[カクヨムコン11]白の令嬢が拾った戦後の亡霊 ――奴隷市場で令嬢が拾った兵器は、白の屋敷でメイドとして歩き出す。最凶メイドが放つ乾いた銃声が、戦後の街を覆う闇を裂く。
第24話 模倣された生命 ― 歪んだ再生 ―
第24話 模倣された生命 ― 歪んだ再生 ―
階段を降りきった先で、空気の質が変わった。
温度や湿度に異常はない。
それでも、皮膚に触れる感触だけが、ひとつ外されたように頼りなくなる。
消毒薬の匂いが、素材の表面に染みついた残滓として薄く残っていた。
壁、床、天井は同じ距離感で整えられ、摩耗の痕跡がほとんどない。
人の出入りを前提にした空間ではなく、維持されることだけを目的とした構造だと分かる。
通路の先で、フロアが開けた。
照明は落とされていない。
だが、影を作らない配置が奥行きの感覚を奪い、距離感を曖昧にしている。
柱と配管が規則正しく並び、床には用途を示していたはずのラインが残されていた。
その中央で、カレンが足を止めた。
躊躇ではない。
前に進む流れが、そこで自然に途切れただけ。
クラリスは、その背中を見て理解する。
「……どうしました?」
あえて状況を確かめる呼びかけ。
カレンはすぐに答えず、フロアの奥へ視線を向けたまま、ゆっくりと呼吸を整える。
「……ここは」
短い声が途中で止まり、拳に入った力が、本人の自覚より先に変化を示していた。
ヘルマンは少し距離を取ってフロアを見回す。
「……嫌な感じだな。前に見た施設と似てるが、同じじゃねぇ」
理由は続かない。
言葉にしようとすると、どこかが足りなくなる感覚だけが残っていた。
クラリスが、カレンに問いかける。
「何か、思い出しましたか」
「いいえ。記憶ではありません……身体が、少し違和感を……」
違和感。
拒否とも恐怖とも言えない反応だった。
ここは戦場ではない。
敵影も警戒信号も存在しない。
それでも、進むこと自体が自然ではないと、身体が先に判断している。
フロアの中では、装置が規則的に稼働していた。
動いてはいるが、何かを生み出している印象はない。
「……放置されてるわけじゃなさそうだな」
確信ではなく、経験に基づく感覚だった。
カレンは、ゆっくりと一歩踏み出す。
歩幅は、わずかに狭い。
クラリスは、その変化を見逃さなかった。
ここに来て初めて、カレンの動きが「最適解」から外れている。
理解よりも先に、身体が答えを出している。
このフロアは、これから見るもののために用意された場所。
そしてカレンにとっては、過去の延長ではなく、踏み込むべきではない現在。
並んでいる。
左右に広がり、天井へ向かっても同じ間隔が保たれている。
視線をどこへ向けても、規則的な並列。
培養槽だった。
半透明の外殻に包まれ、淡い液体に満たされた内部には、人の形が浮かんでいる。
色合いに差はあるが、形はすべて同じだ。
「……培養している?」
クラリスは目を見開いた。
「……数が、多すぎる」
ヘルマンの声は低い。
壁際にも中央にも、間引かれることなく並べられている。
展示でも、保管でもない。
目的は最初から決まっている。
調整だ。
培養槽の内部で、人影は静止している。
表情はなく、筋肉の張りは均一で、年齢差も見られない。
そして、その輪郭は――カレンと酷似していた。
完全に同一ではないが、偶然で片づけられるものではなかった。
意図的に近づけられた形が、強く残っている。
カレンは何も言わない。
視線は装置ではなく、中の人型そのものに向けられていた。
「類似性が、高いです」
「類似? 似ているって……何とだ」
「わたしと」
それで十分だった。
クラリスは培養槽のひとつに近づく。
外殻には、名前のない工程番号だけが刻まれている。
「生体反応が感じられません。わたしとは、少し……違う」
刺激も調整も行われていない。
管理されているのは、成長と維持だけだった。
「……育ててるってわけか?」
「いえ、違います」
カレンは首を振る。
「これは……わたしの……再現です」
再現されているのは、外見と動作だけ。
感情も、自我も、名前もない。
「兵器……」
クラリスから声が漏れた。
カレンの両肩が震える。
怒りはない。
思想そのものへの拒絶だけが、静かに表に出ていた。
「まだ、完成していません」
一拍置いて、続ける。
「いずれも不完全に思います」
生体反応。
それは、カレンが自分の内側にあると知っている要素だった。
ここに並ぶ存在には、それがない。
だから、同じにはならない。
「……量産を、前提にしていますわね」
培養槽の列は答えを返さない。
ただ、稼働を続けている。
ここは始まりではない。
試験でもない。
全ての過程が、すでに終わっている場所だった。
唐突に警告音が鳴る。
静寂を切り裂くような電子音が、フロア全体に反響する。
低く、持続する警報。
それは侵入を知らせるものではなく、工程の移行を告げる音だった。
「……来ます!」
カレンの声と同時に、培養槽の列の一角で異変が起きる。
外殻に無数の亀裂が走り、乾いた破断音が連続した。
バリバリ――
次の瞬間、培養槽が砕け散る。
ガシャーーン!!
