第16話 修羅学旅行、布団の中は定員オーバー

 修学旅行の夜といえば、恋バナや枕投げが定番だ。

 けれど、超名門女子校である聖ミカエル学園の、私が割り当てられた部屋においては、それは「生存競争(サバイバル)」を意味していた。


 誰もが海外に行き飽きているからと、修学旅行の行き先はあえて国内。

 宿泊先は、京都の老舗旅館。

 い草の香りが漂う純和風の客室に、四組の布団が敷かれている。

 消灯時間はとうに過ぎ、廊下の明かりも消えた丑三つ時。

 私は自分の布団の中で、心臓の音をBGMに天井の木目を数えていた。


 ――カサリ。


 隣の布団が動く衣擦れの音が、静寂を切り裂く。

 来た。


「……ふわり。起きているわよね?」


 闇の中から囁きかけてきたのは、西園寺玲華さいおんじれいか様だ。

 高級なシルクのパジャマを纏った彼女が、音もなく私の布団に滑り込んでくる。


「か、会長? 先生の見回りは……」

「買収……じゃなくて、説得済みよ。この部屋は特別警戒区域ウォール・ローゼに指定させたわ」

「それ、人類最後の防衛ライン……」


 玲華様は当然のように私の掛け布団をめくり、侵入してきた。

 狭い。シングル用の布団に二人。

 必然的に、身体が密着する。


「……んぅ。やっぱり、旅館の煎餅布団じゃ眠れないわ。君という最高級マットレスがないと」


 玲華様は私の胸に顔を埋め、手足を絡ませてきた。

 私の柔らかいお腹が、彼女の細い腰を受け止める。

 彼女の体温は少し高い。興奮しているのか、それともお風呂上がりだからか。


「あ、あの、狭いです……」

「我慢なさい。……はぁ、落ち着く。畳の匂いと、君のミルクの匂い……。これが『和(なごみ)』ね」


 玲華様が完全にリラックスモードに入った、その時である。


 ――スッ。


 ふすまが、物理法則を無視したような滑らかさで開いた。

 音もなく現れたのは、浴衣姿の皇凛子すめらぎりんこ様だ。

 足音が全くしない。さすが古武術の達人。


「……西園寺。抜け駆けは軍法会議ものだぞ」

「あら、風紀委員長が見回りをサボって夜這い?」

「警護だ。……ふわり、左側面(サイド)が空いているな。確保する」


 凛子様は迷わず、私の左側に潜り込んできた。

 

 ギュッ。


 私の左腕が、筋肉質ながらもしなやかな腕に抱きしめられる。

 右に玲華様、左に凛子様。

 私の身体はサンドイッチの具となり、左右からプレスされた。


 むにゅぅぅ。


「……いい弾力だ。畳の硬さが、君の肉厚な脂肪で緩和される……」

「私の身体は緩衝材じゃありません!」

「静かに。……敵が来る」


 凛子様が鋭く囁いた直後、今度は窓ガラスがカタリと鳴った。

 え、ここ3階ですよ?


「……ふふふ。科学の力に不可能じちょうはない」


 窓から侵入してきたのは、謎の吸盤付きグローブを装着した氷室雫ひむろしずく先輩だった。

 白衣ではなく浴衣姿だが、眼鏡が怪しく光っているのは変わらない。


「室温24度、湿度60%。……だが、私の求める『熱源』はそこにある」

「窓から入らないでください!」

「玄関は警備が厳重でね。……失礼するよ、人間湯たんぽ君」


 雫先輩は私の足元から布団に潜り込んできた。

 冷たい足が、私のふくらはぎに触れる。

 

 ヒヤッ。


「……あぁ、極楽だ。君の太ももの間は、なぜこんなにホットなのだ? 熱力学第二法則を無視している」

「足! 足を絡めないでください!」


 さらに、押し入れがガタリと開き、中からカレン様とめる様が転がり出てきた。

 いつからいたんですか。


「もう! ドラえもんごっこは限界よ! 私のミューズはどこ!?」

「……押し入れ、ホコリっぽい。……ふわり成分、補充させろ」


 カレン様は私の頭上から覆いかかり、める様は再び足元から這い上がってきた。

 

 ――定員オーバーです。

 シングル布団に、女子高生が6人。

 これは物理的に不可能です。

 

