呪われダークエルフと伝説の傭兵
青野ふーか
呪われダークエルフと伝説の傭兵
歪んだ神と腹黒シスター
1 旅は道連れ世は情け
ダークエルフは闇堕ちしたエルフ、というのは俗説だ。
要は闇エネルギーをいっぱい吸収すると肌が黒くなって、
光エネルギーをいっぱい吸収すると肌が白くなる。
ただそれだけの話。
つまり、闇の呪いに当てられてエルフになった僕は、
単に“闇を内包する成分が多いだけ”で、
立派なダークエルフになってしまったというわけだ。
−−あれから幾星霜。
だいぶこの体にも慣れてきた。
というより、慣れすぎてきた。
心は男のままなのに、体はどう見ても美女。
この歪な構造にも、最初は戸惑っていたはずなのに……
最近では、ふとした拍子に女性らしい仕草が出たり、
言葉遣いが妙に柔らかくなったりする。
……やばい。本当に僕、大丈夫か?
ともすれば、気になるのは周りの目線、である。
そもそも珍しいダークエルフでしかもエルフ特有の人間にはありえないほどの造形美。
−−そして何より隣を歩く2mは越えるだろう大柄の男の存在。
この凸凹コンビが人目を引かないわけがなかった。
「どうした?アーヴィン」
僕こと、アーヴィンの視線に気づいた大柄の男−−フェルガルドがこちらを見る。
目を合わせるな、ちょっとときめくだろうが。
--いやいや、ときめくってなんだ。
何度も何度も人の死地を救いに来やがって。
−−惚れ……はしない。多分きっと絶対。
怒るぞ。少しは自分の身を案じたらどうなんだこのエルフたらし。
「なんでもない」
やや頬を膨らませながらそっぽを向く。
ほら、なんとも可愛らしい。
そんな女性らしい仕草が咄嗟に出てしまい、そしてすぐに自己嫌悪する。
ため息すら出てしまいそうになる。
「目的の村まではあと少しだ。腹が減ったのはわかるが、もう少し我慢してくれ」
腹が減ったわけではない。ただ、自分の所作に呆れていただけだ。
「そういうとこな。おまえデリカシーないんだよ」
「…それは、すまん。昔から女の扱いは子供以下らしいからな……」
「何度も言うが僕は女じゃない!」
「どうみても、女だろう?どこにこんな綺麗な男がいると言うんだ」
「−−っ!煩い!」
思い切りフェルガルドの太腿に蹴りを入れる。
顔が熱い。
なんでこんなに僕は照れているんだ。嬉しく思っているんだ。
そんなこと−−あってはならないはずなのに!
フェルガルドは涼しげな顔して言葉を続ける。
「お前はいつもそうだ。女であることを否定している。別に構わんし、お前が何者でも、男でも女でも俺は気にしない。だが、お前はお前だ。それだけは否定しないでほしい。俺はお前だから、ここにいるんだ」
−−この朴念仁。さらりとまたとんでもねーこと言いやがって。
顔が更に熱くなる。
でも、悪くないと感じている。
怒りはとっくに過ぎ去って、諦めに転じた。
大きくため息をついて、僕は前を向く。
「いこ……もう疲れた」
「そうか、いい宿があるといいな」
フェルガルドも剣を携なおして、歩を進める。
解呪の旅−−僕らの旅は今日も続く。
僕の身にかかる呪いを解除して、元の男に戻る旅だ。
ガセネタばかりで、珍道中で、突拍子もないことは多いけど。
それでもこのフェルガルドとならば。
きっとこの旅は−−楽しくあり続けるのだろう。
「宿代はお前持ちだからな、ガルド」
「……もちろんだ。これでも男だからな。女には払わせられん」
……僕の心は持つのだろうか、という不安はあるが。
2 禁忌の呪文と生贄の森
−−レイヘッド村。
帝都を出て、10日ほど歩いた先にある西の辺境。隣国との境にあり、貿易が盛んに行われている。
村というには規模が大きく、街というには少々こじんまりしているそんな場所だった。
人の流れが多く、情報もたくさんあるだろう。
その中にはもしかしたら魔女の禁術を解く、情報もあるかもしれない。
そう思って僕らはこの村にやってきたわけだ−−が。
「エルフだ。ダークエルフだ」
「わー美人ー!」
「ままー!すごい綺麗なおねーさんがいるよ!」
「ちょっとあんた!なに他所の女に見惚れてるんだい!」
「お前だってあの大男に見惚れてたじゃねぇか!」
−−めちゃくちゃ視線が痛い。
最初のころは視線恐怖症になるんじゃないかってくらい、怖かった。
けど今は大丈夫。2mの巨漢がそばにいて、だいたい半分くらいの視線を持っていってくれる。
まぁ痛いのは変わらんし、ガルドは視線なんてどこ吹く風、いつもと何も変わらない。
「おーおー。ガルドさんや。相変わらずモテますねー」
喧騒を耳にしたくなくて、フェルガルドを茶化すことにした。
コイツだけ何も感じてなさそうなのも癪に触るし。
「お前ほどではない。お前は男も女も魅力するほどに美しいからな」
はいきたカウンターパンチ。
耳が赤くなっているのを隠すためフードを被る。
そこそこフェルガルドとの付き合いは長い。
僕だって成長している。
目には目を。
カウンターにはカウンターだ。
「ほ、ほら。そこの女軍団なんかお前の顔見て目をハートマークにしてるぞ」
やや声が震えたが気にしない。
きゃーきゃー黄色い声あげてフェルガルドを見つめている女子群を指差す。
なんか腹立つな。
誰に、か
何に、かはわからんけど。
「そうか。まぁ興味はないがな。今の俺は仕事中だ」
「堅物……」
だというのに、ちょっと安心している自分がいるのは気に食わん。
「ガルドはどんな女がタイプなんだ?」
「少なくとも、あそこにいる女達みたいなタイプではないな」
ちらりと、フェルガルドからの視線を感じて、顔を見上げる。
逆光でうまく見えなかったが、少し顔が赤くなっているような、そんな気がした。
「行くぞ。アーヴィン。宿はこの先らしい」
「お、おう」
……珍しく、照れてた?
