花と呪い

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花と呪い

 あらこんにちは。

 本当に時間間隔が違うのねえ。

 それとも私がおばあちゃんになったのかしら。

 こちらはなんにもないものだから、いつ連絡が来るのかも分からなくて。

 でも連絡の取り方が分かったのは僥倖だったわ。

 ハロー、こんにちは。

 こちらは天国。また会えてうれしいわ。



     ――花降る。




 こちらとあなたたちがつながっったのは宇宙の進歩ね。でも、何度も連絡を取り合うと意外と慣れるものね。

 これ? ああ、天国では花がずっと振っているの。綺麗でしょう。ガーベラ、アネモネ、チューリップ。法則があるのかしら。色は、来た最初の方は様々な種類が降るのだけど、段々と種類が限られていく。

 あっちでも絨毯みたいになっているでしょう。

 あちらもすごい量でしょう。私が初めて来た時なんかは、馬車の荷台に山積みにした石炭みたいだったわ! 

 こっちは湖。整備された自然が基本的に良しとされる価値観なのね。

 私の出身は冬が厳しくて、川も氾濫しやすい土地だったから、こんなに綺麗に整っている自然に最初来た時びっくりしたわね。

 家もあるし、娯楽もあるけど、そのまま住める自然が広がってるわ。

 そっちのこの不思議な板は、なあに?

 テレビ! テレビっていうと、近いものを再現していた子がいたけど、あれはもっと箱っぽくなかったかしら。

 やっぱり私の想定していた数十年の進歩を大いに超してくるのねえ……。

 こんなファンタジーみたいなものが、こんなに早く発明されるなんて。

 天才と呼ばれた私も「型落ち」かしら。

 やっぱりそう言うのねえ。

 うふふ、あの人も見直すかしら。

 ああ、あの人というのは夫よ。

 ああそうね、私の半生を語って無かったわ。

 そのためにあなたたちと通信が取りたかったのに!

 おばあちゃんになると無駄話が多くなって困るわ。

 うふふ、意識があって考える脳も全部まとめて揃ってるなら、そりゃあ脳も成長を続けるわ。

 若くして死んだ私があの世でおばあちゃんになってても、おかしくはないでしょう。

 なんて、ただの未練よ。まだ生きたかったもの、おばあちゃんに私もなりたかったから。そう振舞っているの。

 あら、また脱線しちゃったわ!

 



 でも、私が一番ショックだったのは、天国でも意識がはっきりあって、感情があることだったわねえ。

 だってそうでしょう。感情があるということは、拗らせる。

 天国に来てまで、全部に失望したり、こんなに知らない環境で、今まで信じて来たことが全部なくなるのって、怖いでしょう。

 天国に入るような善性って、悲しみも必要なのね。

でも、後から来た人が「強すぎる感情は脳の病気だ」って言っていたから、それを信じるなら、脳すらも病気しないようにできてるのかしら。感情を拗らせはしても、狂って動けなくなるということは無かったもの。

 ……あら怖がらせちゃったわね。

 そうそう、私について語りましょう。




 ――天国の天気は、晴れのち、花。




 といっても私が話すことなんてそんなに無いわ。

 場所はイギリス。産まれた時代は、そうねえ。馬車が風を切って走って、お尻の辺りを膨らませたスカートが流行って、発明が次々起きていたわ。電灯がぽつぽつと、明るく照らす下を歩くのが好きだったわ。

 さっきも言ったように、私は自然が厳しい場所に産まれたわ。

 でもそこで、優しい両親の愛情を得て、私は本来なら教えられなかったような知識を身に着けさせてもらえた。

 今はどうかしら。少なくとも私がいた時代は、女はそもそも勉強なんて生意気という感じだったから、両親がなかなか変人だったのよね。

 でも私はそこで終わらなかった。

 家を出て研究所に入って、そこで研究者に混じった。

 男性が書いているということにしてもらった。

 そこまで文句言ってられないわ。同じ時代に生きた人は発表させてもらえないか、旦那か上司の手柄になるのだから。むしろ、よく私に任せて貰えたと思う。なにもかもが幸運で、周囲に恵まれすぎていた。

 そこで私が研究に携われるように掛け合ってくれたのが、彼だった。彼がいなかったら何も始まらなかった。それだけでも、彼がどれだけ他の人と違うって分かるかしら。

 これが、さっき言っていた夫になる人よ。




 もう夫ったらずっと可愛くて、でも他の誰よりも賢くて、「ただ話してて楽しい」ってことがこんなに幸運で、ありふれた輝きで、幸せをもたらしてくれるなんて、思いもしなかった!

