第47話 死ぬな!小林さん

🔬百七十一:ステージ0の診断とナノマシンの限界

​ 本郷猛は、運転する傍ら、小林昭吉の首筋に緊急用の小型センサーを貼り付け、そのデータをダッシュボードに置いたスマートフォンで解析した。

​「小林さん、あなたの病状は……**肺癌、初期段階(ステージ0)**だ」

​ 本郷の声は、緊張で張り詰めていた。初期段階とはいえ、癌は癌である。

​(ステージ0の肺癌の主要な治療法は、外科手術による『局所的な切除』だ。がんはまだ肺組織の最上層に留まっており、リンパ節や他臓器への転移はない。手術による『完全な除去』が最も確実で、再発のリスクも低い…)

​ 科学者としての本郷は、最善の治療法を知っていた。しかし、彼らが今いるのは、特殊部隊やギャングに追われる逃走中の車の中だ。大病院で手術を受けさせることは不可能だった。

​ 本郷は、自らのナノマシン技術にすべてを賭けるしかなかった。

​「私が注入したのは、私の開発した**『自己修復型ナノメディシン』です。これは本来、変異体の毒素を中和し、細胞を急速に再生させるためのものだが……癌細胞のような『異常増殖細胞』に対しても、選択的なアポトーシス(細胞死)を誘導する『標的機能』**を組み込んでいる」

​ しかし、本郷は冷静だった。

​「ただし、このナノマシンは、桑田君のような血液内の病原体には絶大な効果を発揮するが、**固形腫瘍(ソリッド・テューマー)である癌細胞を『完全に』除去できる保証はない。特に、初期の『切除が最善』**とされる癌細胞に対して、外科手術を代替できるほどの成功率はまだ確立されていない…」

​ 本郷は、小林を**『モルモット』にしてしまうことへの、科学者としての罪悪感と、『おやっさん』**を救いたいという感情との間で激しく葛藤した。

💨百七十二:ナノマシンの激痛と小林の覚悟

 ​ナノマシンが小林の体内で活性化するに伴い、小林の苦痛は一時的にさらに増した。

​「う、ううっ……藤岡……こりゃ、**『修理』じゃねぇな……『分解』**だ……!」

​ 小林は呻いた。ナノマシンが癌細胞を攻撃し、異常細胞を分解する際に生じる炎症と、局所的な破壊活動の痛みが、彼の肺を再び襲ったのだ。

​ 本郷は、アクセルを踏み込みながら、小林の手を強く握った。

​「耐えてください、小林さん!これは、癌細胞が**『死滅』している証拠だ!しかし、この痛みに耐えれば、あなたの『命』は繋がる!私にあなたの体内の『異常』を、『正常』**に戻す時間をください!」

​ 小林は、激痛に耐えながら、本郷の真剣な横顔を見た。本郷の技術が、**『なんでも修理屋』では扱えない、『生命』**という名の最も複雑な機械を修理しようとしていることを理解した。

​「……フン。世界と戦った男の**『修理』**か。大したもんだな、藤岡……」

​ 小林は、激しい痛みに意識が遠のきそうになりながらも、覚悟を決めたように言った。

​「いいか、藤岡。お前がもし、俺の**『命のネジ』を締め直せるっていうんなら、やれ。だがな、失敗した時は、『修理代』はなしだ。その代わり、『生きる』ってことの、『本当の価値』**を……最後まで教えてやる」

​ 小林の言葉は、本郷の**『治療』に対する覚悟を、さらに強固なものにした。彼は、『おやっさん』**の信頼に応えなければならない。

百七十三:隠された基地と、ナノマシンの最適化 🛠️

​ 本郷は、都市から離れた山間部にある、結社がかつて**『実験体の廃棄』に使っていた古い地下施設に車を滑り込ませた。彼は、桑田洋を逃がした後、この施設の一部を『極秘の治療兼研究拠点』**として再整備していた。

​ 小林を、簡易ベッドに横たえさせた本郷は、すぐに**『ナノマシンの遠隔制御』を開始した。彼の目的は、ステージ0のがん細胞を『外科手術に匹敵する精度』**で完全に除去することだ。

​ 本郷のスマートフォンには、小林の肺組織のナノレベルの画像が映し出されていた。

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