◇◇◇
「ここが、宿……?」
「ああ、今空いている宿の中で一番いい所らしい」
確かにここは村だ。
でも道路だってある程度は舗装されていたし、露店もそこそこ出ていた。
街灯もちらほらあったし、家々もちゃんと立派な建物が2.3個あった。
街に進化していく過程の村だ。
だから別にあったっていいとは思う、思うけどさ……
「どー考えてもラブホじゃねーか……」
「そうなのか?」
看板にはテカテカとホテルと表示されて、ピンクや黄色などの光がギラギラと輝いている。
まだ昼間なのに。
扉の端には光のグラデーションで虹色に輝くウサ耳をつけた美女がクネクネして手をこまねく姿が描かれている。
まだ昼間なのに。
「いや、おかしいだろ。なんでここだけ帝都の歓楽街レベルに発展してんだよ」
「お前、歓楽街に行ったことあるのか?」
「男の時に、な」
「俺は、ないな」
あったらやだよ。
……ん?なんで嫌なんだ?
まぁいい。問題は発展していることでもいかがわしいホテルがあることでもない。
なぜこの宿が"紹介されたのか"ということである。
「っておい。なぜ自然に入室しようとしてる」
「入らないのか?アーヴィンもさっき聞いていただろ?今日は祭りで宿がほぼ満室だ、と」
祭り−−?
そういえば3軒目くらいの宿屋でそんなこと言われたっけか……
フェルガルドが照れていたのか否かを考えていたらいつの間にかここにいたのであまり記憶になかった。
どうりで今日はやけに人が多いし、村が賑やかで派手派手しい装飾に包まれていたわけだ。
「ここは奥まった場所にあるから見えないが、さっき通ってきた道に大きい噴水みたいなのがあった。多分村の信仰の象徴なのだろう。あれに人が群がっていた」
「へー……信仰、ねぇ」
神様でもなんでもいるのならば早めに呪いを解いてもらいたいもんだ。
まぁ凡そ、噴水というのだから水の神か何かなのだろう。
闇か光の神でもない限り、きっと僕の解呪は望めない。
僕みたいな魔術師−−今は"元"だけど−−はそれぞれ祝福を授かる。
水、火、風−−そして光と闇。
それぞれ祝福された魔術しか行使はできない。
それは人間もエルフも変わらない。
変わるのは規模と量と、祝福の数、だ。
人間は通常一つの祝福しか受け取れないが、エルフは複数授かることができる。
その代わり、内包する祝福とエネルギーの量で肌色が変わるのだ。
要は何魔術が使えますよ、と答えを常に提示している状態。弱点を晒しながら生きているわけだ。
それを知る人間が極端に少ないが故、そこまで致命傷にはならないが、ある程度研鑽を積んだ魔術師ならば即看破される。
だからこそエルフは弱い。
誇りは高いけど。
「あとで見に行ってみるか?」
「うーん……」
またあの視線に晒されるのかと思うと嫌な気持ちにはなる。
なるが……祭りも気になる。
なにより神とやらがどんなものなのか、それが一番気になる。
「ご飯食べがてら、なら。行こうかな」
「あぁ。そうしよう。アーヴィン」
フェルガルドは扉を押し開いて、中に入っていく。
その後に続くようにして中に入った。
その瞬間だった。
甘ったるい香水の匂いが鼻をつく。
エルフの鼻は人より敏感なのだ!
そしてロビーの奥から人と人とが交わる音も漏れ聞こえる。
エルフの耳は人より敏感なのだ!
勘弁してくれ……こんなんじゃ寝れやしない。
◇◇◇
村の喧騒は昼間と違ってより一層大きくなっていた。
大道芸が観衆を沸かし、屋台の売り子達が声を張り上げて客の取り合いをして。
その片隅で串焼き肉と発泡酒片手に飲んだくれるダークエルフ−−それが僕だった。
「あーくそ!あの宿は最低だ!そもそも宿と言っていいのかすらわからん!」
壁は薄くて筒抜けだし、匂いも臭いし、ベットは一つしかないし、風呂も壁が透け透けで覗き放題。
行為をさせる店としてはいいのかもしれないが、体を休める場所としては最低以下だ。
「だが、屋根があって壁がある。野宿よりマシだろう」
「あくまで、まし、なだけだ。お前を信用してないわけじゃないが、今の僕は一応女だぞ?男と二人であんな部屋に一晩は……」
「大丈夫だ。俺はお前に手は出さん」
「そうはっきり断言されると逆に腹立つわ……」
僕の台詞に困ったように眉をひそめるフェルガルド。
いや、僕も困ってるわ。
反射的に出てきた言葉がそれだったんだよ。
何が腹立つだ。何が。
別にいいだろ。出さないのが普通だろうに。
酔ってんのかな?
