写し鏡の湖

未熟者

写し鏡の湖

ある町の近くの森に湖があった。

その湖はとても澄んでいて、よく反射する湖だった。

この湖にはこんな噂がある。


「この湖に言葉を吐くと気が晴れる」と。


そんな噂を聞いた少年のベルゼンは、家をこっそりと抜け出し湖へ向かった。

湖に着くと地面には青空が広がっていた。

いや、これは青空じゃなくて湖に反射しているのだと、近づいて初めて気づいた。

ベルゼンは湖に顔を近づける。すると、湖にはベルゼンがもう1人こちらを覗き込んでいた。

早速、噂を確かめるために湖に言葉を吐く。

「バカやろー!」

ベルゼンの声は不思議なことに反響することはなかった。

まるで湖に吸い込まれたかのように。

ベルゼンは感じていた。心なしか気分がいい事に。

この噂は本当だったのだと実感していた。


ベルゼンは毎日のようにその湖に通うようになった。

次の日も、その次の日も湖に行っては、「バカ」だの「アホ」だの時には「兄の、友達の、親の悪口」などを言った。


ある日の夜、ベルゼンは夢を見た。

暗い森を彷徨っていると湖に落ち、溺れる夢を。

ベルゼンは飛び起き額に流れる汗を拭き取った。

次の日も、その次の日もその夢を見た。

ある夜、ベルゼンは寝付けずにいた。

怖いのだあの夢を見ることが。

ベルゼンは布団に横になり、時の流れを感じていた。

すると、家の扉を叩く音がした。

こんな時間に誰だろうと思い、扉を開ける。

そこにはベルゼンの姿があった。

いや、それはベルゼンの姿を模した何かだった。

黒い、光を一切通さないほど黒い。

それが口を開き、言葉を発する。

「バカ」「アホ」「死んでしまえ」と。

ベルゼンは怖くなり、それを押しのけ逃げ出した。


外は昼間と違い明かり1つ無く、ただただ闇が広がっていた。

ベルゼンは無我夢中で走り、いつの間にか森の中を走っていた。

後ろを向くとそれはベルゼンを追って走っていた。


気が付くとベルゼンはあの湖に来ていた。

しかし、ベルゼンのよく知る湖は星空を反射せずに、淀み濁っていた。

ベルゼンは湖に向かって「助けてください」と「許してください」と言った。

しかしベルゼンの声は反響していた。

ベルゼンは必死に何度も何度も助けを求めた。

しかし返ってくるのは自分の反響した声ばかり。

気が付くとベルゼンの後ろにはそれがいた。

それはベルゼンを強く押し、ベルゼンを湖に落とした。


そこには誰もいない。

湖は星空を反射していた。

それは綺麗に濁り無く反射していた。

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写し鏡の湖 未熟者 @Kon11029

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