな」


二人は向かいあう。


受付嬢が声をかけた。


「それでは試験を開始します。制限時間は3分。どちらかが降参するか、戦闘不能になるか、一本いっぽん取ったほうの勝ちです。ただし実力を見る試験なので、勝ち負けは気にせず、あくまで全力を出し切ることを意識してください」


「了解したわ」


とフィオネがつぶやいた。


受付嬢が手を上げる。


グレンが構える。


フィオネも構えつつ、木剣に魔力をまとわせて、強度きょうどを一時的に強化しておく。


ちなみにコレは固有魔法ではない。


誰でもできることだ。


そして。


ここからが固有魔法である。


(――――【全能力ぜんのうりょく上昇じょうしょう】)


心の中で詠唱する。


前世のゲームで何度も使ったバフ魔法。


筋力、魔力、速度、反射神経、動体視力……あらゆる能力を総合的に強化する魔法だ。


身体からだに力がみなぎっていく。


視界がクリアになる。


そして。


(――――【神魔しんま剣術けんじゅつ】)


前世のゲームで使っていた、最上級さいじょうきゅうの剣術スキル。


達人級たつじんきゅうの剣術と体術を使いこなすことができるようになるスキルだ。


(よし……ひとまずこれでいこう)


とフィオネは決めた。


深呼吸をして集中力を高める。


受付嬢が叫んだ。


「では――――始め!」


手が振り下ろされる。


試験しけん開始だ。


グレンが地を蹴った。


ゆらりと木剣を振り上げて。


斜めに振り下ろしてくる。


(うん、見える……)


ゲーム魔法のおかげで動体視力がいちじるしく強化されている。


グレンの攻撃を完璧にとらえることができている。


(全力で打ち返したら危険かしら? 相手も小手こて調しらべだろうし、こちらも半分ぐらいの力で返したほうがいいかもね)


とフィオネは思った。


ゲーム魔法を使った戦闘は初めてだ。


うっかり強すぎて相手を殺してしまう可能性もある。


なので、手加減することにした。


「ふっ!」


とグレンの斬撃に、こちらの斬撃をぶち当てようとする。


だがフィオネは『しまった』と思った。


手加減しすぎて全力の20%ぐらいの斬撃になってしまった。


これだとグレンの斬撃に当たった瞬間、押し負けるかもしれない……


だがもう攻撃をキャンセルできないので、打つしかなかった。


しかし。


そんなフィオネとは対照的に、グレンは、とてつもない圧力を感じていた。


(な、なんだこの重圧は!?)


フィオネの振るう木剣から放たれる圧力。


それは猛獣が剛腕ごうわんを振るってくるときに感じるような、凄まじいプレッシャーだった。


(まずい―――――!!!)


だが、もう斬撃をキャンセルできず。


グレンの斬撃とフィオネの斬撃が激突した。


直後。


ズガバァンッ!!!


と、木剣が打ち合うものとは思えない音が炸裂した。


同時に凄まじい衝撃が発生し、グレンの木剣が粉砕され、グレンもまた派手にぶっ飛ばされた。


「ぐあああああああぁぁっ!!?」


空を山なりに吹っ飛ばされたグレン。


70メートルぐらい吹っ飛んで、何度ももんどり打ちながらぶっ倒れる。


「えええええええええええええ!!?」


と受付嬢が驚嘆していた。


一方、フィオネは……


「ん、んんんん!????」


と混乱していた。


いま起こったことを理解できずに困惑する。


受付嬢が慌てて宣言した。


「しょしょしょ勝負アリ! フィオネさんの勝利です! グ、グレンさ~ん! 大丈夫ですか~!??」


と受付嬢が駆けていく。


ギャラリーの冒険者たちも口々につぶやく。


「す、すげー……」


「あんなに人が吹っ飛ぶところ……初めて見たぜ」


「グレンさんがあんな負け方するなんてな」


「あの新人、何者だよ?」


「さあな。凄腕すごうでの戦士なのは間違いないだろうが……」


冒険者たちがフィオネに注目する。


フィオネは思う。


(……これ、やっちゃった感じ?)


うん。


たぶんやっちゃったね。


ってはないことは祈りたいけど……


ゲーム魔法―――【生死せいし確認かくにん】!


グレンの生死を確認する。


死んでない。


ホッとする。


いやー、それにしても。


(ゲーム魔法、ヤバすぎない……?)


とフィオネは冷や汗を浮かべるのだった。





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