「コホン……噴水の件だけどさ」
咳払いをして仕切り直し。
本題に話を移すことにした。
「それらしいモノはあったのか?」
「全く。全くないよ」
それらしいモノ−−僕の呪い、禁術の解呪に関わるもの−−は何一つなかった。
「ただ、別のモノはあったかな」
「別のモノ?」
「あれ−−相当歪められてるよ。神」
エルフは人に見えないものが見える。
精霊、魔術の流れ−−そして神。
実態として視覚に捉えているというより、そういうオーラがそこにある、というような見え方だけど、それでも、あの神が相当歪に出来上がっているのはわかる。
「偶然ならいいんだけどね」
歪められた神はいくらでも居る。
それは意図せず、人の願いをたくさん聞いてしまうような優しい神にありがちだ。
でもあれは違う。
水の神は理知的だ。頭がいい。
人の心を見透かすのが上手い。
自分が歪む限界だって気づけるだろう。
その水の神を持ってして、歪められているのならば。
「相当な外圧−−"ここの村人含めた全員から意図的に歪められてる"可能性があるね」
「……村人全員だと?」
頷いて発泡酒を煽る。
「要は全員グルってこと。神を歪めて、自分たちの都合の良い存在に格下げてる」
奴隷と同じ扱い、という話だ。
自分に都合の良い存在定義を相手に押し付ける。誰にでも、どこにでもある話。
「許せんな。神は泣いているのか?」
……こういうとこである。
神にしろ精霊にしろエルフにしろ。
この男は"泣いている存在"がいれば駆けつける。
そして、最も簡単に障害を取り払う。
正義のヒーローかっての。
「どーだろ。声はさっきから聞こえてないんだ」
「そうか。アーヴィン。神の声が聞こえたら教えてくれ。俺が助け出す」
「……へーへー」
なんか腹立つ。
頬が膨れる。
発泡酒でも頭からかけてやろうか。
「何故不機嫌になった?」
「……お前のそーいうとこだと僕は思うぞ」
肉串を口に運び、発泡酒を再び口に入れる。
−−けて。
手が止まった。
僅かだ。
ほんの僅かだが、人ではない何かの音がした。
「アーヴィン?」
急に手を止めた僕を心配そうに覗いてくるフェルガルド。
その顔もイケメンでちょっとトキメクが今はそれどころではない。
「静かに。音がした」
そう僕がいうと、フェルガルドは真剣な眼差しになる。
−−たすけて!
聞こえた。
明確な音が。声が。悲痛に響く、その波動が。
「ヒーロー。神だ。神は"泣いているぞ"」
「……そうか」
フェルガルドがゆっくりと立ち上がる。
噴水の周りで楽しげに踊る民衆が、笑いながら語り合う民衆の笑顔が、全て薄っぺらく貼り付けられた笑顔のように見える。
「まだいくなよマイヒーロー。まだ尚早だ」
「あぁわかっている」
強く握りしめられたフェルガルドの拳から血が滲んでいた。
「マルトハート様っ!」
誰かが誰かの名を叫んだ。
その瞬間喧騒は止み、民衆の視線は広場に続く大通りの向こうへと注がれる。
「ご機嫌よう皆様」
そこにはシスターが場違いなほど武装した兵士に囲まれて、立っていた。
「マルトハート様!如何ですか今回の飾り付け!」
村の子供達がシスターに駆け寄る。
一瞬武装した兵士達が警戒するも、マルトハートと呼ばれたシスターは手でそれを制し、子供達に寄り添った。
「ええ、皆さんの心のこもった飾り付け、きっと神様にも届いているわ」
「ほんと!神様病気なおる⁉︎」
「ええ、きっと」
慈愛に満ちた笑顔で、マルトハートはそう答えた。
そして
「さ、子供達。神様も"お腹を空かせているわ"」
そう、マルトハートがつぶやいた瞬間。子供達の目から光が失われ、生気を感じられなくなった。
「ガルド。洗脳だ」
そう僕がフェルガルドに告げると、今にも飛び出す勢いで、身を乗り出す。
大剣の柄に手を添えて、斬りかからん勢いで構える。が、そこまでだ。
決して勢いでこの男は行動をしない。
「止めていいか?」
フェルガルドの視線はマルトハートから動かない。
恋でも愛でも羨望でもなく、憎しみ怒りが込められた視線は、微動だにしない。
僕だって止められるなら今すぐ止めたい。
アレをやめさせたい。
でも、僕には目的がある。
解呪−−僕の本懐だ。
だから。
「ごめん」
僕の声に、唇を噛み締めるフェルガルド。
「……まだダメだガルド。アレが何したいのかを見定めたい」
「謝らなくていい。お前の判断が間違ったことはない」
「ありがとう。でも、ごめん」
ごめん。フェルガルド。
君の気持ちを踏み躙らなけばならない僕の独り善がりを、どうか許してくれ。
◇◇◇
「さて、子らよ。今宵の供物を呼んできなさい」
マルトハートに言葉なく子供達はうなづくと民衆の合間を縫ってどこかへ姿を消した。
「今年は誰が選ばれたんだろうねぇ!」
「隣の家の息子を今朝から見てないんだ。もしかしたらあいつかもしれねぇ!」
供物ーー言葉から察するに生贄なんだろうが、
村の誰一人、それを恐怖に感じていない。
むしろ誇らしいことと捉えていた。
……全員洗脳されてるってわけか。
直接洗脳されてるのか、はたまたこの環境に飼い慣らされてしまっただけかはわからない。
でも異常性に気づかないように思考操作しれているのであれば、それは洗脳と同義だろう。
加えて、やはり奴らは禁術を利用している。
水の神を外圧で押し潰せるほどの何かを成し遂げるためには、やはりただの魔術ではない"人の命を扱い成し遂げる"禁術を行使している。
そして、この宴はその外圧の"上書き"というわけだ。
なるほどねぇ……僕も禁術を内包する身として、禁術のエグさはわかる。
ただ、だからこそ。
"人の命程度で神を抑えられるわけがない"ということも理解している。
だとするならば、一体何を捧げているのか。
神にも匹敵しうる魂の持ち主なのか、それとも−−
「さぁ皆さん。今宵の供物が到着する前に準備を始めましょう!本日は素敵なゲストがおられますから!とても盛大に祝わなくては!」
