流転しても君の肉塊を愛して

お玉杓師

第1話 君より

 

 むかしむかし、あるところにそれはそれはうつくしいおひめさまがいました。まっしろなおしろにすんでいたおひめさまはあまりにうつくしくきれいだったのでたくさんのおうさまにきにいられました。そしてどうじにおうさまたちはなんとしてでもそのきれいなおひめさまをてにいれたいとおもうのでした。そのおおきくぱっちりとしためにはきれいなほしのひかりがやどり、みるものをみりょうします。また、そのきんいろのうるわしいかみにふれたものはあまたのこうふくをかんじ、そのばにたちつくすのです。そのしょさやふるまい、こわいろやくちょう、とてもけなげでげんきなせいかく、そして、だれよりもこくみんをあいし、いちばんにかんがえるそのすがたは、だれがどうみてもりっぱなくにのぷりんせすでした。


 血に滲んだ石畳の隙間に金髪の髪の毛が数本落ち、湿った土から這い出た小さな虫がその上を通る。吐き出した言葉と吐瀉物は民衆の目の前にべちゃりと落ち、その光景は数多の民衆の目に焼き付けられた。一部の髪は引きちぎられ、必死の抵抗も虚しく断頭台の上へと立たされた。数多くの民衆の目と声にその心は怯え、汗がその高貴なドレスに滲む。目の前にはギロチン。その光景に視界が揺らぎ、思わず足に力が入らない。両腕は屈強な男に押さえられ力を入れるが、両隣から聞こえるその大きな怒鳴り声によって震えとなる。


 それはたいそううつくしかった。


 姫が愛した国民の多くは死体となり、無造作に女・子供関係なく、広場の隅に積まれた。その目の間には蝿が溜まっていた。悪臭の中にある戦死体。ブヨブヨとした肉塊。


 きみのそのひょうじょうがいちばんのわたしのこうぶつだった。


 その高貴で美しい金髪はひどく手荒に掴まれて、一つ一つ確実に体が固定されていった。時計の針が刻一刻と、その心臓もドクドクと、死へと向かうのに対して懸命に脈打ち体は生きようとしていた。底の知れない恐怖に言葉にならない叫び声をあげる。


 そのこうけいがたまらなくいとおしい。かぐわしい。すばらしい。ああ、なんてはかない。


 さん、にー、いち。

 

 そのおひめさまにはこのみのおとこがいませんでした。そう、こいというものをしらなかったのです。いつもこくみんのことをかんがえ、ちちとははをたいせつにおもいすごしていたのです。ですが、やさしいだけではだめでした。あまりにもかよわかったのです。うちかつことはとうていできなかったのです。そのえがおにはとうていかえられないげんじつがありました。


 だから、わたしがあいしましょう。それですべてかいけつするのです。こくみんもおひめさまもおうさまも、すべてわすれましょう。あなただけをあいしてあげます。そのきんばつもそのくちびるもそのはだもそのかみがたもそのしぐさもそのひょうじょうもそのせいかくもかちかんもそのいきかたも。


 その日の天気はやけに空気を読んだ曇り空だった。弾頭台の真上、人々を見下すどんよりとした重い雲が、次第に埃のような雲に変わり、太陽の光が弾頭台に固定されたお姫様を暖かく照らす。


 るてんとか、りんねとか、うまれかわってもきみをみつけよう。


 血飛沫が広場を彩った。


 



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流転しても君の肉塊を愛して お玉杓師 @tarakani

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