第32話 少しだなんて言わないでくださいよ

 それから少し時間が経って、皆さんそれなりにお腹も満たされてきたらしく今は和やかな談笑ムード。私も時々串焼きなんかをつまみながら、領民の皆さんとおしゃべりしてる。


 霧が晴れたことや豊作についての感謝から始まり、普段の生活や冬支度、はたまたエリーゼさんから聞いたという噂話まで。……なんていうか、こんなに肩の力を抜いて雑談ってできるものなんだね。ほら、王宮だとやっぱり気を張ってないといけないから。


「アリシア様、楽しんでおられますか」


 と、領民の皆さんとの会話が途切れたタイミングで、ローザが私に話しかけてきた。ローザは確か、私のあいさつが終わった後からは追加の調理や配膳を手伝ってくれていたんだっけ。


「はい。こんなに楽しいパーティーは久しぶりかもしれませんね」


「それならば良かったです。アリシア様はこの手の夜会がお好きでないと思っておりましたので」


「あはは……まぁ、そうですねぇ……」


 つい乾いた笑いが出てしまう。だって王宮での夜会なんて大体私空気だったからね。注目を浴びるのはいつだってグスタフお兄様やベアトリスお姉さまみたいな、権力もあって華もある方々ばかり。


 一人で静かに時間が過ぎるのを待つ私の姿はまさしく壁の花。もとから交渉事とか腹の探り合いみたいなのは苦手だからそれはそれでいいんだけど、ただいるだけっていうのもなかなかに気を遣うわけで。


「でも、ここは王宮あそことは違いますから」


 最初こそ厳しい目で見られたけれど……少なくとも今は誰も、私を生まれや肩書で見たりなんてしない。私がやったことをちゃんと見て、認めて、受け入れてくれる。そんな人がいてくれることがどれほどありがたいことか。


「信じあえる人たちと食べるご飯っておいしいですね、ローザ」


「そうですね。『何を食べるかより誰と食べるか』という言葉もあるくらいですから」


 そんな言葉があるんだ。ローザって物知りだなぁ。……それにしてもいい言葉だね。このパーティーの雰囲気を味わっちゃうと、確かになぁって納得しちゃう。


 改めて広場を見回す。鍋ごと食べつくすような勢いでシチューにがっつくシルフィア様に、ほくほくのジャガイモを食べて微笑んでるミラちゃん。さっき串焼きを持ってきてくれた女の子ははしゃぎすぎちゃったのか、おねむモードでお母さんに抱っこされてる。焚火にあたってるトマスさんのところには自然と男性陣が集まってて、時折豪快な笑い声が夜空に響いてる。


 ――あったかいなぁ。


 口にしたシチューは少し冷めちゃってるはずなのに、不思議とそんな感想が胸に浮かんだ。


「……そうだ、ローザも一緒に食べましょう。よそってきますね」


「いえ、アリシア様のお手を煩わせるわけには」


「いいんですっ。ここまで頑張ってくれたんですからたまには恩返しさせてくださいっ」


 そう言ってちょっと強引にローザを押しとどめて鍋の方へと駆け寄る。門番みたいになってるシルフィア様の横を通り抜けてシチューを一杯。ついでに私の分も一杯。


「はいどうぞ。あったまりますよー」


 湯気が立つ器をにこやかに差し出すと、ローザは受け取りながら呆れたみたいに目を細めてた。


「……アリシア様がお食べになりたかっただけでは」


「違いますよー。私のはついでです、ついで」


 まぁこれが六杯目になるからおかわりするのがはばかられてたのは事実だけどね。でもそのための出しにしたわけじゃないのはわかってほしい。


「誰と食べるかが大事なんですよね? ローザと一緒ならもっと美味しくなりますから」


 その一言とともにシチューを一匙口に運ぶ。物は同じはずなのにどこかコクが深くなったような気がして、つい頬が緩んじゃう。うん、やっぱりこれを食べないなんてありえないね。


