5.5℃
@Tatataiga
5.5℃
子供の頃、人間は体温が42℃を超えたら死んでしまう。と言うのを本かなんかで見た。私はひどく震えながら物入れの中から体温計を取り出し使った。36.5℃だった。なんと言うことだ。あと5.5℃体温が上がったら死んでしまうじゃないか。と私は怯えながら布団の中に入り夜を過ごした。その夜の事は今でも鮮明に覚えている。自分の死が間近であることに驚き、言いようもない死の恐怖に身慄いをしたものだった。そして、あぁだからお風呂の温度は40℃なんだな、42℃を超したら死んでしまうもんな、とか気温が42℃を超えたら人類は滅亡してしまうんだろうな、とか色々なことを考えながら眠りについた。
それから月日は経ち様々なことがわかるようになった。まずお風呂の温度は42℃を超えてもなんともないし、気温が42℃を上回ろうが死ぬことなどない。これらは私が実際に経験し死ぬ事はないと分かったのだ。初めて父親と銭湯に行き湯船に浸かって温度表示を見た時はギョッとした。43℃であったのだ。しかし自分は死んではいなかった。あまりにも拍子抜けに思ったものだ。大学生になったばかりの頃に地球温暖化のせいか東京で初めて気温が42℃になった。がしかしやはり死ぬ事はなかった。その時私は少し悲しいようななんと言うか形容し難い感情が心を染めた。まだ私の体温は42℃を超えた事はない。40℃や41℃は経験をしたことがあるがまだ42℃はない。最近では本当に死ぬのか?とすら思うようになった。平熱からたった5.5℃上がるだけで人間は死んでしまう。そんなバカな話があって良いのだろうか?どうせ42℃を超したとて死ぬことなどないのだ。ならばいっそ42℃を自分で経験してみたいものだ。とは思いつつも経験したくないと言う一種の恐怖が心の左心房にあるのだ。それは死が怖いのではなく事実が明らかになるのが怖いのだ。もし死ななかったのなら私は命と引き換えに幼少期に体験した鮮明な記憶を失ってしまう。そう思えて仕方ないのだ。死は自分が思っているよりもすぐ後ろにいると初めて気づいたあの幼少期を失うのが怖いのだ。
そうか、そう言うことか。私は体温が42℃を超えると死んでしまうんだな。
5.5℃ @Tatataiga
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