ちらりと、マルトハートの視線がこちらに向く。
まぁ気づくだろうよ。
僕の隣に立つ今にも飛び掛かる勢いの殺気をばら撒く存在がいれば、ね。
大筋も読めた。
大体の相手の規模も読めた。
後は何を対価にしているのかさえわかれば、禁術は止められる。
ならば、
「ガルド」
「あぁ、了解した−−」
フェルガルドは待ってましたと言わんばかりに、柄を握り剣を抜き放つ。
刹那−−会場の空気に緊張が走った。
フェルガルドは大地を踏み締め、陥没するほど力強く蹴る。一足でマルトハートに肉薄し、大剣を振り下ろすが、兵士の盾にそれは防がれた。
かのように思えた。
「ォォオオオオ!」
フェルガルドが吠えると、"盾ごと"兵士を叩っ斬って見せたのだ。
紙でも切り裂くように。
「いつ見てもエグいねぇマイヒーロー」
風圧でバラついた髪を少し整えて、僕は遅れて彼の隣に並び立つ。
血濡れた大剣を持つ大男と、絶世のダークエルフ美女。
「あ、貴方達は一体−−」
先ほどまでの笑顔が何処へやら。
ここまで、とは思ってなかったのだろう。
マルトハートというシスターの顔は恐怖に染まっていた。
いつだって人より上で、優位で、強権で、自由だったのだろう。
それが、一瞬にして覆されたわけで。
実に気分がいい。
「僕たちは"闇の追い旅人(ダークシーカー)"。いちおーギルドではAランクやってるけど、まだまだ有名じゃないみたいだね」
「有名である必要はない。俺はただ仕事をこなすだけだ」
「だ、そうなので、シスター。ここで"上書き"は終了だよ?」
「−−っ!させません!」
マルトハートは僕らから距離を取ると、膝をつき祈りを捧げ始めた。
兵士達がそれを守るように陣形を組み、祈りの完遂まで、その身を捧げるつもりなのだろう。
子供達の到着まで、その時間を稼ぐ−−そんなことはさせない。
僕らがいる時点でもう君たちは詰みなんだ。
「アーヴィン!後ろだ!」
フェルガルドの声に咄嗟に身を翻してその場を離れる。
と僕の立っていたところに鍬が突き立てられていた。
「ま、マルトハート様に手出しはさせない!」
村人の一人が声を振るわせながらそこには立っていた。
「ちっ−−めんどくさいなぁ、もう」
「どうする。村人には手を出せん」
「わかってるよヒーロー。村人は僕がなんとかするから、ガルドはそっちを頼む」
「了解した。頼むぞ、相棒」
あーくそ。
耳が熱くなってきたじゃないか。
この天然タラシ野郎。
これが終わったらたらふくご飯奢らせてやる。
−−魔術の行使には平静な心と滑らかな詠唱が必要である。
それは人に限った話。
僕の様な元底辺魔術師がエルフになって最初に衝撃を受けたのは、"エルフには詠唱が必要ない"こと。
そして、"感情によって威力が上がる"ことだ。
そして今の僕は揺れている。
認めたくはないけどフェルガルドの言葉に、揺さぶられている。
詳しくいうと高鳴っている。
ドキドキしている。
ときめいている。
何一つ認めたくはないが
−−それこそが一番強い時の感情だ。
◇◇◇
俺の相棒は最強である。
魔術師としては、だ。
全属性の祝福を持つ−−なんて側から見たら天で出鱈目な魔術を収めており、挙句他のエルフでさえ扱いが難しいとされる闇の魔術を内包しているんだとか。
剣一筋の俺にはわからないが、相当規格外なことをしている、ということだけはこの旅路の中でよく理解した。
ただ、俺が相棒を相棒として尊敬しているのはそこにない。
初めてだった。
他人と共に行動することが楽しいと感じたのは。
初めてだった。
他者の感情に揺さぶられ、その気持ちを知りたいと願ったのは。
初めてだった。
共に寝食をし、こんなにも愛おしいと思ったのは。
故に俺は、このシスターを許せなかった。
俺の様に孤児で、貧相で、貧弱で、みずぼらしい存在でも。
彼女の様に尊い存在と出会い、輝きを許される相手と共に居られるのならば。
彼らにも同じチャンスを与えて然るべきだ。
大人は常に子供達に対してそうあるべきだ。
それを都合の良いように操り、操作し、捻じ曲げる。
そんなことは断じて許されるべきではない。
彼らの未来を守るためにも、俺はコイツをここで殺さなければならない。
「永劫式束縛魔術−−闇の枝!」
彼女の声がする。
聞いているだけで、落ち着ける。
もっと聞いていたいとさえ、思える。
その彼女が俺にヒーローと呼び、任せた、というのだ。
ならば答えるしかないであろう。
俺という存在全てを賭けてでも。
◇◇◇
「ォォオオオオ!」
マルトハートまでの道を塞ぐ兵士たちにフェルガルドが突進していく。
大剣を振り回し、近寄る一切合切を切り伏せる。
まるで暴風の様なその突進に吹き飛ばされた兵士達の鎧はズタズタに引き裂かれ、盾は割れていた。
「ば、化け物−−」
村人の一人がそういった。
そう思うのも無理はない。
僕だってそっち側ならそう思ったはずだ。
でもね、まだまだこれはフェルガルドの本気ではない。
彼の剣は正真正銘−−神にすら届き得る。
「マルトハート様!」
先ほど供物を取りに向かった子供達が慌てた様に戻ってきた。
ちっ−−間に合わなかったか。
なら供物を捧げる前にその供物を殺して仕舞えば−−
どくん
心の臓が飛び跳ねるのを感じた。
恐怖を覚えた?なにに?本能で?どうして?
共鳴した?何と?なんで?どれと?
思考回路が高速で回転する。
この気色の悪い、悍ましい気配は−−
−−けて。
あぁくそ失念していた。
そりゃそーだ。
なんの対策もなくこんな大掛かりなことはしない。
魔術教会やらギルドやらに目をつけられることを想定してないわけがない。
切り札はいつだって最後まで隠しておく。
あの人だってそういってたではないか−−
僕の傲慢で、油断だった。
−−たすけて!
神−−
それがあんたの切り札ってわけか。
シスターマルトハート。
−−たすけて!神様!