 ……ただ昔から、少し自分を責めすぎる人ではあったかしら。そこが彼を、より美しくしていたのかも。

 でも、私が欲しいのは船だった。知の海を渡って、未来の波を切り開いて、過去に航跡を残すこと。

 一緒に海を渡ってくれる船員が欲しかった。

 彼は良いライバルにもなってくれた。

 同じ分野で、私と同じ土俵で、寂しい時に光ってくれる灯台みたいに。

 それが嬉しくてたまらなかった。

 それをやめてしまったから、「どうして?」って聞いたら、「君はそんな人嫌いだろう」って。

 私に追いつきたくて、競っていたんですって。

 そこがかわいいのよ!




 そうね、そろそろ私が通信を取ろうと思ったきっかけを話そうかしら。

 ここで驚きの事実を教えるわね。

 よく、お化けが枕元に立つだとか、ポルターガイストの話があるでしょう。

 あれはね、私も「きっと霊素を解析すれば、あの世の存在をこの世に証明する時代が来るかも」と思っていたわ。実際、そんな研究している人も生きていた当時は見たし。

 だから、「生者は死者を見ることが出来ないけど、死者は生者の世界に来ることができるんだ」って漠然と思うわよね。

 でもね、ここへ来て違うことを知ったわ。

 ……あっちには行けなかった。

 こっちにあるテレビみたいなものを改良してみても、大声で叫んでも、一心不乱に祈っても、あちらには届かなかった。

 仮説の一つとしては、いわゆる「生霊」なら飛ばせる可能性はあるわね。ただ、その場合は自身のコピーなだけで、意識はまったく生霊には乗らない。

 それがなにより、かなしかった。

 会いたい。あの人に会いたい。

 でも同時に会いたくないからこそ、私はあなたたちと通信を取ろうと思った。

 なにか質問はあるかしら。

 ……あら、どうぞ。

「その、背後に落ちて来る花はなにか? こちらで言う雨のようなものか?」

 そう、これはね。教えてもらったのだけどね。

 これが二つ目に伝えたかった事実。

 死んだ人の頭上には、花が降るって聞いたことある?

 これはね。

 死んだ人を思い出す度に頭上に花が降るの。

 そうなの。

 私はあの人の間に子供が出来る前に死んだから。

 多分、この花たちは、あの人のものなんだと思うわ。

 いいえ、直感だけどね。

 この花はあの人のものなんだって分かるの。

 直感なんて科学的じゃないかしら。でも、直感って、長い道のりを歩く脳内の探究を省略して一瞬で頭にひらめくものだと思っているから、私は直感を信じるわ。

 さっき、来た時には、花が山盛りだったって言ったけどね。

 そうね、まだ降っているの。

 私がこっちに来て、もう数十年も経っているのに。




 私は研究の事故で亡くなったわ。

 それはあの人には関係ない。なにも悪くないわ。

 でもあの人。私の幸せ全部を与えたいとずっと言ってたから。

 多分、あの人のことだから、自分が悪かったとずっと思ってるの。




 私に花の意味は分からないわ。ただ降っているだけ。

 たまに違う花が混じっている。最初はどんな種類の花もどしゃぶりだった。

 でも不思議と、花の降り方の違いは分かる。

 ある時は、あまりにも軽く、浮ついて。

 私はその花に「私もよ」と答えるの。恥じらう乙女の紅に頬を染めてね。

 ある時の花は重く、濡れた上着のように。

 その時は「大丈夫よ、あなたの幸せを願うわ」と花に微笑みかけるの。

 それから逆巻いて激しく、肌を傷つけそうな勢いで小さな嵐を起こして、それからしばらくして、ゆっくりと、しとしと降る花びらになる。

 ずーっと。

 何年も、何十年も。

 なにも確かなことは無いけど、涙がぽろぽろ出るの。

「ごめんなさい。もうやめて。私は幸せだったわ」って言うの。

 やっと収まったかと思えば、一段、一層激しく。

 広げた両手の上で、嵐になって、花びらに乗った露が広がって。私の手を掴もうとする。

 だからずっと繰り返した。

「ごめんなさい。もうやめて。私は幸せだったわ」


 時々、その中で、花びらがね。弱弱しく私に当たるの。

 痛くはないけれど。

 落ちて来るんじゃなくて、多分、明確にぶつかろうとしているの。

「ごめんなさい」「やめて!」

 って私は言う。

 こんなところで夫婦喧嘩するなんてね。

 でも、あの人はそんなこと知らないから、ずーーっと、毎日繰り返すの。

 一日の中で、花が降る頻度が多くなった。

 ずーっと、ずーっと。降り続けるの。

一度も止まないまま、3日間降り続けて、ぱたっと止んだ日もあった。

土砂降りなの。

それが何年も経ったある日、やっと止んだの!