「ちょ、無理です! 布団が破けます!」

「詰めるのよ! そこ、もう少し右!」

「私の足場がない。西園寺、足をどけろ」

「嫌よ! ふわりの二の腕は私の枕なんだから!」

「める、ここ(お腹の上)がいいー」


 布団の中で、熾烈な陣取り合戦が始まった。

 私の身体は、もはや「床」だった。

 誰かの膝がわき腹に食い込み、誰かの肘が太ももに沈み、誰かの頭が胸に乗っている。


 むぎゅ、ぷに、もちっ。


 あらゆる擬音が飛び交う、肉と肉のスクラム。

 暑い。

 五人の体温と、私の発熱で、布団の中はサウナ状態だ。

 色んな種類の高級シャンプーの香りと、私の甘い体臭が混ざり合い、脳がとろけそうな濃厚な空気が充満している。


「……はぁ、狭い。でも……」

「……悪くない。この圧力……胎内に戻ったようだ……」

「……ふわり、柔らかぁい……」


 全員が密着することで、オキシトシンの濃度が致死量に達したらしい。

 争っていた天才たちが、次第にとろんとした声になり、動きが止まっていく。

 

 ドンドンドン!


 突然、ドアが激しく叩かれた。


「こらー! 話し声が聞こえるぞー! まだ起きてるのかー!」


 鬼教師の声だ。

 全員がビクッと震えた。

 今見つかったら、全員停学、あるいは反省文100枚コースだ。


「……まずい」

「隠れるのよ!」

「全員、潜れ(ダイブ)!」


 掛け布団が頭まで引き上げられた。

 完全なる密閉空間。

 暗闇の中で、六つの身体が、恐怖と共有感でさらに強く抱き合う。


 ギュウゥゥゥッ。


 私の顔の目の前に、玲華様の顔がある。

 背中には凛子様が張り付き、お腹にはめる様が丸まり、足には雫先輩が絡まり、頭上からはカレン様がしがみついている。

 

 動けない。

 呼吸も苦しい。

 でも。


 トクトク、トクトク。

 

 五人の心臓の音が、私の身体を通して直接響いてくる。

 彼女たちの緊張、不安、そして私への信頼。

 全てが、肌を通して伝わってくる。


「(……静かに。息を殺して)」


 玲華様が音のない口パクで合図した。

 私の唇に、彼女の人差指がそっと触れる。

 その指も、微かに震えていた。


 ガラッ。


 ドアが開き、懐中電灯の光が部屋を走る。

 先生が中を照らす。

 布団は一つだけ、異様に盛り上がっている。

 どう見ても怪しい。巨大な芋虫のようだ。

 でも、中からは「スゥ……スゥ……」という、規則正しい(演技がかった)寝息の大合唱が聞こえてくる。


「……なんだ、全員で雑魚寝か? 仲が良いのはいいが、風邪ひくなよ」


 奇跡的に、先生は「女子特有の集団行動」(?)と解釈してくれたらしい。それとも単に関わり合いになりたくなかったのか。

 パタリ、とドアが閉まる音がした。


 ぷはっ。


 全員が同時に顔を出した……わけではなく、布団の中で安堵のため息を漏らした。

 緊張が解けた反動だろうか。

 誰も、離れようとしなかった。


「……危なかったわね」

「……心拍数が180を超えた」

「……でも、なんかドキドキして楽しかった」


 暗闇の中で、クスクスと笑い声が漏れる。

 いつもは完璧な天才たちが、ただの修学旅行生の顔に戻っていた。


「ねえ、ふわり」


 玲華様が、私の耳元で囁いた。


「もう、このまま寝ちゃいましょうか」

「えっ、狭くないですか?」

「狭いわよ。暑いわよ。……でも」


 彼女は私の頬に、熱い頬をすり寄せた。


「君の柔らかさに埋もれて窒息するなら、それも悪くない最期だわ」

「肯定する。……これは、幸せな圧死だ」

「いや、生きて。みんな正気に戻って」

「はわあ、良き夢をSweet dreams


 凛子様が私の背中を強く抱きしめる。

 他の三人も、「うん」「そうね」「おやすみ」と呟き、私を抱き枕にしたまま、夢の世界へと旅立っていく。


 私は、五人の天才の重みを全身で受け止めながら、天井を見上げた(見えないけど)。

 重い。

 本当に重い。

 でも、不思議と嫌じゃない。

 彼女たちの体温が、私の孤独な夜を溶かしていく。

 私は「人間布団」としての職務を全うすべく、彼女たちの夢の番人となって、ゆっくりと目を閉じた。


 翌朝、全員が全身筋肉痛バキバキで目覚めることになる未来は、まだ知る由もなかった。

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