1-4 召者

ーーぎぃぃーー


木製の扉に力を込め、前へ押す。建て付けの悪いせいか、軋んだ音が鳴る。


既に指示は出し終えた。登流を援護するため、小屋から出る。冷たい風が頬を撫で、髪を揺らす。


ゆっくりと歩みを進め、右手に持っている、碧いペンダントを模した宝石を正面に掲げる。


詠唱は要らない。ただ、一言発すればいい。


In authority of my name,rise


碧い宝石の中で、牙のような紋章が光りを放つ。


『---ー-ー。るかー。聞こえるかーー愛果!!』


突如、通信機から声がする。


『すまない、1人逃した。おそらく斥候だろう。申し訳ないがこっちも手が埋まってて追えない。そっちで対処でき るか?』


(登流さんが取り逃すなんて珍しい。斥候だとしたら私も相性悪いなぁ…)


「はい、任せてください」と告げ、召喚に集中しなおす。


数秒後、輝かく白い毛並みと真紅の瞳を持つ大型の狼型精霊が現れる。


ブォゥフ……ヴヴヴ…


吐く息は熱気を帯び、そこらの小枝から煙が上がる。


「もうすぐ敵が来るわ。相手をお願いしてもいい?」


ヴォァア…、と喉を鳴らす。彼にお願いすれば問題ないでしょう、少し安堵の息を吐く。

ふと、その真紅の瞳が動く。


(来た…!)


しばしの沈黙。

茂みに隠れていた男は、観念したのか姿を現した。


「ちっ。そんな化け物がいるたぁ聞いてねぇな。その目を欺いて嬢さんを殺すのは俺には

 無理か」

「あら、それじゃあ降参してくれますか?」

「それは無理な相談だな。俺はお前達を殺して、神子様の祝福を得なければならん」


ーー神子様ーー。福岡県西部を中心に勢力を持つグレイサーの集団:オーストリッチのクランリーダーの呼び名。会ったことはないけれど、その年齢は十歳前後の少女とかいう。彼の言う「祝福」というのも本当かどうか疑わしい。つくづく、変な宗教を信仰する愚者の気持ちは分からない。


少し頭が痛くなってきた。お母さんのことを思い出したからかな、いや、そんなはずない。あんな女、どうなっても知らない。


「ロウ、”喰らって”」


その言葉を聞いた怪狼は真っ直ぐ敵に向かい、太古、神々をも喰らった牙を向ける。


新橋愛果のグレイスには隠れた効果がある。それは、

ーーー現実に知られている器に召喚することで、器の力を利用できること。


例えば猫の器に召喚した精霊は、猫特有の嗅覚、暗視、機敏性を得ることができるし、象の器に召喚すれば、強靭な体躯と特徴的な鼻を得る。そして中には、伝説、逸話上の存在を器にして召喚される精霊もいる。

その実例が、愛果の契約精霊:ロウである。


ロウはギリシャ神話で戦神オーディンを喰らい、数多の神を葬った狼、フェンリルを器とした精霊。その牙は神をも喰らったものであり、その姿は神と人の戦争を終結に向かわせた神と巨人の子。

神話の怪狼が現代で獰猛な牙を振う。


「くっ…!牙デケェなおい!」

「ちょこまかと躱し続けながらそんな事を言わないで!」


実際、ロウが幾度と牙を向けるが、その牙が男の血で染まることはなかった。


時間が流れること数分ーー。


「…。」

「…。」

「ここまでにしないか嬢さんよ」


構えた短剣を少し下ろし、男は言う。


「互いに決め手に欠けるだろう?このままでは時間の無駄だ。ここらで打ち切りにしねぇ

 か」


ふっと笑いが出る。


「何を言っているんですか?このままでは劣勢になるのは貴方ですよ。貴方の仲間を殺し

 た後、私の仲間がここに来ます。そうなれば3対1ですよ」

「まぁそうだな、端から交渉できるとは思っちゃいないよ」


男は微笑を浮かべ、続ける。



「だがな、嬢さん。これは覚えておきな。俺は斥候だ。逃走手段は豊富なんだな」

「私の精霊を前に、逃げ切れるとでも?」

「あぁ、厳しいだろうな。だが、嬢さんもさっき言ったろ?お仲間からそろそろ連絡があ

 っても良いんじゃねぇかなぁ?」


含みある言葉に最悪の状況が脳裏をよぎる。

咄嗟に通信機に目を落とす。


その時、視界の端できらりと何かが光ったかと思うと、視界が白く覆われる。


(閃光弾…?!しまった…!)


一面の白い世界で、男の声が響く。


「最悪のパターンを想像できるのは上の人間として偉いなぁ!だが、優勢を活かしきれな

 いその甘さは戦士として終わってらぁ!」


あっははは…と笑い声が徐々に小さくなっていく。


徐々に色を取り戻しつつある世界の中で、ロウに追跡を命じる。びゅん、と風が真横を通過した。


『おい、愛果!無事か?!』

「吉弘さん…」

『無事なんだな?良かった、心配したぞ』

「登流さん…」


心配してくれた仲間に感謝し、謝罪する。


「申し訳ありません。斥候は取り逃しました」

『いや、しょうがない。元はと言えば俺が逃したのも悪いしな』

『だがまぁ、一応銃使いの野郎は死んだぜ。自害と言った方が正しいか』


どうやらニ人がかりで追い詰めたところ、毒を煽り死んでしまったという。

絶対に情報を渡さないよう、敵幹部の差し金か。


「ふたりとも、間も無く朝です。集合は明日、いやもう今日でしたね。後に回して家に帰

 りましょう」


『あぁ』『わかった』ふたりは頷き、それぞれに帰路に着く。


東の空が明るくなってきている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルボラス〜〜山の護人達〜〜 @yugurenokarasu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