民衆の声にならない声がシスターに集中する。
声は祈りに、祈りは思いに。
思いは供物に捧げられ、布地を透かして、まるで内側から脈打つように黒い波紋が広がる。
「こりゃちっとやばいかもねガルド」
「あれは……なんだ?」
「心臓だ。人とエルフと、そして多分神の」
"先代の水の神達"の心臓−−つまり何世代にも渡りこの上書きは繰り返されていたのだろう。
「マルトハート……あんた、一番やっちゃいけねーことやったんだな」
「なんとでも言いなさい!私は!私たちはこうでもしないと生きていけないのよ!」
だとしても−−
「だとしても、だ。世の中には絶対に手を出しちゃいけないもんがある。僕ら魔術師はそれを求める馬鹿の集まりだけど、あんたら聖職者はそれを守る側の存在だろ」
魔術師は神秘を求め、聖職者は神秘を守る。
ゆえに魔術師と聖職者は相容れない。
だというのに。
「あんたはタブーを犯したんだ。その"揺り戻し"は覚悟してんだろうな」
「なんとでも言いなさい。私は、私の信念のために此れを続けているの。例え世界が私たちを殺そうとしても、絶対に負けない。負けてはいけないのよ」
先ほどまでの恐怖に染まった顔と打って変わり力強い目線で僕らを見ている。
正直、彼女達に何があったのかはわからないし知る気もない。
どーだっていいし興味がない。
僕は僕の解呪のために生きている。
そのためであれば他者がどうなろうとどうだっていい。
それはきっと彼女らと同じだ。
「この村は困窮していた。曽祖父の代からマルトハート様は我々を救ってくださったんだ!」
「マルトハート様は悪くない!悪いのは我々だ!」
口々に民が声を上げる。
「あんた一体幾つだよ……」
「女に年齢を聞くのは野暮でしょ?同性ならいいってわけじゃないのよエルフさん」
僕は男だけどな。
「ま、アンタなりの覚悟があるのはわかった。でもどうでもいい。僕とガルドでそれを壊す。それだけだ」
「異論はない」
隣でフェルガルドが頷く。
「抵抗するわよ?」
「やってみろよ若作りババアシスター」
「神よ−−!この者らに天罰を−−!」
マルトハートの声に呼応する様に供物だったそれは駆動し、その姿を表す。
一言で言うのであれば−−異形。
人のそれとはかけ離れた姿をし、見るものを恐怖で動けなくさせる。
歪んだ神の、いや、歪んだ愛の形。
「ガルド!」
「応っ−−!」
フェルガルドが地を蹴り突進し、僕は後方から魔術を撃ち放つ。
指を銃に模して。
火の矢を解き放つ。
「永劫式貫通魔術−−火の矢!」
火の矢は敵を穿ち、焼き落とす死の矢。
初歩魔術の一つではあるが、その威力は今の僕にかかれば中級魔術にも及−−
ぼっ
ぶはずだったが、全て元神に届く直前にかき消えてしまった。
やはり水の神−−火は相性が悪いか。
「はぁあああ!」
一閃。
地を砕くほどの踏み込みと、音さえ置き去りにするその速度を持ってフェルガルドの剣は確実に神を捉え、両断した。
したはずだった。
グジュル
気色の悪い音を立ててゆっくりと神はその姿を元に整えていく。
「火がダメなら今度は−−」
永劫式貫通魔術−−雷の矢。
「風属性の魔術なら−−っ!」
「無駄よ!」
マルトハートの声と共に雷の矢も神にすら届かず霧散してしまった。
「まじか……」
初歩魔術は効かない、剣も再生される。
中級魔術をためす−−?
いやそれだとフェルガルドどころか村人達さえ巻き込んで殺してしまう。
ダメだ、どうする?どうすれば−−?
思考の沼に陥りかけたその時だった。
「アーヴィン!」
フェルガルドの声と共に強い衝撃が僕を襲った。
遅れて、視界に血飛沫が舞う。
ゆっくりと。
え−−?
突き飛ばされたことの理解は早かった。
でもその後の血飛沫に理解は追いつかない。
一体どこから?どうして?
どす、と地面に座り込む僕に、もたれかかる様に倒れ込んでくるフェルガルド。
咄嗟にその体躯を受け止めようとするが、体格差もあって受け止めきれず、一緒に倒れ込んでしまう。
「お、おいガルドなにやって−−」
ぬる、と生暖かい感触が指に触れる。
恐る恐る指先を確認する。
「へ−−」
血だ。
赤い赤い血液。
「が、ガルド……?」
視線を下げる。
神から伸びた槍の様な水の触手が的確にフェルガルドの胴を捉えて貫いている。
フェルガルドは最強だ。
帝国で叶う剣士はおらず、その身一つで3000もの魔物を駆逐した生ける伝説だ。
だから、僕は僕の身を守るために、彼を雇った。
だから、彼が死んだって別に−−別の傭兵をまた雇えばいい。
それだけ。
それだけな、はず−−
「アーヴィン……無事でよかった」
今にも途絶えそうな、体に似合わない細い声で、僕の名を呼ぶ。
とても愛おしそうに。
とても大事に。
一音一音丁寧に。
「それだけなはずだったんだけどな」
ごめんガルド。
君との約束を僕は破るよ。
彼との契約時一つだけ約束したことがあった。
僕は絶対に無闇に人を殺さないこと。
それがフェルガルドが提示したたった一つの条件だった。
「女が無闇にやたらに人を殺してはならん。いずれ生まれる子のために、その手は清らかであるべきだ。だから、お前の敵は俺が殺す。俺が道を開く」
そんなことを言っていたっけか。
でもごめんよ。
それだけは守っていたかった。
最初はどうしようもないクソみたいな約束だったけど、それを破ったら君と共にいれないような気がして、ちゃんと守るようにしたんだ。
でも良いよね?
良いよな?
こいつらが自分勝手な都合で捻じ曲げて生み出した神とか言う偶像に君を殺されるなら、僕が彼らを殺したって誰も文句はないだろう?
憎悪とは−−
原初の感情の一つであり、最も力をもつ感情の一つである。
闇の神の統治下にあるその感情は、あらゆる全てを破壊する。
溢れ出る闇が止まらない。
湧き上がる憎しみが収まらない。
体全てから解き放たれようとする闇のエネルギーの収集がつかない。
「な、なによこれ……こ、こんなの!こんなのって!」
マルトハートが何かを叫んでいる。
でももう僕には届かない。
神だった何かも必死に、もがく様にその触手を僕に向けて投げ打つ。
でもそれも届かない。
「こんなの−−貴女が神そのものなんじゃないっ!」
神?
