第24話……反乱総管区の惑星ルーニー
幾度目かの長距離ワープを越え、ツーシームたちの乗る宇宙船は、ついに第五総管区の管轄宙域――その外縁部へと到達した。
ワープという超光速航行は、決して万能ではない。
脱出と帰還の座標は、空間の質量分布が極端に小さい“静穏域”を選ばねばならず、もし逸脱すれば、ワープアウト時に生じる重力震が周囲の質量と共鳴し、船体そのものを内側から引き裂く危険がある。
「ワープアウト完了! 船体ダメージ、極めて軽微! 航行に支障なし!」
ブリッジに報告が響いた。
「よし。機関部、エーテル燃料の急速充填に移れ。次の長距離ワープは二時間後だ」
「了解!」
短く力強い応答とともに、クルーたちが一斉に持ち場へ散っていく。
再充填用のエーテル流動音が、船体の奥深くで低く唸り始めた。
その喧騒の片隅で、ツーシームは操舵席の後方に腰を預け、ぼんやりと前方の観測窓を眺めていた。
窓の向こうでは、宇宙嵐が渦巻いている。
恒星風に吹き飛ばされた微細な氷粒と金属粉が、淡い光を反射しながら乱舞し、船体前面に淡い光の尾を引いて流れていく。
遠方には、捻じ曲がった磁気嵐の筋が、青白い稲妻のように走っていた。
一般的な民間宇宙船の通常航行速度は、およそ〇・〇五単位が限界だ。
星系内では強大な重力井戸や、濃い質量分布のため、ワープはほぼ使用できず、結局はこの“のろい”通常航行に頼るしかない。
だからこそ、長距離ワープの合間に訪れる、この静かな通常航行の時間は、クルーにとっても、束の間の休息でもあった。
「……さて、と」
ツーシームは咥えていた安煙草を灰皿に押し付け、くるりと肩を回して大きく伸びをする。
「食事にでも行きますかねぇ」
そう呟く彼女の声とは裏腹に、船はなおも第五総管区の重い影へと近づきつつあった。
この後、さらに二度の長距離ワープを敢行し、一行は有人宙域であるドミナント星系へと突入することになる。
◇◇◇◇◇
それから二十日の航行ののち――。
ツーシームたちの乗る宇宙船は、ドミナント星系内の第四惑星ルーニーへの着陸を企図した。
衛星軌道上に入ると、宇宙港管制塔との間で即座に交信が始まる。
船籍証明、外交許可証、通商免許、身分照合データ――ありとあらゆる情報が暗号化され、高速通信で管制側へと送り込まれていった。
「――貴船の大気圏突入を許可する。第二〇八ゲートへ入港せよ!」
「了解!」
船長の短い応答とともに、船体がゆっくりと降下を開始する。
重力圏に入った瞬間、機関が低く唸り、船は微かに震えた。
「……っと」
揺れに合わせて、ツーシームの手元が狂い、煙草の灰が床に落ちる。
「誰も見てないよね?」
そう呟き、小さく足で灰を擦るが――ブリッジの誰一人として振り向きもしない。
宇宙船は黒く厚い雨雲を真下に突き抜け、激しい水蒸気の乱流を切り裂きながら降下を続け、やがて重厚な宇宙船用桟橋へと、金属音を響かせて静かに接続された。
「ようこそ、使節団の皆さま。こちらへ」
出迎えは厳めしい軍人たちであった。
この星ルーニーは、第五総管区長サリーム・アル=ハディード侯爵の直轄地であり、現地の統治と軍事を預かるのは、侯爵の側近にして武門の将――ナシール・イブン=ラヒーム将軍である。
アーヴィング侯爵の使節団一行は、待機していた高級装甲車に分乗し、すぐさま移動に入った。
車両は透明なチューブ状の幹線道路へと滑り込み、信じがたい速度で暗闇を貫いていく。
チューブの外は一面の砂漠であった。
乾き切った大地に、今は激しい豪雨が叩きつけるように降り注ぎ、砂と水と泥が混じり合い、茶黒い奔流となって大地を洗っている。
「外は、あいにくの空ですねぇ……」
ユリウスが迎賓役にそう声をかけると、男は苦笑を浮かべて答えた。
「晴れておりましても、この地は放射性を帯びた砂嵐が常に舞っております。恥ずかしながら、先々代の代官が産業育成を急ぎすぎましてな……環境は、いささか取り返しのつかぬことになりました」
「……はぁ」
ユリウスは、それ以上言葉を継ぐことができなかった。
およそ四時間の高速移動の末――。
闇夜の彼方に、無数の光点が浮かび上がる。やがてそれは、密集したビル群の輪郭を帯び、巨大な都市へと変わっていく。
居住区を覆う巨大ドーム内部へと入ると、そこは外界の荒廃とは別世界であった。
近代的な高層建築と、幾何学的な照明が整然と並ぶ一方で、通りの随所には香煙を焚く祠や、奇妙な彫像、祈りを捧げる人々の姿も見える。
「……これ、ルドミラ教だねぇ」
ツーシームがぽつりと呟いた。
「ルドミラ教って?」
ユリウスが聞き返すと、答えたのは饗応役であった。
「帝国支配以前――第五総管区が成立する遥か昔から、この地に根付く土着宗教でございます。中央政府
からは、あまり芳しく見られておらぬ存在でもありますな……」
この宗教勢力と良好な関係を保たねば、第五総管区の統治そのものが立ち行かなくなるらしい。
それほどまでに、ルドミラ教はこの地に根を張っているのだという。
「……着きましたぞ」
そう告げられて視線を上げた先に、惑星ルーニーの行政府が姿を現した。
それは白く巨大なドーム状の建造物で、戦場の只中に忽然と出現した“聖堂”のような、異様なほどに芸術的な威容を放っていた。
玄関前には、岩のような体躯をした髯将軍が仁王立ちしている。
その両脇には、勲章で胸元を埋め尽くした将校たち、さらにその外周を固めるように儀仗兵が整列し、完全な軍事儀礼の陣形を形成していた。
「アストレア子爵閣下。第五総管区将軍ナシール・イブン=ラヒーム。本総管区へのご到着を、心より歓迎いたします」
「こちらこそ、お会いできて光栄に存じます」
ユリウスは一歩進み出て将軍と固く握手を交わし、彼に導かれて建物の奥へと入っていった。
――だが。
ツーシームと、数名の護衛たちは、そこで足止めされ、別室の待合室へと通される。
「お? 気が利くねぇ……」
彼女は不満を示すどころか、テーブルの上に用意された大ぶりのガラス灰皿を見つけるや、どこか満足げに微笑んだ。
反乱の総管区。
宗教と軍、中央と地方の思惑が交錯する星――ルーニー。
この地で、使節団を待ち受けている“本当の歓迎”が、果たして栄誉なのか、罠なのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかったのである。
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