第11話 第一歩
謝り続けている水色髪の女の子――ミラちゃんをどうにか落ち着かせて話を聞くと、何と彼女はトマスさんのお孫さんなんだそう。歳は私の二つ下の十六歳で、普段は家の手伝いをしているんだとか。
「えっと、その……お姫様が倒れちゃったから、ちょっとでも力になりたくて……」
胸の前で両手の指先をツンツンさせながらうつむきがちに話すミラちゃん。どうやら内気だけどすごく優しい子みたいで、つい頬が緩んでしまう。
「それはありがとうございました。おかげでこの通り、元気になれましたよ」
「ふぇっ!? そ、そそそそんな私なんて全然っ」
全快をアピールするみたいにグッと拳を握って見せると、またしてもぺこぺこと頭を下げ始めてしまった。……うーん、この自己評価の低さはどうしたものか。
「一事が万事この調子ですので、こういうものと割り切るのがよろしいかと」
私の困惑を察したのか、ローザがミラちゃんの首根っこを掴んで頭を上げさせてる。ちょうど母猫が子猫の首根っこをくわえて持ち上げてるみたいだ。
……これは、私が寝ている五日間の間に何度もこんなやり取りを繰り返したんだろうね。うんざりしてるローザって珍しいから、何だか新鮮な気分。
「それよりアリシア様。もう動けるのでしたら畑の様子を見に行かれてはいかがでしょうか」
「! そうだ畑! 行きましょうっ!」
ミラちゃんの登場という思いがけないイベントのせいで忘れかけてた。私はベッド――とは言ってもまだ床に毛布を敷いただけの簡易的なものだけど――から飛び起きて、ローザに身支度を整えてもらい外に出た。
ちなみにミラちゃんも何か手伝いたそうにしてたけど、ローザが徹底ブロックで何もさせてあげなかった。……何この攻防?
久しぶりに感じた外の空気はやっぱり霧のせいもあって重たかったけど、それを振り払うみたいにして畑へと駆けだす。ドキドキと煩い鼓動はきっと、急に走ったからだけじゃない。
息が上がるのも構わずに走り続けて――そして、その光景が目に入った。
「……すごい……」
【目覚まし】を使ったのは畑のほんの一角だった。その一角に育った立派な麦の姿は、記憶の中に確かに残っている。
でも、【目覚まし】の効果はそれに留まらなかった。
遠目に見ただけでも明らかに、黄金色の密度が増している。最早地面の色なんてうかがえないくらいで、キリがなければ陽光を反射して眩いばかりの輝きを放っていたことだろう。
近くに寄ってみれば、麦の一本一本がたくましい茎を持っていて、たっぷりと麦の粒をつけていることがよくわかる。五日前の畑とはまるで別世界のような姿だ。
「アリシア様がお休みになられている間、かの光が少しずつ畑に広がっていきました。その光がしみ込んだ土壌からは新たな芽が出て、既に成熟していた麦諸共すくすくと伸びていったのです」
ローザが補足してくれるけれど、細かいことは頭に入らなかった。
「これを……私が……」
そうなってほしいと思った。だから過剰ともいえるほどに魔力を注いで、【目覚まし】の可能性に賭けた。私は、その賭けに勝ったんだ。
喜び。安堵。私が感じているのはどっちなんだろう。どちらでもあってどちらでもないような不思議な感情が胸の中で渦巻いていて、気づけば一筋の雫となって頬を伝った。
「……アリシア様」
ローザがそっとその涙を拭ってくれる。そんな彼女に向かって、私は震える声で問いかけた。
「……私、これで、役に立てるでしょうか」
「もちろんです。アリシア様はそのお力をもって、この地を救いうる可能性を見せられました。止まっていた針が動き始めるのは、間違いなく今です」
「……なら、来た甲斐がありましたね」
努めて明るく言ったつもりだったけど、あふれる涙はどうにもならなかった。
「おう、領主さ――アリシア様、お目覚めかい」
畑の中で作業をしていたトマスさんが、こちらに気づいて歩いてくる。
「はい。すみません、ご心配をおかけしました」
「いやいいんだ。こんな奇跡を起こしたとあっちゃあ無理もないだろう」
トマスさんは麦畑を一瞥し、ここに来て初めて見るような穏やかな微笑みを浮かべた。
「まさかこの畑でこんな実りを見られるなんて思っても見なかった。これなら今年は十分に冬を越せそうだ。……アリシア様には頭が上がらねぇな」
「たまたま組み合わせが良かっただけです。……それに、これだけじゃまだ足りないみたいですから」
そう。畑を見てわかったけど、今回の【目覚まし】の効果はおそらくこの一回の収穫分まで。次に植えるときにはまた、以前までの土の状態に戻っていると思う。
理由は何と言っても魔力だ。今回は【目覚まし】によって注入された私の魔力が畑を目覚めさせてくれたわけだけど、結局この地が慢性的な魔力切れ状態にある現状は変わらない。今回の栽培で私の魔力を使い切ってしまえば、元に戻ってしまうのは必然だ。
でも、悲観することはない。少なくともこうして【目覚まし】が有効に働くことはわかったんだから、いざとなれば私がまた畑をたたき起こせばいいだけのこと。
「起きたばっかりだってのにもう先のことを考えてんのか。……全く、少しは体を労わってくれよ」
「大丈夫です。若さだけが取り柄ですから」
そう返して、さっきミラちゃんに対してやったみたいに拳をぐっと握って見せると、トマスさんは肩をすくめて笑った。
「はは、違いねぇ。……ここまでされたんだ、俺は出来る限りアリシア様がやりたいことをサポートさせてもらう。そこのミラも遠慮なく使ってやってくれ」
ちゃんと私たちについてきていたミラちゃんが急に話を振られてびっくりしてる。でも、しばらくわたわたした後、力強く頷いてくれた。
「そ、その、私なんかにできることがあるかわからないですけど……頑張りますっ」
――あぁ、受け入れてもらえるって、こんなに安心できるものなんだ。
王宮ではほとんど得られなかったその感覚に、またしても涙がこみあげてくる。それをどうにか押しとどめて、私は出来る限りの微笑みを向けた。
「はい。ここをより良い場所にするために……どうか、力を貸してください」
私の初めての【目覚まし】は、白霧の領の発展に向けた大きな一歩を踏み出させてくれた。
===
これにて第1章完結です。お読みいただきましてありがとうございました!
もしお楽しみいただけておりましたら、ぜひ★やフォローで応援いただけると嬉しいです……!
基本的にこういった形で、少しずつ『白霧の領』を発展させていく物語です。
いきなり人外に使った【目覚まし】、次の対象は何なのか?
ぜひお楽しみに!
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