第5話 古河での災難

 これまでの流れ:

​ **五霞**の工場で大西が蹴られ、ゴカキックに変身。

​ 南栗橋駅前で田端が殴られ、クリハシ・クラッシャーに変身。

​ 小説家・鷹山トシキが二つの事件を追っている。


 ​十三

​ 鷹山トシキがナナハンを南栗橋へと急がせている間も、古河市――五霞から利根川を挟んで近い、歴史ある街――の片隅で、ゴカキックの**「再臨」**が始まっていた。

​ 五霞での事件以来、大西誠の行方は杳として知れなかった。工場の現場は破壊され尽くし、彼は文字通り「煙のように」消えたのだ。

​ しかし、大西の体は、あの夜の変身によって、不安定な「異形」の体質へと変貌していた。彼は普段、かろうじて人間の姿を保っていたが、極度の肉体的・精神的なストレスがかかると、体内の変身スイッチが強制的に入ってしまうようになっていた。

​ その日の夜、大西は古河の寂れた裏通りで、震えながら蹲っていた。彼は事件のショックと、自分の体が変質してしまった恐怖から、まともな生活を送れず、数日ろくに食事もとっていなかった。

​「うっ……うう……」

​ 襲ってきたのは、激しい胃の痛みだった。空腹とストレス、そして人間であることをやめたことへの底知れぬ恐怖が、大西の胃を鋭利な刃物で抉るように責め立てる。

​ それは、あの夜、背中を蹴られた時とは違う、内側から湧き出る痛み。生きていくことへの、生命そのものの**「拒絶反応」**だった。

 十四

​ ゴカキックの再変身は、五霞の夜よりも静かで、しかし凄惨だった。

​ 胃の痛みに耐えかね、大西はアスファルトの上で、嘔吐した。吐瀉物に混じって、黒曜石のような甲殻の破片が混ざり始めた。

​「嫌だ……もう、もうイヤだ!」

​ 彼は呻いた。しかし、彼の意思とは裏腹に、背中を中心に全身の皮膚が弾け、あの漆黒の重装甲が、再び外側へと展開し始めた。筋肉と骨格が軋む。変身の度に、大西誠という人間は、より深く、ゴカキックという怪物に喰われていく。

​ 数秒後、古河の裏通りには、異形の巨体が再び立ち上がっていた。ゴカキックだ。

​ 今回は、胃の痛みという**「内側の苦痛」**がトリガーとなったためか、彼の甲殻は五霞の時よりもさらに厚く、胸部から腹部にかけては、巨大な肋骨のような突起が張り出し、見る者に威圧感を与えていた。

​「グオォォォォォ……」

​ ゴカキックは、古河の街を見下ろした。その目には、もはや痛みや怒りではなく、**「満たされない飢餓感」**が宿っていた。

 十五

​ 南栗橋へ向かっていた鷹山トシキは、南栗橋の**「振動」の波動に加え、北の古河から立ち上る、既視感のある「甲殻」**の波動を同時に感じ取り、驚愕した。

​「馬鹿な……二体同時進行だと?いや、この古河の波動は……五霞のゴカキック本人だ!」

​ 鷹山は即座に判断した。南栗橋のクリハシ・クラッシャーは**「変異の連鎖」、古河のゴカキックは「存在の再起動」**。

​「しかも、あのショッカーもどきどもが、どちらを狙っているか分からない……」

​ 鷹山はバイクを急停車させ、地図アプリで三つの地点の位置関係を確認した。

 五霞工場跡地(最初の変身地点)

​ 南栗橋駅前(クリハシ・クラッシャー)

​ 古河市街(ゴカキックの再臨)


 ​三つの地点は、およそ半径数キロメートル圏内に存在していた。この狭い地域に、立て続けに二種類の怪物が現れたという事実は、偶然ではありえない。

​「これは、ただの事件じゃない。誰かが、この地域の**『負のエネルギー』を使って、意図的にこの現象を増幅**させている」

​ 鷹山は決断した。クリハシ・クラッシャーは強力だが、ゴカキックは人間だった頃の理性がまだ残っている可能性がある。彼は、コントロールできる可能性のあるゴカキックから先に接触を図るべきだと判断した。

​ 鷹山はナナハンの進路を、急いで古河市街へと変更した。その先に、古河をさまよう飢えたゴカキックと、それを追う謎の組織が待ち受けていることを知らずに。

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