第14話 DOLL計画の真実

 蒸気炉の低い脈動が、工房の奥で続いていた。

 金属が熱に膨張するわずかな音が混ざる。

 天井に吊り下げられたランプの炎だけが、時間の流れを知らせていた。


 クラリスは、その空間で一週間を過ごした。

 眠らないわけではない。

 だが眠っても、すぐに目が覚める。


 寝台に横たわるカレンの呼吸と指先の温度を確かめる。

 それを繰り返すだけの時間だった。


 カレンの胸は一定の速度で上下していた。

 肌の熱も徐々に下がり、額の汗は消えている。

 戦闘後の危うさは離れつつある。

 だが──


 その瞳は閉じたまま。


 背後では、ヘルマンが夜通し作業を続けていた。


 机の上には分解されたブレイカーⅡ型。

 内部のばねや撃針が形を見せ、隣にはW44の分解フレームが置かれている。

 古い帝国規格の蒸気回路も台座に並び、そのどれもが、ただの修理屋では扱わない代物ばかり。


 工具音が一定の間隔で響く。

 乾いた金属の触れ合い。

 ヘルマンの指は迷いがなく、

 まるで兵器の内部構造を熟知しているようだった。


 クラリスがヘルマンに声をかける。


「……ブレイカーⅡ型、直るのですか」


「直るというか、直すさ。こいつは頑丈にできてる」


 ヘルマンは背中を向けたまま答えた。


「W44も、多少クセはあるが……まだ使える。あの嬢ちゃんは撃ち方がきっちりしてる。無理な扱いはしてねぇ」


 その声に、クラリスは小さく息を整えた。


 ヘルマンは工具を置き、ほんの一拍だけ間を置き、クラリスの方を向く。


「……あんたのところのバルトだったか。あいつとは腐れ縁でな。この間の騒動、生きてりゃいいが」


 クラリスは目を瞬かせる。


「バルトをご存じなのですか」


「噂くらいだが。軍の技師だったろ、あいつ。おれはDOLL計画統制局にいたからな。同じ穴のなんとかってやつだよ。ま、昔の話だ」


 その言い方には、深く踏み込まない気遣いがあった。


 クラリスが再びカレンに視線を戻した時、カレンの指がわずかに動いた。


 ほとんど気のせいのような動き。

 だが──

 その動きは、クラリスの方へ向いた。


「……カレン?」


 返事はない。

 指の動きもすぐに止まった。

 だがクラリスは確信した。


 この子はまだ、ここにいる。

 壊れてなんかいない。



 カレンが眠る間、クラリスはヘルマンに問い続けた。


「ヘルマン……カレンは、なぜ壊れたのですか」


「壊れたわけじゃねぇよ。 元からそう作られてたんだ」


 ヘルマンは椅子を引き寄せ、分解した部品を布で拭きながら続けた。


「F01──あの嬢ちゃんは、自由連合が旧帝国から盗み取った技術で、大戦末期に作った“最終型”だ。人間の感情を削り、記憶を潰し、命令だけに反応するよう組み替えた。考える前に撃つ“兵器”ってやつだな」


 ヘルマンは工具を置き、分解されたブレイカーⅡ型の銃身に指を滑らせた。


「Fシリーズってのはな……“帝国が最後にたどり着いた答え”だ」


 クラリスは息を潜めて、耳に意識を集中させる。


「初期のDシリーズは、ただの強化兵だった。中期のEシリーズになると、感情が暴走した。泣きながら敵味方を撃ち殺した奴もいた。自分の腕を噛みちぎって止まらねぇ奴なんかもいたな」


 クラリスは、思わず視線を逸らした。

 想像するだけで、胸の奥が締めつけられる。

 指が膝の上で震えた。


「だから研究員は考えを変えた。“感情を残すから壊れるんだ”ってな。で、Fシリーズ――あの嬢ちゃんの世代では、感情領域を全部削って、“命令だけ考える脳”にした」


 ヘルマンは淡々と続ける。


「……もっと正確に言うと、“考える”って工程すら抜いたんだ。反応だけが走るように神経を加工した。だから、迷う前に身体が動く。意思が追いつく前に、結果だけが残る」」