「ほらローザ、遠慮しないで食べてください。王宮にいたころはよく夜中に抜け出して一緒にお夜食食べたりしたじゃないですか、あのころのお夜食もすっごくおいし――」


 そんな風に昔――というほど離れてはないけど――を懐かしみつつ、どうせ遠慮して手を付けていないだろうローザに目を向けると。


「……」


 ローザは何故か、器を両手で包み込んだまま固まってた。


「……ローザ? どうかしましたか?」


「――本当に、そういうところがズルいのです、貴女は」


「へ? 何がです? というかそれミラちゃんからも言われたんですけどどういうことですか?」


「ご自分でお考え下さい。おそらく一生答えにたどり着くことはないでしょうが」


「ちょっ、ちょっとなんでそんな意地悪言うんですか!? 教えてくださいよ!?」


 答えを強請って言い縋る私と、そっぽを向いて躱すローザ。そんな私たちの攻防は、シチューの最後の一杯がなくなって皆さんが撤収準備に入るまで続くのだった。


 ちなみに最後の一杯もシルフィア様で、律義に数えてたミラちゃん曰く十三杯平らげたらしい。だったら三杯くらい分けてほしかったなぁ……無念。


 ◆


 撤収が終わって館に引き上げてくると、いつの間にかシルフィア様の姿がなかった。どうしたのかなと思って探知してみると、どうやら屋上……というか屋根の上にいるみたい。


 大精霊様だし危険はないとは思うけど、一応我が家の客人なんだから様子は見ておいた方がいいよね、ということで、私も風魔法を使って自室の窓から屋根の上へと上がった。


 かくして、そこには。


「……」


 愁いを帯びた瞳で空を見上げるシルフィア様の姿があった。


 静かに風になびくプラチナブロンドの髪が月光を反射して煌めき、翡翠色の瞳はその色を濃くして今も緩やかに濃淡を変えている。ただ古びた館の屋根に腰を下ろしているだけなのに、その姿はまるで完成された一枚の絵画のようだった。


 不意に、彼女の顔がこちらを向く。唇は笑みの形をとっているのに、その表情はどこまでも悲しげだった。


「……あら、こんな遅くまで起きてて大丈夫なのかしら? 『お寝坊王女様』」


「……どこでそれを」


「リョーミンが教えてくれたわ。いいじゃないお寝坊でも。可愛いわよ」


「人には認めたくないものがあるんですっ」


 唇を尖らせながらも彼女の隣に腰を下ろす。彼女はくすくすと笑いつつ空へと視線を戻した。


「ふふっ、人間ってめんどくさいのね。……いいわ。あたしも大寝坊したみたいだしこれ以上は言わないで上げる」


 そのまま私たちの間に沈黙が降りる。眼下に広がる集落もすっかり寝静まって物音一つしない。つい数時間前までのにぎやかさが嘘みたいに、静かな夜だった。


「……ねぇ、アリシア」


 シルフィア様が不意に口を開く。


「あの時、なんであたしを呼び止めてくれたの?」


 言うまでもなく祠の前での話だろう。少しだけ答えに迷ったけれど、流し見た横顔にうっすらと影が差しているのを見て、下手な取り繕いはやめることにした。


「……寂しそうだったからです。このまま放っておくのは絶対にダメだって。そしたら多分、二度と会えなくなるって」


 気づくべきだったのかもしれない。いくらシルフィア様が精霊で多少私たちと価値観が違ったとしても、快活な性格だったとしても、いざ目覚めて記憶が全くなければきっと怖い。いきなり敬われて一線を引かれれば、寂しい。私たちと接する時の態度がシルフィア様の素の姿なんだとしたらなおさらだ。


 だからこそ、すんでのところで気づけて良かった。あの場で呼び止められなかったら次の機会なんて訪れなかったんだろうなって、今のシルフィア様の横顔を見てたらわかってしまう。


「……あんたっておっとりしてそうなのに、そういうところは鋭いのね」


「さっきから一言多くないです?」


「あはは、ごめんごめん」


 シルフィア様は力なく笑う。


「まだほとんど何も思い出せないんだけどね。多分昔のあたしは、ここの人間たちと仲良くしてたんだと思う。あんたたちと話してると胸の奥がムズムズして、あったかくなるから」


