精神科医の俺がヤンデレ女神に顔面全振りで転生させられた件

くりべ蓮

第一部「愛執の楔」

序章「ヤンデレの手招き」

第1話「顔面偏差値に全振りされた転生」

刃物が腹に突き刺さった瞬間、俺が考えたのは――



「ああ、カップ焼きそば、食べ損ねたな」だった。


馬鹿みたいだ、と自分でも思う。


でも精神科医として知っている。


人は死ぬ時、どうでもいいことを考えるものだ。


防衛機制というやつ。現実から目を逸らすための、最後の抵抗。



「アカリちゃんを汚す奴は許さない!」



刺した男が泣きながら叫んだ。


涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔。典型的なストーカーの末路だ。


ああ、そうか。アカリの件か。


違う、と言いたかったが、血が気管に流れ込み、声にならない。



あれは酔った患者が勝手に抱きついてきただけで――


いや、もう説明する意味もない。


仮にも俺は医者だ。この傷の深さなら、もって三分。


救急車が来ても、間に合わない。



三十三年の人生。医学部六年、研修二年、精神科医として七年。


結局、俺は誰も救えなかった。


妹も、患者も、そして自分自身も。



街灯の下、袋に入ったままのカップ焼きそばが転がっていた。


ソースの小袋だけが、光を反射していた。



意識が途切れる。





暗闇の中に、女が立っていた。



月よりも白い肌。血のように赤い瞳。


その微笑みは、恋を知った少女のようで、同時に狂気を孕んでいた。



「やっと、私のもとに来てくれたのね、愛しい人」



冷たい指先が頬をなぞる。



「……誰だ、お前」



「女神カルミナ。私があなたをここに導いたのよ」



俺の背筋が粟立った。



「“先生がアカリちゃんを狙ってる”って、ちょっと囁いただけ。


まさか本当に刺すとは思わなかったけど……」



カルミナは妖艶な笑みを浮かべた。



「ねえ、あなたも悪いのよ。私以外の女に優しくしたでしょう?」



その笑みは、拗ねた恋人のようで、どこか無垢だった。


神にしては、人間くさすぎる。



「ずっと見てたの。医局で一人、カップ焼きそばを食べるあなた。


誰も助けてくれなくても、患者を見捨てなかったあなた。


そんなあなたを見て、思ったの。


“壊れるところが、見たい”って」



女神の瞳が針のように収縮した。



「でも、妹のことで自分を責めるあなた。


あれは許せなかった。だから、もう私だけを見て」



俺は一歩引きながら、冷静に答える。



「……精神科医の経験上、そういうのは依存って言うんだ」



「あら、愛ってお互いに依存しあう事でしょう?」



女神は唇を歪めて笑った。



「あなたの心を“治す”のは、私の役目。


その代わり、あなたは私が造った世界を救って」





「転生ボーナスが割り振れるんだけど……


まずは名前よね。そうね……カイラスがいいわ」



「俺はシンイチだが、まあ、好きにしろ」



「あなた、素直ね。愛しい人。


転生ボーナスは、顔面偏差値に全振りしておいたわ」



「……顔?」



「ええ。美しい人の方が、壊れる時、ときめくじゃない」



俺は息を呑んだ。


笑いながら平然と狂気を語るその姿に。



そして、俺の7年間の精神科医としての経験が、


『こいつ、重度の境界性人格障害だ』と言っていた。



いや、人格じゃなくて神格か。


孤独が生んだ、究極の愛着障害。



そしてその時、心のどこかで決めた。



この女神、いつか俺が治してやる。



視界が紅に染まる。





石の床。腐臭。血と鉄の味。


目を開けると、闘技場の地下牢だった。



「おはよう、カイラス」



カルミナが微笑む。手には宝石まみれの手鏡。



「じゃーん、私の最高傑作!」



鏡の中には、十七歳ほどの美少年。


白い肌、長い睫毛、群青の髪。


まるで少女漫画の主人公。



「どう? 転生ボーナスを顔に全振りしただけのことはあるでしょ?」



「いや、俺としては普通にチートスキルとかがよかったのだが?」



「つまらないわね。私のカイラス、そんなので私の世界を救えると思ってる?」



カルミナは軽く笑い、指先で俺の唇をなぞる。


笑みを浮かべながら、顔を近づけてきたかと思うと、


唇が触れ、そして――痛み。


下唇を噛まれ、血の味がした。



「その傷の痛みの度にいやでも私の事を思い出すでしょう? カイラス」



「私はずっと、あなたを、あなただけを見ているわ」



赤い光が爆ぜ、女神の姿が消える。





カチャリ。


……カチャリ。



金属の音。


牢の奥に、一人の少女が座っていた。



煤と血に汚れた軽鎧。


虚ろな瞳。


そして、月の光を束ねたような銀の髪。



抜いて、納める。抜いて、納める。


その動きに異様な正確さがあった。




俺は息を呑んだ。


――精神科医として、すぐに分かった。


これは、強迫行動だ。


もう一人の患者か。


この世界、病んでる奴ばかりじゃないか。


ファンタジー世界でなくて、メンヘラ世界か?



――――――――――――――――


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