半透明の外殻が割れ、液体が床に叩きつけられた。
飛び散る破片が照明を反射し、フロアに不規則な光を走らせる。
中から、人影が落ちた。
着地の衝撃で床が軋み、液体を撒き散らしながら、その存在は立ち上がる。
――不完全体。
外見は、カレンと酷似している。
だが、立ち上がる動きが決定的に違った。
速い。
しかし、滑らかではない。
関節の可動域が噛み合っていないのか、動作の端々で身体が引っかかる。
それでも次の瞬間には、一直線に距離を詰めていた。
「散開しろっ!」
ヘルマンの声が飛ぶ。
カレンは前に出る。
動きに迷いはない。
銃を構え、引き金を引いた。
ズドォォォン!!
至近距離で炸裂した弾丸が、不完全体の肩口を抉る。
肉片が飛び、骨が露出する。
だが、不完全体は止まらない。
痛覚に反応していない。
ダメージを“判断”していない。
「……やっぱり、生体反応がない!」
カレンは半歩ずらし、回避と同時に銃床を叩き込む。
ガンッ!!
鈍い衝撃で、不完全体の身体が傾いた。
その隙を逃さず、W44の引き金を引く。
パンッ!!
膝関節を撃ち抜かれ、不完全体が崩れる。
それでも、なお立ち上がろうとした。
同じ素材。
同じ反射記録。
それでも――違う。
トドメの距離で、カレンの動きが一瞬だけ止まった。
躊躇ではない。
迷いでもない。
意思が、割り込んだ。
「カレン!」
クラリスの声が響く。
命令ではない。
存在を繋ぎ止める声だった。
「……対象、排除します」
静かな声で告げ、引き金を引く。
ズドォォォン!!
頭部を撃ち抜かれ、不完全体は完全に沈黙した。
割れた培養槽。
床に広がる液体。
しかし――
警報は、止まらなかった。
培養フロアの奥で、表示灯が次々と切り替わっていく。
それは警告ではなく、工程の進行を示す合図だった。
固定解除の音が、連鎖する。
バリバリ……
ガシャーーン!!
今度は一基ではない。
次々に培養槽が砕け、中から無数の人影が床へと落ちていく。
――不完全体の群れが迫る。
動きは速い。
だが、そこに統制はない。
それでも数が違った。
フロア全体を取り囲むように影が立ち上がり、三人を中心に包囲網が形成される。
「……チッ、囲まれたな!」
ヘルマンが吐き捨てる。
カレンはすでにブレイカーⅡ型を構えていた。
「お嬢様」
低く、はっきりとした声。
「ご指示を」
クラリスは一歩も引かない。
視線を逸らさず、短く息を吸う。
「カレン」
静かに、だが明確に告げた。
「殲滅です」
その一言で、すべてが決まった。
カレンは踏み込み、距離を詰める。
ズドォォォン!!
最前列の不完全体が吹き飛ぶ。
間を置かず、次。
ズドォォォン!! ズドォォォン!!
反射的な連射。
近距離射撃で、回避の余地を与えない。
生じた隙間へ、さらに突入する。
ヘルマンもAK-47を構え、撃ち続ける。
ダダダダダッ!!
銃口が跳ね、それでも弾道は途切れない。
「来るなら来やがれ!」
クラリスは背後につき、小型拳銃で援護に徹する。
パンッ! パンッ!
三人の動きは噛み合っていた。
初めての集団戦闘にもかかわらず、積み重ねられた経験が、そのまま形になっている。
意思のない不完全体は、撃たれ、倒れ、踏み潰されていく。
やがて、最後の一体が床に崩れ落ちた。
その瞬間、警報が止まった。
銃声も、金属の軋みも消え、耳鳴りだけが、遅れて残る。
沈黙。
床には、破壊された培養槽の残骸と、不完全体が折り重なるように転がっていた。
培養液と油の匂いが混ざり、もう動くものは何もないことだけが、はっきりと分かる。
ヘルマンは周囲を一度だけ見回し、銃を下ろした。
「……ホムンクルス、か」
ヘルマンが呟く。
「カレンの細胞と戦闘データを取り込んで作ったんだろうな」
「カ、カレンの細胞……こんなこと、許されるわけがございません」
クラリスの声は静かだった。
「ああ……これが、連邦の闇だろうな。だから、お嬢の家族は……」
ヘルマンは言葉を止める。
「わたくしは」
クラリスは前を向いた。
「進まなければなりません」
復讐ではない。
感情でもない。
責任だった。
カレンは、その背中を見つめていた。
兵器ではない。
模倣でもない。
ここに立っているのは――唯一の存在だった。
(つづく)
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