違う。
そんな格下の呼称で呼ばないでほしい。
もっと、もっともっと深きモノ
僕の中で誰かが笑った。
ようこそ−−"こちら側"へ。
爆ぜた。
明るく染め上げられた装飾も、夜の星空も、何もかも全て闇に染め上げられる。
まるでそこには何もなかったかの様な、黒に押しつぶされる。
そして−−
「嗚呼嗚呼愛しの英雄様。こんな無様な姿になってしまって」
僕の喉が、僕の意思とは無関係に震えた。
僕は地に伏せたフェルガルドに寄り添った。
血が流れ出す大きな穴を愛おしそうに愛でた。
「宝物だったんだよ?彼。こんな"私"にも優しくしてくれて、とても大事だったんだ」
2.3回穴を塞ぐ様に手を振ると、一瞬にしてフェルガルドの傷は塞がり血も止まった。
「貴女−−一体何を−−」
「んー?簡単なことじゃない。傷を塞いだだーけ」
「傷を塞ぐって−−光の魔術ですらそんな大きな傷簡単には治せないわ⁉︎」
「そ・れ・は。貴女達が弱いから、でしょう?"私"神様よりすごいから」
クスクスと笑う。
なんだこれ。
なんなんだこれ。
僕の意思通りに体が動かないぞ。
僕の体なのに、僕の声なのに。
まるで操り人形にされているかの様な。
「ふふ。もう一人の"私"も初めまして、だったかしら?一応自己紹介しとくー?」
コホンと、僕の身体は咳払いをして恭しく頭を下げた。
「どうも皆様お初にお目にかかりまして、私、闇の根源神・アルス=ナヴィと申します。以後、お見知り置きを−−よろしくねぇアーヴィンちゃん?」
アルス=ナヴィ?
闇の根源神?
理解が追いつかない。
追いつかないが、一つだけわかることがある。
"コイツ"は味方だ。
少なくとも今は。
そしてあの神よりも強い。
コイツなら−−
「あらぁ……ガルドちゃんもう起きたの?」
「お前は……誰だ」
アルスの肩を掴み、睨みつけるフェルガルド。
その声はいつもの優しい声ではなく、強く怒気が孕んでいた。
「誰ってぇ。愛しの愛しのアーヴィンちゃんですよー?」
「俺のアーヴィンはそんなことを言わない」
…………は?
待て待て待て待てお前今なんつった⁉︎
"俺の"って今さらりと言わなかったか⁈
「………へ?」
ほらみろアルスも目が点になってるじゃないか!
「俺のアーヴィンは、華奢で可憐で、でも気高くてとても強くて、愛おしい存在だ。貴様の様な下劣な言葉を使う様なエルフじゃない」
止まれ止まれ止まれフェルガルド!
その口を閉じろ!
顔が熱い耳が熱い!
心臓が痛いほど跳ねて、考えがぜんっぜんまとまらない!
「あー……もう二人ってそう言う感じだった、の?」
そう言う感じもどー言う感じもない!
ただの雇われ傭兵と雇い主だ!
「?誰と話している」
「アーヴィンちゃん」
アルスの言葉にガルドが反応した。
「そこにいるのかアーヴィン!よかった!生きていてくれてたのか!」
その顔はいつものようなキリッとした顔ではなく、安堵を滲ませ、目元には涙を浮かべていた。
「よかった……俺の仕事はお前を守ることだ。この世のありとあらゆるものから、お前を守る盾であり、剣だ。だから」
「アーヴィン。これからも、お前を守らせてくれ」
どくん
「あらあら、お熱いお二人ねぇ。おねーさん焼けちゃうかも」
どくんどくん
「アーヴィンちゃん。禁術一部解放してあげるから、ガルドちゃんと倒してみなさいな。そこの出来損ない」
どくんどくんどくん
「ほら、いつまでもガルドちゃんにときめいてないで。ガルドちゃんもほら、呼んであげて」
「嗚呼……頼む!戻ってきてくれ!
アーヴィン=ナヴィ!!」
ガルドの声が−−闇に染まった全てを色に染め返した。
◇◇◇
「意味がわかんない意味がわかんない意味がわかんない!」
マルトハートは地団駄を踏んだ。
それもそうだろう。
急に本物の神が降臨して、全部を闇に染めたと思ったらラブコメして神が立ち去った、なんて。
創作にしたって意味がわからなさすぎる。
僕がそっち側なら、同じことをしているだろう。
ゆっくりと自分の体を見回す。
肌の色、髪の色、それはいつも通り。
ナイスなバディも憎たらしいほどにいつも通りだ。
体を巡る魔量も問題なし。
アルスが言っていた一部解放のこともあってか、用途不明な回路がちょっとあるけど、まぁ大丈夫だろう。
周りを見る。
村人達は腰が砕け震えている人もいれば、僕に向かって仰々しく頭を下げる人もいれば、祈りなんか捧げている人もいる。
そして−−
「よぉヒーロー。元気だったか?」
「嗚呼、俺は大丈夫だ。お前が元気ならそれで」
こっちみんな、目を合わせるな、微笑むな。
さっきから心臓の音がうるさいし、顔が熱いしで、どうしたら良いかわからん!
フードで顔を隠す。
軽口は叩いてみたものの、やはりフェルガルドの顔を直視するのはまだ僕には無理だった。
「……いくぞ。ガルド。アレを殺す」
フェルガルドが剣を構えて、呼応する。
「嗚呼−−終わらせよう。お前と、俺で」
「後で説教だ。この人タラシヒーロー」
◇◇◇
「ガルド!」
「応!」
確かに二人の連携は先ほどもよかった。
けど、さっきより確実に格段にその精密さは跳ね上がっている。
言葉すら交わさず、目と目でお互いが何を求めているのかわかる。
阿吽の呼吸−−その一言だった。
それに加えて、僕に神が内包されているのを知って民衆の信仰が薄れたのも大きい。
神の鉄壁性が失われつつある。
僕の魔術も通るようになってきている。
だが−−
後ひと推し何か足りない。
マルトハートの祈りのサポートで神はなんとか再生し、なんとか魔術を受け切り、フェルガルドと切り結んでいる。
こちらも全力のサポートをフェルガルドにしてはいるが力は拮抗状態にある。
ーーこのままじゃジリ貧か……?
