第3話 養豚場で育った家畜系男子
「優ちゃんは本当に可愛いわねぇ。まるで女の子みたい」
ぱっちりとした二重に大きな黒目。ゆっくり瞬きを繰り返すと、長いまつげが上下に揺れる。潤んだ瞳で優は大人たちを見上げた。首をことん、と右に傾けると決まって大人たちは喜んだ。優にはそれがなんだか面白かった。こんな簡単なことで人を喜ばすことができる。
「優ちゃん!今度はこっちのお洋服にしましょう!はい!どおーぞ」
「ふふふっまったく綾ったら、優のこと着せ替え人形みたいにして」
「だって優ちゃん可愛いからなんでも似合うんだもん」
「はいはい。それが終わったらお風呂に入るのよ」
「どう?おねーちゃん似合う?」
「可愛い!!すっごく似合ってるよ!!後はこのリボンを髪に付けて」
それは優の五歳の誕生日。幼稚園や近所の子を招きパーティを開いた。
誕生日会が終わり、母が優に着せた黒色のタキシードを脱がしているときだった。母は口を尖らす優の顔を覗いた。珍しく今日一日ずっと機嫌が悪かった
「優君。どうしたの?みんな貴方のために集まってくれたのに。そんな顔して」
「ボクもお姉ちゃんみたいにピンク色のお洋服が良かった」
「え?でもあれはドレスだから。優君は男の子でしょう?こっちの方がかっこいいわよ」
「黒色なんてつまらない!」
優は首に巻きついてた蝶ネクタイを引きちぎり床に叩きつけた。
「優ちゃん。綾のドレス着る?去年綾が着たのなら優ちゃんにも着れるよ」
「ほんと?」
「うん!だって優君は綾の弟だもん」
母は迷いながらもクローゼットから綾のドレスを出した。ピンク色のシフォン素材にレースがあしらわれたドレス。母は優にもう一度、これでいいの?と尋ねると優は飛び跳ねて喜んだ。わたあめのように、ふわふわのドレスを受け取るとギュッと抱きしめて満面の笑顔になった。
「優君は本当の女の子みたいね」
「優ちゃんは私の妹!だぁーい好き!ねぇ優ちゃんあっちでプレゼント開けよう」
「うん!!」
「あらあら、優ちゃん今度は女の子の格好だね」
祖母の厚みのある手が優の頭を撫でた。
優は貰ったプレゼントの中にあった、自分と同じサイズほどのクマのぬいぐるみに抱き着いた。テーブルの上には母が焼いたクッキーやホールケーキ。
「うわぁ!ボクの大好きなハンバーグだ」
「ほら優!欲しがっていたゲームだぞ」
「ありがとうパパ!」
優は食べることも大好きだった。自分がたくさん食べるとみんなが喜んだ。温かな和の中心に優はいた。
――けれど平穏な日々は長くは続かない。
のちに綾は優の可愛さはこのときがピークだったと、苦々しく話すのだった。
□□□
「んむぅ・・・また増えてる。ちょっとだけ身長伸びたからかな」
振り切れた体重計の針を見るのが難しくなるほど、腹回りが膨れ上がっていた。その大きくなった腹を触るとぎっしりと身がつまっている。
「あら、優君。どうしたの?」
「ねぇおばあちゃん、ボクちょっと太っちゃったかな」
「ふふふ思春期ね。でも心配することないのよ。優君くらいの年の子はそれくらいが丁度いいわ。育ち盛りなんだからもっと食べてもいいくらいよ」
両親が共働きだったため、同居する祖母が優の世話を焼いた。優がリクエストをすれば祖母はなんでも作ってくれる。その中でも優は、ブタの角煮が大好きだった。こってりしたタレを熱々の白米の上に乗せ、丼にして食べるのはまさに絶品だった。
家に帰ると祖母と母が作る夕食二回分。夜食は自分で作るオリジナルレシピ。そしてシメのデザート。そういった生活を送っていた。美味しい物を食べたとき、この上ない至福に包まれた。
砂糖にはちみつをかけたような甘やかされた生活を続けた優は、中学入学時には身長150cmにして100kg越えとなった。
「さぁ今日も豚丼作ったわよ」
「うわぁーボクの大好物だ!!いっただきまーす」
「ゲッ」
背後から聞こえた自分を侮蔑する声に、優は誰が入って来たのか直ぐにわかった。綾だーー。まるで汚物を見るような軽蔑した目で優を見下ろしている。よくそんな目を弟に向けられたものだと優は思う。
いつものことと気にせずにご飯を口に流し込んだ。
「あら綾ちゃんもおかえりなさい。今日は早いのね。今、綾ちゃんの分もつけてあげるわ」
「今日部活なかったから。私は大丈夫。ご飯はお母さんたちが帰って来るまで待ってる」
「あらそう?おなかすいたら言ってね。これ、夜ごはんに食べてもいいから」
優が中学に上がると綾とは殆ど口をきかなくなった。いや、正確には中学に入る少し前からだった。学校ですれ違うと、他人のふりをされ、絶対に目を合わそうとしない。優が話しかけようものなら「学校で話しかけるな」と一蹴される。
優は、なぜ綾がそんな風に避けるのかわからず、そのことを母に相談したことがあった。すると年頃の女の子はそういうものだと教えられた。そういえば、と優は思い出した。クラスの女の子に話しかけたときも、あからさまに嫌そうな顔をしていた。そして納得したのである。年頃の女の子というものは、男の子と話すのが苦手なのだと。それが思春期というものだ。
「うわぁ~ん!夜空クンかっこいい!!」
聞いたことのない綾の猫撫で声に、優の手から箸が滑り落ちた。
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