第30話……補給線の崩壊

 第五総管区中央部で、両軍主力艦隊が激突しようとしていた、まさにその頃――。

 ネビール回廊では、前線の艦艇と将兵を支えるため、膨大な物資が絶え間なく運び込まれていた。


 輸送の中核を担うのは、帝国規格における大型輸送船である。

 全長二キロメートル、幅二百メートル、高さ二百メートル。


 直方体に近いその船体は、ワープ航法時の燃費効率を最優先して設計され、全備質量は数百万トン級に達していた。


 だが、その合理的な形状は、狭隘なネビール回廊では仇となる。

 鈍重な巨艦を、寸分の狂いもなく操艦するには、極度の慎重さが要求された。


「艦長! 右舷に高速接近する質量反応を複数探知!」

「対艦ミサイルと思われます!」


「……な、何だと!?」


 回廊は狭く、巨体を翻す余地など存在しない。

 放たれたミサイルは、細長い艦列を成す輸送艦隊の先頭艦――その機関部と推進施設を、まるで狙い澄ましたかのように撃ち抜いた。


「機関室、火災発生!」

「機関停止! 至急、消火班を向かわせろ!」


「了解!」


 被弾した大型輸送艦は、被害のために急減速を余儀なくされる。

 だが、後続艦には止まる余裕などなかった。


 寿司詰め状態で進んでいた輸送部隊は、次々と追突し、玉突き事故が連鎖的に発生する。


「第402輸送艦、大破!」

「第362輸送艦、中破! 機関停止!」

「第84輸送艦、大破、炎上中!」


 報告が重なるたび、輸送艦隊を指揮する補給司令官の顔色は、みるみる青ざめていった。


「後続を止めろ!」

「各隊、ネビール回廊への進入を即時中止!」


「修理艦艇を前線から呼び戻せ!」

「了解!」


 結果として、大型輸送艦六隻が失われた。

 だが、それ以上に致命的だったのは、損傷艦が回廊を塞ぎ、ネビール回廊そのものが事実上封鎖されたことである。


 物資輸送の速度は、航路に存在する最も狭いボトルネックによって決まる。

 しかも、この回廊を迂回すれば、補給にはおよそ四十日もの追加時間が必要だった。


 この攻撃を成し遂げたのは、わずか一隻の次元潜航艇であった。

 その艦は、宇宙空間外壁の表面張力が生み出す特殊な位相空間に潜むことができる。


 だが代償として、潜航中の航行速度は致命的なまでに遅い。

 だが――待ち伏せには、それで十分だった。

 寡兵だからこそ可能な戦術だったとも言えるだろう。


「周辺宙域を徹底的に捜索しろ!」

「決して逃がすな!」


「了解!」


 駆けつけた護衛艦艇は、放射線状に探索範囲を広げていく。

 しかし、次元潜航艇の姿は、ついに捉えられなかった。


 ともあれ――。

 このたった一度の小規模な奇襲によって、巨大な反乱討伐軍は、一気に深刻な物資不足へと追い込まれることとなったのだった。




◇◇◇◇◇


 補給線が破綻していたという報告は、激しい電波妨害のために大きく遅れた。

 その情報がようやく届いた頃には、クライツ元帥率いる主力艦隊は、すでに反乱軍との本格的な交戦状態に入っていた。


「……むむむ、小癪な」


 艦橋で吐き捨てるように呟くクライツ。

 数の差で一気に押し潰せるはずだった戦況は、思いのほか膠着していた。


 反乱軍が築いたバリケードや即席陣地は予想以上に堅牢で、正面突破は進まない。

 両翼から半包囲を狙い、艦列を押し広げたものの、事前に敷設されていたステルス化機雷群が牙を剥いた。


 爆発が連鎖し、数十隻の艦艇が損傷。

 作戦は、痛みを伴う形で頓挫していた。


「敵は防御に徹しております。容易には崩せませぬ」


 作戦参謀が慎重に言葉を選び、進言する。


「一度、前線艦艇を後退させ、弾薬と物資の補給を行っては如何でしょう?」


 クライツは歯噛みしながらも、やがて頷いた。


「……やむをえん。一時後退させろ」


「了解!」


 命令を受け、反乱討伐軍の艦艇は徐々に距離を取り始める。

 だが、反乱軍は追撃の素振りすら見せなかった。


「……調子に乗って追ってくると思ったがな」


 誘いに乗らぬ敵に違和感を覚えつつも、後退は無事に完了する。

 前線艦艇では、補給艦から弾薬や物資が移送され始めた。


そのとき――。


「……おい、飯が足らねぇぞ!」

「どうなってんだ!? 俺たちの分は!」


 不満の声が、まず兵員区画から上がり始めた。

 反乱討伐軍は、地上戦に備えて膨大な惑星地上軍を抱えていた。


 だが艦隊上層部は、逼迫する補給事情から、密かに糧食の配給量を削減し始めていたのだ。

 後方補給が滞っている事実については、厳重な箝口令が敷かれている。


「約束が違うぞ!」

「やっぱり噂は本当だったんじゃねえか!?」


 実際に削られたのは食料だけだった。

 しかし、いつしか「給料も未払いになる」「使い捨てにされる」という噂が尾ひれを付けて広がっていく。


 惑星地上軍の末端兵士の多くは徴兵による寄せ集めであり、

 郷里から遠く離れた戦場では、不安と疑心暗鬼が増幅されるばかりだった。


やがて――。


「これ以上は耐えられねぇ!」

「上官を呼べ! 説明しろ!」


 揚陸艦や兵員輸送艦のいくつかで、兵士たちが武器庫を占拠し、将校の命令を拒否する小規模な反乱が発生する。


 一部では、補給区画の占拠や、艦内放送での抗議までもが行われた。

 今は鎮圧が概ね成功している。


 だが、そのような報告は、次々と上層部へと積み上がっていった。




◇◇◇◇◇


「――司令官閣下! 大変です!!」


 張り詰めきった司令部に、悲鳴にも似た声が響き渡った。

 補給不足、戦線膠着、兵士たちの不穏な動き。


 問題が山のように積み上がる中、情報士官は蒼白な顔で立ち尽くしている。


「今度は……何だ」


 クライツ上級元帥は、苛立ちを隠そうともせず問い返した。


 伝令は一瞬、言葉を詰まらせ――

 やがて、震える声で告げる。


「聖帝国ノヴァの……皇帝陛下が……崩御なさいました」


 その瞬間、司令部から音が消えた。

 通信士の指が止まり、参謀たちの視線が宙を彷徨う。


 誰もが言葉を失い、ただ沈黙だけが重く落ちた。


 皇帝の死――。

 それは単なる訃報ではない。


 帝国の統治の正統性、軍の指揮系統、貴族たちの忠誠。

 すべてが揺らぎ、再編される合図に他ならなかった。

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