となれば、やはりぶっつけ本番でアルスの解放した魔術の回路を使うしかないか。
「ガルド!少し時間を!」
「嗚呼、任せろ!」
サポートを一度止め、ガルドから少し距離を置く。
頭の中を整理し、アルスの残した回路を探す。
−−あった。
ご丁寧にガルドちゃんと頑張ってね、なんてメモみたいな何かも残してある。
ウルセェ黙れ。
魔術回路を起動し、流れてくる魔術の根源を把握する。
ああ−−なるほど。
これなら約束破らなくても良さそうだ。
「待たせたガルド!ここから反撃だ!」
「待ってたぞ相棒。なら、俺たちの勝利だな」
−−ああ。
なんせ、
今の僕は。
ノリに乗ってるからな−−!
闇の魔術は破壊の魔術。
と同時にサポートの魔術でもある。
属性付与ではなく、強化系の魔術だ。
今回のアルスが開いた回路はその強化系の魔術を根源レベルで付与できる回路だった。
故に−−
「永劫式強化系魔術−−諸々上昇!」
魔術をかけられた対象は、その身体能力を3倍以上に強化される。
地を割るほどの勢いでフェルガルドは神に突進する。
近寄らせまいと神も触手で対抗するが、その悉くが、瞬きの合間に切り落とされてしまう。
「やっちゃえヒーロー」
「任せろアーヴィン」
大地を蹴り穿ち、一足で神は肉薄するフェルガルド。
その剛腕から解き放たれる大剣が描く剣閃はーー光の速さで神を切り裂いた。
事もなげに。
容易く。
その剣は神に届いたのだ−−
3 ヒーロー
一夜明けた村の惨状は散々たるものだった。
地はえぐれ、建物は瓦解し、奇跡と呼べるのは死者が一人もいなかったことだ。
神の消滅と共に村は本来の姿に形を変え、あれほど溢れ出ていた水は枯れ果て、農作物はみな腐り落ちた。
神の力がどれほどまで影響を及ぼしているのか、それがわかる変化だった。
僕とフェルガルドはゆっくりと村を見て回りながら、今回の件に関してギルドへの報告書を作成していた。
「うーん。結局のところ、あんまり悪い奴はいませんでしたって落ちになるよなぁこれ」
マルトハートも村を存続させるため、神を歪めたわけで。根っからの悪人ではないのだろう。
もちろんやったことは悪で、罪は償わなければならない。
それは確定事項なのだが、どーにも僕には悪く書くことができないでいた。
ある種僕も同類だからなのだろうか。
僕の望みは解呪であり、そのためならマルトハートと同じく他者を踏み躙ることさえ厭わないだろう。
だとしたら僕に彼女を捌く権利なんてないのかもしれない。
「うーん……」
机に突っ伏しながら文面に悩んでいると、フェルガルドが立ち上がる。
「……ガルド?」
「アーヴィン。アレを」
噴水広場にはいつのまにか人だかりができていた。
中心にはマルトハート。
彼女を取り囲むように村人達は手に農具を持って彼女を睨んでいる。
どーにも穏やかな雰囲気ではない。
「マルトハート!お前の……お前のせいで!あんたがあんなことしなきゃっ!」
「私の息子は20年前に生贄になったのよ!あんなに優しかったのに!」
ため息が出る。馬鹿馬鹿しくて。
うまくいっている時はマルトハートを持ち上げ、頓挫したら吊し上げる。
愚かだねぇ人間は。
……いや、僕も人間だぞ。健全男子の。
「申し訳ありませんでした……」
手を後ろに縛られて、顔にはあざができている。服もボロボロで、所々露出した肌からは血が流れている。
まぁ自業自得なところもあるし、ここは彼らに任せて僕は文書の続きを書くとしますか。
と改めて紙に集中する。
「なぁアーヴィン。彼女は泣いているか?」
「んー……泣いてんじゃない?」
言ってからしまった。と顔を慌ててあげた。
が、そこにはもうフェルガルドの姿はない。
「あ、あんたは……⁉︎」
「フェルガルド=ノービスだ。これはなんの騒ぎだ?」
凄むフェルガルドに民衆達は途端に萎縮し始める。
「こ、これは……その、そうだ!罰だ!ほら、悪いことしたら子供だって罰を受けるだろ?大人なんだから子供に示しを−−」
そうだそうだ!と民衆の声は同調する。
自分たちの行動を正当化する悪知恵だけはよく働くよなこう言う人たち。
お前らは自分の子供に寄ってたかって殴る蹴るするのかよって話だ。
「やりすぎだ。この人はお前達を守ろうとしてたのだぞ。俺が神を斬ったのだから、お前らの怒りは俺に向くべきだ」
「あ、いや、その……」
「それともなんだ?自分より弱い相手でないと戦えないのか?彼女は戦ったぞ。アーヴィンと俺と言う彼女より強い相手に」
民衆が押し黙る。
「勇敢に、気高く、君たちを守りながら。最後のその時まで、君達が死なぬ様。だと言うのに君たちは−−」
「……ガルド、様。もう良いのです」
今まで黙っていたマルトハートがゆっくりと立ち上がる。バランスを崩しそうになって、フェルガルドに咄嗟に支えられた。
ムカッ
ムカ?なんで今僕はイラついた?
「皆様の期待を裏切ったこと、そして今までご負担にさせたこと、申し訳ありません。私は全てのことを告発し、この罪を償う所存です。皆様の、昔からの悪習も含めて、です」
民衆がざわつき始める。
「悪習ってなんだ?」
「あのことか?」
「うちのじーさんがやってたことじゃねぇだろうな⁉︎」
「まって止めてくれそんなことしたらこの村が滅んじまう!」
「いいえ、私の罪はそれら全てを匿ったこと。それ故に私にはその罪を告発する義務があるのです。ですね?ガルド様」
おぃマルトハート。
フェルガルドに寄りかかるな、顔を近づけるな、頬を染めるな、言い寄るな。
そしてなぜフェルガルドもそいつを振り払わない!