 クラリスは、眠るカレンの頬を一撫でする。

 体温がそこにある。

 カレンは、機械じゃない。


「普通の人間は『撃つか撃たないか』を判断する。F01は違う。『撃つための動作』だけが先に走る。だから速い。強い。……そして壊れやすい」


 ヘルマンは苦い笑みを浮かべた。


「一瞬の躊躇すら許されねぇ世界に、無理やり押し込んだんだよ」


 クラリスは、初めて耳にするDOLL計画に、声を震わせた。


「……そんなことを、人間に?」


「人間として扱っちゃいねぇよ。連中は“素材”として扱った。殺し方だけ残して、人間性を消す発想だ。記憶をすべて書き換えたんだ」


 淡々とした声で、ヘルマンは続けた。


「記憶改竄……そんなことが、本当に……」


 クラリスの声は細かった。

 ヘルマンは机の端に置かれた古い脳波記録装置を指先で叩いた。


「映像だよ。奴らは“記憶を映像として切り貼りできる”装置を使ってた。過去の記憶は白いノイズで塗りつぶされ、任務に必要な場面だけが残される」


「家族も……名前も……?」


「全部だ。“人間だった証拠”になるものは徹底して消された。F01も、たぶん……そうだろう。いや――そうでなきゃ、説明がつかねぇ」


 クラリスは唇を噛んだ。

 彼女が与えた“カレン”という名前は、この子にとって二度目の「はじめて」。


「記憶がないから、迷わない。迷わないから、速い。速いから、兵器としては“成功”だ」


 ヘルマンの声は乾いていた。


「……だからこそ、あの嬢ちゃんが見せる“揺れ”は異常なんだ。本来、こんな反応は残らねぇ」


 ヘルマンは、工具棚の一番下に置かれた錆びた箱を足先で押しやった。


「本来、F01は“最高額で売れる”はずだった。大戦の残党は今でも欲しがる。一人で小隊を潰す兵器だからな」


 クラリスは息をのむ。


「だが――売れなかった。奴隷商が“壊れてる”と判断したからだ。命令がないと動かねぇ。言葉も出さねぇ。武器だけは離さねぇ。あれじゃ買い手はつかねぇよ」


 ヘルマンは吐き捨てるように続けた。


「“動かない”のは、ほんとは正しい状態だってのにな……奴隷商も、軍の研究員も、誰一人として気づかなかった。あいつは戦闘モードじゃなかっただけだってことにな」


 クラリスの胸は苦しく締め付けられた。

 そのあとも、DOLL計画の全容がヘルマンの口から告げられる。

 ヘルマンは視線を落とし、声のトーンをわずかに下げた。


 DOLLを開発した旧帝国の研究塔がどういう場所だったか。

 終戦後は戦犯として、焼却炉と脳電撃で“処分”をしていたこと。

 書類上の処分を偽装し、多くを闇市や裏の業者に流していたこと。


 少年や少女が“素材”として並べられた床。

 焼却炉に残る骨の灰。


 ヘルマンの表情が少しだけ曇った。


「第ぜろ兵装研究塔……ゼロタワーはな。あれは地獄と言うより、もっと……無機質だ。俺は、そこにいた」


 クラリスは驚いたように顔を上げ、目を見開いてヘルマンを見る。


「音がねぇんだよ。子どもの泣き声も、兵士の怒鳴り声も、何もかも“処理”されてた。聞こえるのは、機械の作動音だけだ」


 ヘルマンは思い出すように手のひらを見た。


「あそこで作られた奴らは、“人間の音”を知らねぇ。だから感情を覚える機会がそもそもねぇんだ」


 クラリスは胸元で指を組んだ。


「けれど、カレンは……」


「そう。本来なら絶対に残らねぇはずの“揺れ”がある。そんなの、前例がねぇ」


 どれも、ヘルマンにとっては自らの経験と記憶であり、クラリスにとっては悪夢のような現実だった。


 クラリスは胸元で手を握りしめた。


「ヘルマン……アストレア家は、お父様たちはなぜ……」


「そうだ。あんたらの家は、“清廉と信頼の象徴”だからな。昔からこの非人道的な計画に反対してた。大戦に勝たなければならない議会の中じゃ異端だったんだ」


 ヘルマンは短く鼻を鳴らす。


「アストレア公は“反DOLL派”の急先鋒だった。そして、終戦後は、DOLLの人権を求め、処分には強く抵抗していた。都合の悪い奴は、消される。それが、今のアルブレア連邦の正体さ」


 クラリスが目を閉じ、大きく深呼吸した。



 ヘルマンの工房に来て七日目の夜。


 蒸気炉の脈動が少しだけ高くなり、工房の空気が微かに揺れた。


 クラリスがまどろんだ瞬間──

 袖口が引かれた。

 クラリスは息を呑み、カレンを見た。


 カレンの指が動き、次いで、閉じられていた瞳がゆっくりと開いていく。

 焦点が合うまでに数秒。

 視線は揺れず、一点だけを捉えている。


 (クラリス)


 その名を認識するように、微かに眉が動く。


 クラリスの胸が強く跳ねた。

 七日間、ただ願い続けていた瞬間が、静かに形になった気がした。


「カレン……」


 クラリスは、上ずった声でカレンを呼び、身を乗り出した。

 身体を起こそうとしたカレンを、クラリスが肩を押さえた。


 カレンの口からかすれた声がもれる。


「……お嬢様。状況を……報告……」


 まだ戦闘の意識が残っているようだ。

 だが、その声は、以前より柔らかく聞こえた。


「報告はいりませんわ。今は……休みなさい」


 クラリスが手を握ると、カレンの指が、ほんのわずかに握り返した。

 カレンの体温が戻っているのがわかる。

 その指からの感触に、胸の奥の何かが静かにほどけるような感覚を覚えた。


「カレン……よかった……」


 言葉はわずかに震え、それ以上の言葉の代わりに、涙があふれ出た。



 カレンが意識を取り戻すのを待っていたかのように、工房の外から重い振動が伝わった。

 ヘルマンが工具を置き、壁の振動計に触れる。


「来やがったな……」


 クラリスが顔を上げる。


「追っ手ですの?」


「ああ。国境を越えた。音の癖が軍の車列だ」


 軍用蒸気車複数台のエンジン音。

 規則的な重火器の操作音。

 地面に伝わる低い圧。


 クラリスの胸が強く脈打つ。


 ヘルマンは、淡々と続けた。


「だが、すぐには来ねぇ。ここらは貧民街で複雑だ。抜け道も多いし、旧帝国貴族が残した防衛ダクトもある。この区画は“行方不明者の迷宮”として知られてる。正規軍は不用意に踏み込まねぇ」


 ヘルマンは蒸気炉の圧を確かめ、眉をわずかに寄せた。


「時間は少しだけ稼げる。だが永遠じゃねぇ」


 クラリスはカレンの手を握り直し、静かに息を整える。


 蒸気炉の音だけが、工房に響いていた。



(つづく)

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