 シルフィア様は胸元に右手を寄せてぎゅっと握り締める。


「だからあの時――仲間外れにされたみたいで、嫌だった。寂しかった。でも、あたしには記憶がないからどうしようもない。だったらおとなしく寝ていよう、次に目覚めたらきっと全部思い出してるはず。そう、思ってた」


 シルフィア様の瞳の中で、銀色の月が滲んでいく。


「でも、アリシアは呼び止めてくれた。ここに招いてくれたし、受け入れてくれた。ここしかない、ここじゃなきゃって、そう思ったの」


 ――だから私は、気づけたのかもしれないね。


 誰かに認められたい、受け入れられたい。それは誰よりも私が求め続けてきた感情だから。


「強引に押し通してごめんなさい。でも少しだけ、あたしをここにおいてほしい。他に居場所なんて、ないから」


 微かに声を震わせて俯くシルフィア様は、歓迎会の時までとはまるで別人みたいで。


「シルフィア様」


 私はそっと、彼女の手を取った。


「少しだなんて言わないでくださいよ。大丈夫、あなたはもうこの集落の一員です。だって皆さんあんなに歓迎してくれたじゃないですか」


 シルフィアさんは驚きに目を丸くしてる。そんな表情も絵になるからすごいなぁ。


「もちろん私も大歓迎です。一緒に記憶を取り戻しましょう。……そのついでに少しだけ、私のことも手伝ってくださると助かります」


 シルフィア様はしばし呆然とした後、ようやく硬さの取れたほほえみを見せてくれた。


「……ありがとう。あたしにできることならなんでも言って頂戴。必ず力になるわ」


 シルフィア様はそう言って、私の手を力強く握り返してくれた。月明かりに照らされた笑顔にはもう、影なんて跡形もなくなっていた。


「それじゃあそろそろお部屋に戻りましょう。風邪ひいちゃいます」


「ダイセーレーは風邪なんて引かないわよ。……でもそうね、だったらアリシアと一緒に寝たいわ!」


「へ? いやいやそれはちょっと……」


「いいじゃない女同士なんだし! その方があったかいわよ!」


「ダメです、ちゃんと客室で寝てくださいっ」


「何よ、アリシアのけちんぼ!」


「なんでそういう言い回しばっかり覚えてるんですか、というかそんなにくっついたら動きづらいですって!?」


 ……なんかすごーく慕われてるような気がするのは何故でしょう?


 ま、まぁともかく、私の領地にまた一人、志を共にする仲間が増えました。追放されてきたときはどうなるかと思ったけど、気が付いたら何だか王宮にいたころよりもずっと充実した毎日を過ごしている気がしますね。ある意味ではこれも【目覚まし】のおかげなのかな?


 ……そういう意味だと、この【目覚まし】って結構謎なんですよね。最初はただ寝てる人を起こすだけのギフトだって思ってたけど、作物といいミラちゃんの件で発覚した才能といい、どうも幅が広いというかそれだけにとどまってないというか。


 それにいくら眠っていたとはいえ本来なら人間なんて全然及ばないような大きな力を持つ大精霊様まで目覚めさせられたわけで。こうなってくるともうただの謎無能ギフトとは思えないんだよね。


 うーん……まぁ、あまり考えていてもしょうがないですね。今の私にできることは、この力で『白霧の領』を発展させること。もっともっと頑張って、必ずここを立派な領地にして見せます!


 ===


 あと1話だけ幕間が残ってますが、これにて第4章完結です。お読みいただきましてありがとうございました!


 もしお楽しみいただけておりましたら、ぜひ★やフォローで応援いただけると嬉しいです……!


 なんか終わりっぽいモノローグになってますが、これはこの章までで言うなれば第1幕が完結したからであって物語はまだまだ続いていきます!

 不吉・孤立・理不尽の象徴だった霧が晴れて、領地はいよいよ本格的な発展の道を歩むことになります。


 アリシアたちがどのように領地を改革していくのか。またすごーく慕ってくるみんなとの関係はどうなっていくのか。この先もどうか見届けていただけたらうれしいです……!


 冒頭にも書きましたが、この後は幕間を1話挟みまして5章へと移っていきます。幕間では、追放の真相がちょっとだけ明らかに……?


 次回もお楽しみに!

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