苛立ちが収まらず仕事に集中できなくなった僕はペンを放り投げ、フェルガルドとマルトハートの方へと向かう。
「ちょーっと待てよ淫乱腹黒シスター。その告発、僕も手伝ってやるよ」
手にした紙を民衆に見せつける様に掲げた。
「これはこの村の村長の家にあった記録だ!この村でどんなことが行われ、誰がそれに関わったのか、詳細に記載されている!ざっと目を通した感じ、村人ほぼ全ての人間が今も昔も関与している!」
一層ざわめく村人達。
「僕はこれを提出するつもりは、ない」
「−−−なんでよ⁉︎」
「マルトハート。君は一つ勘違いしてるよ。僕は別に執行官でもなんでもない。ただのギルドに参加する冒険者。そして彼は"僕の"パートナーだ」
ぐいっとフェルガルドの腕を引いて、彼を引き寄せる。
なぜ自分がこんな行動に出ているのかはもう今は考えたくない。
それよりもこの女から引き剥がすのが先決だきっと賢い自分が考えたんだからそうに違いないそうだといえ。
「ただの冒険者である僕にその裁量は無い。故に裁くつもりも、報告するつもりも、ない」
僕は裁くつもりがなくても、この後に来るであろう魔術教会とギルド、聖教院は黙ってないだろう。
「だから君らもこのことを黙ってて欲しくば、今回の件は完全他言無用として欲しい」
「はぁ⁉︎ち、ちょっとあんた何考えてんの⁉︎」
マルトハートが僕に詰め寄ってくる。
正直ぶっちゃけあまり考えてない。
早くこの女を退かさねばの一心だった。
でもよく考えれば悪くない提案でもある。
マルトハートの作り出した歪んだ神のこと、この村に根付く悪い慣習のこと、そしてなにより僕の−−いや、アルスのこと。
特に最後が公になると旅が非常にしにくくなるだろう。
となれば、
「全部無かったことにして、自然災害のせいですってことにすれば誰も損しないんじゃない?」
「得もしなさそうだけどね……まぁいいわ」
マルトハートは村人達を振り返る。
「ってあなたを救ってくれた英雄様達が言ってるけど、貴方達はどうしますか?私は乗るつもりだけど」
そこに粛々としていた神々しいシスターの姿はなく、サバサバしたかるーいのりの金髪シスターがいた。
おそらくこっちがほんとのマルトハートなのだろう。
なんとなく、こっちのマルトハートの方が厄介な気配がするのは何故だろう。
まぁ気づかなかったことにしよう。
村人達は口々に賛同の声をあげ、"自然災害"から身を守ってくれた英雄として、僕らを担ぎ上げてくれた。
「アーヴィン。いいのか?これで」
「いーのいーの。僕は基本めんどーなことは嫌いだからさ」
「そうか。お前が言うならそれで正しいんだろう」
全肯定彼氏か、お前は
4 呪われダークエルフと伝説の傭兵と腹黒シスター
僕らの旅の目的は解呪にある。
ある日闇の魔女を名乗る謎の神に襲われて、女ダークエルフにされた僕がもう一度男に戻るための旅である。
「……で、なんでお前がいるんだ?」
教会やらギルドやらが村に来る前にさっさと出てしまおう、そんな目論見で早急に旅支度を済ませたわけだが……
「マルトハート」
「ん?なんでって……ねぇ?」
ちらりとマルトハートはフェルガルドの方を見る。
いや、見んじゃねぇ。
そんな目で僕の相棒見てんじゃねぇ。
「どうしたアーヴィン。具合でも悪いのか?」
ずいっと目の前にフェルガルドの顔が入り込んできた。
「うぉっ⁉︎急に視界に入ってくんな!別に具合は悪くないっ!」
ぐいっとフェルガルドの顔を視界の外に押し出し、距離を取る。
そんなやりとりを側から見ていたマルトハートひ腹を抱えて笑っていた。
「まーまーガルド様。アーヴィンにも色々あるのよ」
「そ、そうか。アーヴィン。すまん」
「い、いや、僕こそ、心配してくれたのに……ごめん」
顔は見れない。と言うか見せられない。
今きっと僕の顔は真っ赤で、目が潤んでいるのだと、思う。
「ねぇ。あんた達二人っていつもそうなの?」
「煩いっ!……で、なんであんたはここにいるんだ?」
「単純な話よ。あの村にいたら聖教院が来るでしょ?そしたら私、色々言わなくちゃならなくなっちゃうし」
ああ、聖教院のシスターって聖教に嘘つけないってマジなのか。
神に逆らうことになるからとか、なんかそんな話を小耳に挟んだことがあるけど。
そう言う回路でも埋め込まれてるんだろうか。
「なるほどね。そしたら確かに僕のことも含め、騙し通せなくなるってわけか」
「そーゆーこと。だから、どーせなら私もついてこーかなって」
「あ、そう」
「と、ゆーことでよろしくね?ガルド様!」
だからフェルガルドに寄り添うな触れるな視界に収めるな。
「はぁ、もういいよ。わかった。わかったよマルトハート」
「あら、案外素直に認めるのね?」
「どーせ無理矢理にでもついてくるんだろ?」
とーぜんと胸をはるマルトハート。
「……行くか。ガルド」
「ああ、行こう。次は共産国の蒸気都市だったか」
「あら、あそこ確か空飛ぶ乗り物を発明したとか聞いたわよ?」
空飛ぶ乗り物かー。
男としてはロマンあるなぁ。
「よし、それじゃあ次の目的地は蒸気都市ってことで」
「いこーぜヒーロー」
「行くか相棒」
フェルガルドも剣を携なおして、歩を進める。
解呪の旅−−
ガセネタばかりで、珍道中で、突拍子もないことは多いけど。
それでもこのフェルガルドとならば。
余計な者もつくことにはなったけど。
きっとこの旅は−−楽しくあり続けるのだろう。
end
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