そしたらね。

凍ったような花びらが、ぱらぱら降った。

これは、多分ね。

あの人ね、変なところで馬鹿だから。

私の事を忘れるのが怖かったのよ。




ずーっとそれが続いて、ある日に。

ようやっと。ゆっくりした、明るい、穏やかな花びらが降った。

結婚式の道を歩く時みたいに。

掌を広げると、掌の上の空気に沿って、ふわふわとひらめいていった。

もちろん、花がどしゃぶりに戻ることもあった。

その度に、凍ったような花びらが短く降ってから、明るい花びらが降り出した。




あなたたちは、誰からも忘れられるのは辛いかしら。

私もよ。

あの人が一度も私のことを思い出さないのは辛い。

いつ降らなくなるかしらって思ってた。

うふふ。

意外なことだけど、ここに居る人たちはね。

時々でも、花が降っている人ばかりよ。

花が無いのは、周りの人がとうとうみんな、天国に来た人だけ。

きっとねえ。生きているだけで、誰かのことを思い出しているんだわ。

朝、珈琲を飲む時も。

昼にふと空を見上げた時も。

夜にランプを覗き込んだ時も。

どこかで思い出しながら生きるのね。





その頃から、私は通信技術に興味を持って、あの世とこの世の通信を試みてみることにした。

元々、天国には不思議がいっぱいだったから。

理屈で考える世界じゃないかもしれないし、それが神さまに対して失礼になるかもしれないけど、私は、私の中の好奇心という誠意で、いつでも世界に向き合いたかった。

それが、私情を混ぜるようになった。



 

 なにがあったのかは分からないけど。

 何年か前に、また凍った花びらが降った。

 なんとなく、私はあの人が、こうなんじゃないかって思った。

 ……。




 あの人がまだ生きていて、もしも連絡が取れたのなら、こう伝えて欲しいの。

もう忘れていいの。

 これを言うためだけに、こんなに時間が経ってしまった。




 もう忘れていいの。

 誰かに話さなくてもいい。

 無理に幸せにならなくていい。

 私に対して酷いことをしてもいい。

 不幸にならなくてもいい。

 朝を静かに過ごせたらそれでいい。

 もうやめてほしい。

 どうしてこんなものを天国と呼んだの。

 もうやめてほしい。

 でも長く生きて欲しい。

 早く会いたい。

 こちらに来てほしくない。

 だから忘れて。

 たとえ花が降らなかったとしても、私は幸せだったわ。







 私はね。実は悪霊なの。

 うふふ。そちらの基準だとそうだと思うわ。

 だって、私は、あの人のことが憎くてたまらない。

責めるような日には「私が悪いわけじゃない」と一瞬でもよぎってしまった。

張り付くような花びらに腹が立つ日もあった。

 重たい花びらに、思わずため息をついてしまう日もあった。

 私が呆れれば、あの人の深い悲しみから離れてしまう。

 私の心とあの人の心が離れる瞬間を、なによりも激しい苦痛に思った。

 こちらに来て欲しいと思ってしまった。

 会いたいのに、会えないのに、片時も忘れてくれない。

 きっとね、あの人は私が忘れたら怒ると思っている。

 私のことが怖い瞬間もあったかもしれない。

 私が恨んでるかもって。

 正しい私が分からなくなったと思う。

 人間は生きている時ですら、正しく相手を捉えられることはない。

 なぜなら相手があまりにも、理不尽なまでに、そのままに存在しているから。

 それが何十年も離れれば、当たり前に別人のように、あなただけの私になってしまうのでしょうね。

死んだ時に、誰も知らないまま葬り去られた部分のことを、孤独と言います。

 でも私は。そうでありたかった。

 天国でさえ生きたくなかった。

 誰かの心の精霊のようになれるんだと、信じていた。

 それならいっそ、忘れてと思う日もあった。

 でも、それ以上に。

 あの人を傷つける、あの人が憎かった。

 会いたいのに会えない、なのに悲しみは分かるの。花がただ感情もなくふわふわと降るだけでも、嫌だったでしょうね。

 お願い。

 忘れて。

 部屋から絵も写真も無くなるみたいに。

 紙がやがて風化するみたいに。

 ただ忘れて。

罪悪感を。

それから、ただ。

あなたの呼吸の一部にさせてほしい。




 でも最後に、あの人は言ってくれるかしら。

 こちらに来た時に。

 穏やかな花が降るように。

「あなたは生きる意味だった」って。

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