​『魔法少女ドジっ子ルナちゃん!の錬金術は3日で石に戻ります。――その「期限付きの貢ぎ物」のせいで、Fランク冒険者の僕が5000万ゴールドの詐欺師として追われている件』

月神世一

第1話

森で拾ったのは、腹ペコの災害でした

「よし、今日の天気は晴れ。絶好の薬草日和だな」

 ルミナス帝国の辺境、冒険者ギルドの掲示板前。

 俺、リカル(20歳・万年Fランク冒険者)は、いつものように一番報酬の安い依頼書を剥ぎ取った。

『薬草(マナリーフ)の採取:報酬 銅貨5枚』

 銅貨5枚。日本円にして500円。

 命を懸けて魔物と戦うSランク冒険者に比べれば雀の涙だが、俺にはこれがお似合いだ。

 剣の腕は研修で習った「基本のキ」止まり。魔法も闘気も使えない。

 そんな俺の武器は、この使い古した鉄の剣と――背中のリュックに入れた「特製弁当」だけだ。

「さっさと終わらせて、夕飯の支度でもするか」

 俺は鼻歌混じりに、街の外れにある森へと足を踏み入れた。

 ……まさかこの数分後、俺の平穏な人生が「詰む」ことになるとは知らずに。

 ◇

 森に入って十分ほど。

 慣れた手つきで薬草を摘んでいた俺の視界に、「異物」が飛び込んできた。

「……なんだ、あれ」

 森の奥、木漏れ日がスポットライトのように照らす場所に、誰かが倒れている。

 恐る恐る近づくと、それは若い人間の女だった。

 透き通るような銀色の髪。陶器のように白い肌。

 身につけているのは、泥で汚れてはいるが、どう見ても貴族が着るような高級な法衣だ。

 そして、その手には枯れ木……いや、妙に存在感のある杖が握られている。

「(か、可愛い……)」

 思わず息を呑む。

 今まで見てきた冒険者の荒くれ女たちとは違う。まるでお伽噺から抜け出してきたような――

「……って、見とれてる場合か! おい、大丈夫か!?」

 俺は慌てて駆け寄り、彼女の肩を揺さぶった。

 魔物に襲われた形跡はない。毒を受けた様子もない。

 だとしたら、病気か? それとも――。

 その時だった。

 グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~!!

 森の静寂を引き裂く、地響きのような轟音が鳴り響いた。

 魔獣の咆哮ではない。

 彼女の、腹の虫だ。

「……あぅ」

 美少女が、ゆっくりと瞼を開けた。

 とろんとしたタレ目が、焦点の定まらない様子で俺を見る。

「……お腹、空きましたのぉ……」

「……へ?」

「もう三日……お水しか飲んでなくて……三途の川の向こうで、美味しそうな唐揚げが飛んでましたわ……」

 深刻なエネルギー切れだった。

 こんな森の中で、ただの空腹で行き倒れるなんて、ある意味才能だ。

「えーっと……じゃあ、これ食べるか?」

 俺はリュックから、自分用に作ってきた弁当箱を取り出した。

 中身は、昨日の残りの猪肉を香草で炒めてパンに挟んだ、特製サンドイッチだ。

「い、いいんですの……?」

「ああ。腹が減ってはなんとやら、だろ」

 俺が差し出した瞬間。

 彼女の瞳が、猛獣のようにカッ! と見開かれた。

「いただきまぁぁぁぁす!!」

 ガツッ! ムグググッ! バクバクバクッ!

「うおっ早ぇ!?」

 それは食事というより、吸引だった。

 俺の自信作サンドイッチが、ハムスターのような頬袋の中に一瞬で消えていく。

 彼女は喉を詰まらせることもなく完食すると、最後に指についたソースまで丁寧に舐め取った。

「ふぅ……生き返りましたわ……」

 満足げに吐息を漏らす彼女。

 その顔には、先ほどまでの死相はなく、薔薇色の血色が戻っている。

「……ん? 美味しかったか?」

「はいっ! 今まで食べた宮廷料理……いえ、どんな高級料理よりも美味しかったですわ! あなた、お料理の天才ですのね!」

 満面の笑み。

 その無邪気な笑顔に向けられた瞬間、俺の胸がドキンと高鳴った。

 なんだろう、この「餌付けに成功した」感は。

 彼女は立ち上がり、法衣についた土をパンパンと払うと、俺の顔をじっと見つめた。

 その瞳が、次第に熱を帯びていく。

(……ん? なんか雰囲気が……)

 彼女の視界には今、とんでもないフィルターがかかっていた。

 木漏れ日を背負い、美味しいご飯をくれた俺が、白馬に乗った王子様に見えているのだ。

 ――ズッキュゥゥゥゥン!!

 彼女の胸の奥で、何かが撃ち抜かれる音がした(気がした)。

「こんな……こんな行き倒れの私に、最後のお弁当を分け与えてくれるなんて……」

 彼女は両手を胸の前で組み、うっとりとした声で呟く。

「優しくて、お料理が上手で、程よく枯れた魅力があって……まさに運命! あなたこそ、私が探し求めていた王子様ですわね!?」

「……え?」

 王子様? 俺が?

 いや、Fランクの貧乏冒険者なんだけど。

「決めました! 私、ルナ・シンフォニア! 今日からあなたに一生ついて行きます! あなたの為に尽くして尽くして、幸せにしてみせますわ!!」

「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け!」

 急展開すぎて脳が追いつかない。

 だが、俺が止める間もなく、彼女――ルナは俺の手を両手で握りしめ、ブンブンと振り回す。

 そんな、ピンク色の空気が流れる現場のすぐ横で。

 地面からひょっこりと、「長ネギ」の生えた緑色の頭が生えてきたことに、俺はまだ気づいていなかった。

「……やれやれ」

 植物のような、人間のような奇妙な男――ネギオは、呆れ果てた声で独りごちる。

「マスターの『一目惚れ病』がまた発症しましたか。……しかも相手は、あんな貧弱な有機物(人間)とは」

 ネギオは冷ややかな視線を俺に向け、小さく溜息をついた。

「嫌な予感がしますなぁ。……あの男の人生が、音を立てて崩れ落ちる音が聞こえますよ」

 その予言通り。

 俺、リカルの「平穏な冒険者生活」は、この瞬間をもって終了したのである。

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