ブタの真珠は誰のモノ~憧れた君に気づけば恋をしていたなんて~
May
第1話 真珠が似合うブタになりたくて
【プロローグ】
『可愛い』とはときとして勝者となり
酷虐の火種になることを
ボクは幼い頃から知っていた。
【第一話】 真珠が似合うブタになりたくて
優は壇上へ続く階段を、一段一段踏みしめながら上っていく。体育館に整然と並ぶ新入生を前に、ドッと血が逆流しそうになった。胃の辺りがキリキリと痛み出す。それを和らげるようにゆっくりと肺に息を送り込んだ。
「春の訪れを感じる良き日に、歴史と伝統のある椿ヶ丘高等学園に入学できたことを嬉しく思います」
穏やかな春風が花の甘い香りを運んでくる。優の視線に桜の花びらがちらつくと『新入生代表・来栖優(クルス ユウ)』の名前の上にふわりと花弁が舞い降りた。
「なぁなぁ、新入生代表の挨拶の子カワイくね?何組の子かな」
「代表の挨拶って入学試験で一番成績が良かった人がやるんだろう?」
「まさに才色兼備ってやつな」
「クククッ大和撫子?」
えんじ色の真新しい制服に袖を通し、これからの学校生活に胸を膨らませる生徒たち。時折漏れてくる感嘆の声。『可愛い』『素晴らしい』という称賛の囁きに優の緊張は優越感へと変わって行った。
「目標に精進し三年間を過ごしていくことをここに誓います。新入生代表、来栖優」
優が生徒の方に振り返り一礼した。顔を上げると、静寂に包まれていた式典がざわついた。
階段を降りていくと、肩まで伸びたゆるいウエーブのかかった髪が左右に揺れる。そっと耳に掛けると、近くにいた男子生徒が優を見たまま固まっている。ニコリ、と頭の中で効果音を呟き笑顔を飛ばした。優がそのまま自分の席に戻って行くと、背後でガタンッと音が響いた。先ほどの男子生徒が椅子から転げ落ちている。優は注がれる視線を全身で感じながら着席した。
「来栖さん、すごいわ。あんなに堂々として。私だったら絶対噛んじゃうよ」
「そんなことないよ。アタシもとても緊張したの」
隣の席の女子が声を潜ませながら優を労った。
緊張より、自分へ注がれていた視線の方が優には幾万倍も心地よかった。これこそが本来の自分の姿。あの人に会うのに申し分ないはずだ。そう思うと、胸が熱くなっていた。スカートの上の拳に力が入っていた。手を開くと、じんわりと汗ばんでいる。その手をこっそりスカートで拭った。
式典は滞りなく終わり生徒たちは教室へ向かった。
「あの来栖さん」
「はい?」
「その、少しいいかな」
クラスメイトたちとお喋りをしながら、教室へ向かっていると見知らぬ男子生徒に声をかけられた。『早速だね』と口元をニヤつかせ、優の肩を軽く叩いた。
「先に教室に戻ってるね」
優は呼び止めた男子生徒と列を抜け、人通りの少ない廊下までやってきた。顔を赤らめる男子生徒。自分から呼び止めておいて中々切り出せないようだった。手持ちぶさたになった手を後頭部に持って行ったり制服の裾を掴んだりしている。
優はどうしたものかと、息をついて窓の外を見た。――二年の校舎が視界に入った。胸の鼓動が一度だけ大きく揺れた。
「いきなりゴメンね。俺はB組の落合っていうんだけど。試験のとき席が隣だったの覚えてないかな?」
「試験のとき?」
優は視線を目の前にいる男子生徒に戻した。首を横に三十度ほど傾けながら「う~ん」と考える素振りをし上目遣いで男子生徒を見上げた。男子生徒は口をパクパクとさせ、まるで鯉のように慌てふためいている。
「その、あの日からずっと君のことが気になっていて・・・。今日やっと再会できたんだ!」
「ごめんなさい。多分人違いじゃないかな?アタシは会った覚えない」
「そんなことないよ!あっごめん。大きな声出して。そうだ!連絡先聞いてもいいかな?」
スマホを落しそうにいながら、男子生徒は取り出した。優は一歩下がり首を横に振った。男子生徒の口が開いたまま止まった。
「アタシもう教室行くね」
「あっ待って・・・!」
男子生徒の呼びかけに、優は一度だけ足を止めた。
「アタシね、ウソをつく人嫌いなの」
「ウソって。お、俺はウソなんてついてないよ!」
「ほら、そういうところ」
「えっ・・・?」
「じゃあね、バイバイ」
優は小走りで教室へ向かった。後ろで男子生徒が何度か呼んでいたが、振り返りはしなかった。足を上げる度にスカートが揺れている。誰もいなくなった廊下で、口元が思わず緩んだ。
「ハッハッ。なにが試験のときに見かけただよ。会ってるわけないでしょう」
優は手鏡を取り出し、乱れた前髪を整えた。唇にリップクリームをつけると、微かに桃の香りが漂った。鏡の前でニッコリと笑みを作る。可愛いを確認してから鏡をポケットに戻した。
「早く会いたいな・・・」
また窓から二年の校舎を見た。さすがに中の様子までは見えない。見えないけれど、そこに『あの人』がいる。そう思うだけで、優の胸はじんわりと春の陽気の温かさで滲んでいく――。
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