第24話 言ってくれるじゃないですか
そうこうしている間に日が暮れてきて、領民の皆さんも作業を切り上げて各々自宅に帰っていく。
一方でまったく帰るそぶりを見せなかったエリーゼさんはどうするんだろうと思ってたら、今日はこの集落に一泊していくそう。確かに時間もかかるし、それが妥当かな。
で、そうなってくるとエリーゼさんをどこでもてなすかって話になる。本来だったら客人なわけだし館にお招きするのが筋だと思うんだけど、残念ながら我が家はまだお化け屋敷の域を出てないからさすがに泊められない。
……というわけで。
「今回もよろしゅーなミラちゃん! 大丈夫や、うちがなーんでも聞いたるからなー!」
「だ、だからそういうのじゃなくてぇ……あうぅ……」
またしてもミラちゃんが生贄になった。毎度毎度ごめんねミラちゃん、今度竜肉取ってきてあげるからね。
とはいえ聞くところによると、もともとエリーゼさんがここに来るときはトマスさんのところ、ひいてはミラちゃんのところに泊まってたそうだから今まで通りではあるみたい。その割にミラちゃん、顔赤くして引きずられて行ってたけどなんでだろう?
ともかくそういうわけで、夕食を終えた私は一人、館の一室でベッドに横になっている。豊作の甲斐あってようやく床に毛布からは卒業して、麦わらを集めた簡易マットレスになった寝床は随分と快適になった。
……でもその快適さとは裏腹に、私の心は重い。
『だって、これでようやくエリーゼさんに恩返しができるんです。おじいちゃんもみんなもきっと、同じことを言ったと思います』
エリーゼさんとの商談の最中、割り込んできたミラちゃんのセリフが頭の中によみがえる。
領民の皆さんに寄り添ってるつもりだった。皆さんの代表として、生活を豊かにしようと考えていた。だから私の知識の範囲で、儲けが出るラインを見定めたはずだった。
けど、足りなかった。価値を見誤っていたのは経験不足と割り切るにしても、皆さんの感情をくみ取れていなかったことは言い逃れできない。
せっかく、トマスさんが信じて任せてくれたのに。その信頼に足る働きを、私は出来なかった。
結局同じところに住んでいるだけで、その輪の中に入り切れていない。そんな私が代表者を名乗って、本当にいいんだろうか。
答えは出ない。ただただ無意味な問答が、ロープの外れた滑車みたいにカラカラと空回りを続けるだけ。窓の外を覆う霧が、初めてここに来た時と同じように私の心と重なって見えた。
「――アリシア様、まだ起きておられますでしょうか」
ふいに扉の外からローザの声が聞こえて、私は反射的に跳ね起きる。驚きに乱れた鼓動を収めつつ、私は言葉を返した。
「……はい。起きてます」
返事の代わりにドアノブがガチャリと回る。姿を見せたローザはいつもの侍女服ではなく、就寝前の薄着姿でティーセットを抱えていた。
「お休みになれないようでしたら、少しだけお飲み物はいかがでしょうか。ハーブティーですので、健やかな眠りにちょうど良いかと」
「……ありがとう、いただきます」
ベッドの縁に腰かけて、ハーブティーが注がれたティーカップを受け取る。口に運ぶとあたためられたお湯の温度と、どこか甘さを感じる独特な香りに少しだけ心が安らいだ気がした。
「……何かお悩みですか」
「……バレてました?」
「バレバレです」
不思議とローザには、どんな隠し事もすぐ気づかれちゃうんだよね。そんな優秀な侍女なのに、なんで私なんかについてきてるんだろうなぁ。
「……なんてことはないですよ。領主らしいことできてないなぁって、それだけです」
何でもないことのように呟いて、手元のカップに視線を落とす。淡く色づく液面に映る私の顔は、言葉とは裏腹に苦しそうに見えた。
「……アリシア様」
「はい? ――あだっ」
ローザの呼びかけに顔を上げた瞬間、おでこに軽い衝撃が走った。遅れて広がるのはじんじんとした鈍い痛み。
「何を寝ぼけたことをおっしゃるのですか」
こちらにむかって真っすぐ腕を伸ばしたローザが、その長くしなやかな指先で思いっきりデコピンをした――その事実を飲み込むより早く、ローザの言葉が降ってくる。
「アリシア様は領地のことを、領民のことを想って行動されております。それ以上に領主らしいことなどございません」
「……でも、領民の皆さんの気持ちに寄り添ったつもりになって、危うく皆さんの意にそぐわないことをやりそうになって。誰かの役に立とうとして、結局独りよがりで――」
「あなたはいつから蝶よ花よと育てられた勘違い貴族令嬢ばりに堪え性がなくなったのですか」
「ローザぁ?」
急な毒舌を放り込まれるこっちの身にもなってほしい。どういう気持ちで受け止めればいいのかわからないよもう。というかその例えはいろいろ敵を生みそうだから他では使わないでね?
そんなこっちの混乱なんてお構いなしに、ローザは続ける。
「着任して一か月経っていない領主が全てを把握したうえで代表として振る舞うなど不可能でしょう。だれもそこまでの働きを求めてなどおりません」
「それは……そう、ですけど……」
「少しずつ歩んでいけば良いのです。もとより、あなたはそうして何もかもを身に着けてこられた。何を生き急いでいるのですか」
……何も言い返せなかった。
領主として頑張らないとって思って、いろいろ考えてみて回って。たまたま畑を目覚めさせられて、ミラちゃんの才能も目覚めさせられて。もっと、もっとできるはず、もっと役に立てるはずって、気が急いていたのかな。
「一度の失敗が何だというのです。私が知るアリシア様は、その程度のことでへこたれるような軟弱ものではございません」
気づけばカップを持っていない方の手が、ローザの両手に包み込まれていた。その手は不思議と、まだ湯気を立てるハーブティーよりもあたたかく思えて。
――もう。そこまで言われたら、落ち込んでなんていられないじゃん。
「……言ってくれるじゃないですか」
私は一つため息をつくと、ローザに対して微笑んで見せる。
「わかりましたよ。必要以上に落ち込むのはやめにします。……だからローザ、明日の朝一でエリーゼさんに伝言をお願いできますか? それと、領民の皆さんにも」
「承知しました。何なりとお申し付けください」
「それじゃあ、まずエリーゼさんに――」
今の私ではまだ、皆さんの意志の代行は難しい。だったらせめて、ちゃんと話し合って進もう。
……傷つくのが怖くて避けていた、話し合いで。
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