第38話 やっとだ(周囲からの声)
俺が心の中で大パニックを起こしている所に、里見先輩がやって来てしまった。
「ヒロシ、帰ろう。途中で書店に寄ってもいい?」
いつものように話し掛けて来るけど、今の俺には彼女がまぶしすぎて、直視できない。
横目で彼女の姿を追った。
相変わらずきれいで、しかもいつもの倍は可愛い。
その里見先輩に、コマーシャルの映像の彼女が被さる。夢を見ているような気分だ。
「あ、俺も探している本があるから、大きい方の店でいいですか」
「あっちの店ね。いいよ」
そう言えば、彼氏と彼女の会話のようなものになっている。入学以来、よく一緒に帰っているからな。
一旦そうと意識したら、今更ながらに照れた。
「現実を受け入れなさいよ。逃げたら、またチョロシ君て名前に変えるよ」
背中をつついて低い声で井上先輩に言われ、俺は一歩前に出た。
「これからも一緒に帰ってください。里見先輩」
ダサいけど、俺としては精いっぱいの告白……のつもり。
彼女はキョトンとした後、真っ赤になって横を向く。
「改まって言われると、照れるからやめてよ」
ツンと尖らせた口元は笑っている。
俺は急いでかばんを抱えて、彼女の横に立った。そして、いつものように他愛もない話をしながら歩き始めた。
俺の歩くペースは、自然と彼女に合わせたものになる。
それをもう、体が覚えているようだ。
そう思ったら、ぼっと再び熱が上がった。
「昨日借りたハンカチ返すね。ありがとう」
そう言って彼女がハンカチを手渡して来る。
俺は、その手をハンカチごと握った。
驚いたように俺の顔を見つめた後、彼女はすごい勢いで手を引っこ抜いた。
「あ、ゴメン! なんだか触りたくなって」
慌てて言った傍から、自分の口を叩きたくなる。
里見先輩がピクッとして、ハンカチを握りしめた。
「あ、ゴメン! そのままだった」
ああーっ、もう何も言わないでおこう。
どんどん深く墓穴を掘るだけだ。
彼女は真っ赤な顔のまま、ハンカチを差し出し、俺の手を自分に引き寄せて握らせてくれた。
それから少し体を俺に寄せた。
「学校出てからね」
そう言って足早に先を行く。
俺は彼女の後を追い、また彼女の歩調に合わせて歩き始めた。
◇◇◇
少し前から部屋の隅で様子を伺っていた今井が尋ねた。
「由美。あの二人、ちゃんとカップルになったのかな」
「うん。やっとね」
廊下を歩いて行くヒロシたちの後ろ姿を見ながら、今井は一ヶ月程前の事を思い出していた。
◇ 冬バージョンの打ち合わせ前の一コマ ◇
「おい、緒方。ヒロシの奴、野口さんと一緒に事務所に向かったんだろ。また二人の目が吊り上がることになるんだろうな」
「ああ、あいつ、いつまでたっても自覚が無いからな」
生徒会室には緒方と二人きりなので、今井は気になっていることを聞いてみることにした。
ヒロシとユキの気持ちについてだ。
由美は、相思相愛のはずだと言う。
今井もそうだろうと思っているが、いつまでも気付かないでいる二人の状態が、不思議だった。
「ユキとヒロシは、お互いのことが好きなんだと思うんだけど、そうかな? 特にユキは、最近ヒロシを男として意識し始めているよな?」
「今井、そこに疑問符を付けるなよ。中学で初めて会った時に、ユキは拒否反応を示さなかっただろ。あれは、ある種の一目惚れ、もしくは奇跡だよ。ただし、ユキに自覚は無かったみたいだけど」
確かに、男除けをして、誰も近寄らせなかったユキが、あっさりとヒロシを受け入れていた。
緒方は溜息をひとつ漏らしてから続けた。
「ただ、そこから一ミリも動いていないんだよな。実際はもっと気持ちが進んでいるのに、気付いていないんだ。どう思う?」
「そうだよな。態度からして疑う余地なしだ。夏休み前、俺がヒロシをくすぐり倒したことがあっただろ。あの時ユキは、ヒロシを庇って俺の前に立ちはだかったんだよ。……俺が照れた」
「そこまでしていて、どっちも気付かないのがおかしいよ。普通、気付くだろ」
今井もそう思っていたが、高校に上がって、他の女の影がちらつき始めた辺りから、ユキの様子が少し変わってきている。
「ユキはそろそろ自覚していると思うか? 緒方」
「ようやくな。あいつもとことん鈍いんだよ。どっちかまともなら何とかなるけど、両方だとそのままになりそうで嫌だ」
CMフィルムの二人を見れば明らかなのに、当の本人たちが気付かないとは皮肉だ。
なんでバズったのか、わかっていないのだろうか。
あの控えめに漏れ出る恋心が、映像を通して世間の人々の胸に突き刺さっているのに。二人揃って目が曇っているのか?
「何とかなるのかな。俺たちが卒業したら、誰かに持ってかれそうだな」
緒方が焦れたように言った。
ヒロシは体がしっかりして、男っぽくなってきた。中学の頃から俺たちは意識してあいつを鍛えたのだ。
顔つきもすっきりとして、目を惹くようになっている。
次期生徒会長に決まり、気構えが変わってきたし、自信を持って行動しているのがわかる。そのせいで表情も引き締まってきた。
「由美が、ああいうのが次第にいい男になるタイプだって言っていたよ。今なら見る目の無い女でも、彼に気付くってさ」
緒方が苦笑した。
「そうだな。だいぶ良い部分が前に出て来たと思うよ」
「もっと魅力がくっきりしたら、群がるだろうな。おまけにあいつ、不器用なほど真直ぐだから、捕まったら一途だろう。瀬木さんの時も、既にそんな雰囲気だったしな。それに流されやすそうに見えて、実はそうじゃない」
緒方の目がギラっと光る。
何に対しても余裕のあるこの男の、こんな表情は見たことが無い。
「いいや、そんな事にはさせない。俺が許さない」
緒方にそんな目をさせるのは、里見ユキの姉の麗子だけだ。
緒方はじりじりしながら二人の進展を見守っている。ユキに恋人が出来ないと、緒方の恋もかなわない。
こちらもこちらで両想いだと、今井は思っている。
だが相手は麗子だ。
幼馴染なので今井も知っているが、麗子は言ったことを決して覆さない。
道は険しいかもしれない。
今井は横目で緒方を見てから聞いてみた。
「ヒロシはユキが好きだけど、あがめているような雰囲気だ。あがめている内は恋にはならないよな。どうしたら殻を破れると思う?」
「コマーシャルの告白を利用する。何が何でも自覚させてやる」
「そんなに上手くいくかね」
今井は溜息をついた。
了
表の生徒会長に就任しました――俺、立候補してないのに ユーカリ @momoiyukari
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