第30話 お世話になることは確定なんですね

 というわけで、森の出口でミラちゃんと別れた私はシルフィア様を館にご案内したわけなんだけど。


「すみません、こんな感じであんまり綺麗じゃなくて……」


「あらいいじゃない。自然の中で一生懸命耐えてきた証なんだから恥じることなんてないわ」


「そ、そうですかね……?」


 まずろくに補修もできてない外壁やら何やらを褒められて出鼻をくじかれ。


「その、殺風景で申し訳ないんですけど……」


「木造の家っていいわよねぇ。やっぱり森を感じられるからかしら?」


「えっと……そういうものなんでしょうか……?」


 装飾もほとんどない広間に案内すれば、壁や床の板材に目を輝かされ。


「あ、そこの段は危な――ってそっか、シルフィア様は浮いてらっしゃるから大丈夫そうですね」


「あら、今のギィッて音は何? 面白い音ね!」


「ちょっ、わざと踏み鳴らすのやめてくださいっ!」


 配属初日にローザが体重をかけに行った階段の板をおもちゃにされ。


「あ、あの、そこは私の寝室なのであんまり見られるのは……」


「あなたたち人族にとってはこの館寒くないかしら? あそこの壁あたりに物を置けばだいぶ隙間風が防げそうよ」


「……ホントだ、全然違う……!?」


 何故か館の修繕のヒントまでくれたりして。


「ふふっ、やっぱり寝てるより面白そうね! あたしもここに住むわ!」


「えぇ……?」


 ……なんというか、いたく気に入られちゃいました。


 いやまぁ、引かれるよりはよっぽどマシなんだけどね? ここまで全部受け入れられるとさすがに勘ぐっちゃうというか……いや、そんなの無意味なくらい声色も明るいし目も本気なんだけど。やっぱりアレかな、私たち人間と精霊様では感性が違うのかな。


「その、本当に良いんですか? たぶん前の祠のほうが居心地良いと思いますよ……?」


「いいの。こっちのほうが自然に近い感じがするし、人とも近いし! それに――」


 シルフィア様はそこで、目の前の皿に盛られたスープのジャガイモを口に運んだ。言い忘れていたけどここは食堂で、私たちは同じテーブルについて向かい合っている。


「はふ、はふっ……んーおいしい! こんなにおいしいお野菜なんていつぶりかしら! これを食べられるんならそこら辺の道端に寝たっていいくらいよ!」


「そ、そんな大げさな……というか大精霊様にそんなことさせられませんよ!?」


 せめてものもてなしにと昼食用にローザが作ってくれたスープをお出ししたら、これまた随分とお気に召したみたい。にっこにこの大精霊様のおなかの中にはすでに三杯のスープが消えている。


「当然です。アリシア様が育てられた野菜のスープなのですから」


 そのローザはシルフィア様の器が空になりそうなところを見計らってすかさずお代わりを注ぎ足してる。この辺りの手際は相手が誰であろうと変わらないみたい、さすがだね。でもその言い方だと大精霊様より私が育てた野菜のほうが位が高いみたいに聞こえるからやめてほしい。


「わ、私だけの力じゃありませんよ? この集落の皆さんの頑張りあってこそですから」


 これは謙遜でも何でもない事実。私の【目覚まし】はあくまでもきっかけに過ぎなくて、領民の皆さんがこの地でも育つ作物を懸命につないで育ててきたからこそ目覚めさせて収穫までこぎつけたんだもん。それを私の手柄みたいに言うのは流石におこがましい。


 そんな思いを込めて訂正すると、シルフィア様が木匙を咥えたまま目を丸くした。


「……どうかしましたか?」


「あぁいえ別に。それだけの力を持ってるわりに随分謙虚なのね」


 おぉ、大精霊様にそう言われるとちょっと調子に載っちゃいそう。まぁでもきっと社交辞令みたいなものだよね。何せ相手は魔法の化身、彼女たちからすれば人類なんてひどくちっぽけなものだろうし。


「そんなことありませんよ。私くらいの人なんていっぱいいますから」


 微笑んで首を左右に振ると、何故かシルフィア様はものすごく怪訝な顔をしてローザへと視線を向けた。その視線の先で、ローザもまた小さく首を横に振っている。


「……そりゃそうよね」


 私にはわからなかったけど二人の間では何かが通じたのか、シルフィア様はあきれたようにため息をついた。あれ、今のやり取りのどこにあきれられる要素があったんだろう……?


「まぁいいわ。そんなことよりこれからお世話になるんだし、何かあたしにできることはないかしら?」


「お世話になることは確定なんですね……」


「当然よ! 追い出されたらそこの庭に居ついてやるんだから!」


「や、やめてくださいそんなことされたらここにも居場所がなくなっちゃいますからっ!」


 大精霊を外にたたき出したなんて知れたらいよいよもって国賊だよ私。いやまぁご本人が大精霊って認識がないしどうなるかはわからないけど。


「そうねぇ……じゃあちょっとだけあたしの力を見せてあげる。ついてきなさい」


 シルフィア様は話の最中にももりもり食べてたスープ(五杯目)をぐいっと飲み干すと、勝手知ったるって感じで玄関へと歩き始めた。私とローザが慌てて追いかけると、シルフィア様は羽のようにふわりと浮かび上がり、あっという間に館の屋根より高い空中へと飛んで行った。


「アリシアはリョーミンが大事なのよね? ならそのリョーミンのために、あたしが人肌脱ごうじゃない!」


 そんな宣言の直後、シルフィア様の右手に膨大な魔力が集まり始める。集まった魔力は芽吹きたての新芽のような力強い緑色の輝きを伴って膨れ上がり、やがて渦を巻き始めた。


 あまりにも静かすぎる竜巻が、シルフィア様の手のひらの上で踊っている。それなのに周囲には一切の風が吹かず、麦わら一本すら動かない。


 代わりに、動いたのは。


「……霧が、吸い込まれてく……!?」


 最初は見間違いかと思った。けど確かに、周りの霧が少しずつ薄くなっていた。空気の流れも何もないのに、今まで辺りを覆い隠し続けてきた霧だけが竜巻の中に消えていく。


 それと引き換えに、空がどんどん明るくなっていく。纏わりつくような湿った空気が軽くなり、心なしか呼吸がしやすくなったようにさえ感じられる。


「な、何だ? 急に明るく……!?」


「お、おい、あの空にいる人影はなんだ!? あんな人見たことねぇぞ!?」


 そこかしこから領民の皆さんの驚愕の声が上がり、館の前に人だかりができる。


 そして――。


「――こんなところかしら。これでだいぶ暮らしやすくなったでしょ?」


 役目を終えた竜巻が音もなくほどけて消えた時――『白霧の領』を二百年以上にわたって閉ざし続けてきた霧もまた、跡形もなく消え去ったのだった。


 ===


 年越しとともに霧が晴れました……! いやまぁ完全にただの偶然なんですけどね。


 というわけで明けましておめでとうございます! 本年も本作を、そしてアリシアたちをどうぞよろしくお願いいたします!

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