第35話 脱出ゲーム3
「ヤッホー。見に来ましたよ。お久しぶり」
里見先輩と入れ替わるように野口さんがやってきた。
コマーシャルの秋バージョンを視聴覚室で流しているので、その宣伝込みでマネージャーと一緒に遊びに来たそうだ。
今日はスカートと二ットで可愛い系コーデだが、私服なのか、思いがけない事にちょっとダサい。
でも、そのギャップが新鮮でグッとくる。
グッと来たのが周囲にばれると、またチョロシだな。そう気付いた俺は急いで表情を繕って挨拶を返した。
野口さんはエリア2の所から見ていたらしい。
「エリア2の戦い見ましたよ。皆さん、素敵でカッコよかった。新規メンバー二名が、また素敵。大人の美女と、優秀でカッコいい護衛を追加投入できるって、人材が豊富だわ」
麗子さんはにこやかに挨拶しているけど、真田なんか褒め殺しに遭って、デレデレだ。
「……真田。お前、女子枠から除外な」
独り言をつぶやいてから、野口さんに声を掛けた。
彼女はいつも通り、綺麗でキラキラしている。
「相変わらず、溶け込むの上手いね」
「ありがとう。ところで、このゲームって挑戦者の攻撃もありよね。今井さんたちが囲まれた時、一瞬今井さんが構えたけど、すぐ降参したの。あれって井上さんを気遣ったのかな」
井上先輩の獰猛さを知らない野口さんには、そう見えたか。しかし、そんなことは言えないので濁した。
「多分、負けておこうと思ったんじゃないかな。挑戦者があまり勝ってしまうと鬼がへこむし、他の挑戦者が出にくくなるからさ。だって今井先輩強いもの(……井上先輩もね)」
「そういう事か。ヒロシ君、完全に企画者目線だね」
俺はちょっと照れた。
そんな俺を見て、野口さんは少し拗ねたような表情をした。
「さっきユキさんとヒロシ君が、庇いあうところを見ちゃった。あれって愛だね。やっぱり私とは友情止まりなのかな。がっかり」
えっと思い、聞き返そうとした。
そこに、すっと麗子さんがやって来て、俺の横にピタッと寄った。
ピンクのネイルを施した細い指で、俺のコートの襟を摘まんで軽く引く。
「ごめんなさい。ヒロシ君はもらうわね」
麗子さんはにっこりと微笑んだ。
「あ、そうですね。もう行かなくちゃ」
思ったより時間が経っているのに、俺は気付いた。
それから三人揃ってエリア3の入り口に向かった。
真田が、「わかってませんよ。この人」と麗子さんに言っている。
「わかってるって。急ぎましょう」
俺が言うと、麗子さんが笑った。
観客は更に増えている。緒方先輩たちも全体が見える場所に陣取って、こっちを見ている。圧を感じるほどだ。
「行きますか」
麗子さんと真田に向かってそう声を掛け、俺は前に出た。
ここの合図はプアーというかわいらしい音だ。
それが三回鳴った。
音はかわいいけど、ここでは飛び道具が出る。先ほど見た鬼が構えているエアガンは、威圧的で怖いったらない。
それにさすが本職。
構える姿が自然で、扱い慣れている感じが、にじみ出ていた。
自分で企画しておいて、こう言うのもなんだが、このエリアは厳しいよ。
足元はプアプアだし、滑り台や、小さいお家なんかがあって、可愛いぞうさんもいる。
緊張できなくて脳がバグる。
このどこかから鬼が出て来るのだろうが、
似合わねー!
そう思った途端に出た。
鬼の服が周囲と同系色のオレンジだ。
擬態している。
ずるいぞ!
慌ててぷよぷよと走って逃げ回り、滑り台をよじ登った。今回はとにかく麗子さんを守る。
俺たちを生かしてくれた二人の分も頑張る。
ペイント弾が飛んできたのを、俺は盾で防いだ。
ついでに、ぷよぷよの滑り台を揺らしまくって、登ってこようとする鬼を弾き飛ばした。
麗子さんは階段を下りて、出口方向に向かっている。
俺は援護しながら後ろを守っていた。
「キャッ」と前方で声が上がる。
横のタンポポがついたお家から、鬼が二人飛び出して来た。その内の一人を、真田が飛び蹴りで、ぞうさんの胴体に沈めた。
もう一人が麗子さんに迫る。
俺は咄嗟に盾を、鬼めがけて投げた。
鬼は盾と共にカラーボールの池に落ちて行く。
「麗子さん、大丈夫?」
「ありがとう。大丈夫よ」
そう聞いてほっとした次の瞬間、ペイント弾が俺を襲った。
俺は思い知った。
誰かを守りながら、自分を守るのって難しい。
エリア3をクリアしたのは、麗子さんだけだった。真田は出口付近で鬼に挟まれ、麗子さんを庇ってペイント弾にやられた。
それでも、ペイント弾を数発防いだのは凄い。その時の状況に関しては、俺の方から、鬼の近接射撃と乱射に抗議を入れておいた。
「くうーっ。悔しい。けど麗子さんは守りきった」
真田は満足げだ。
しかし里見先輩が現れた途端にハッとしたようだ。
「しまったー。田中君の護衛任務を忘れてました」
こいつの忠誠心は、多分ウエハースくらいにスカスカと見た。
「ううん。見ていて惚れぼれしたよ」
里見先輩は、真田を思いっきり褒めて、コロコロと甘やかしている。
俺そっちのけで楽しそうに話す二人を置いて、俺は少し離れて全体を見た。
凄く盛り上がっている。皆楽しそうだし、興奮している。
チャレンジしようとする人もどんどん増えている。
この企画は成功だ。
大きな達成感に、俺は胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「ヒロシ君。ありがとう。さっきのあなた、頼もしかったわ」
麗子さんが俺の横にやって来てそう言ったあと、細い指で俺の頬に触れた 。
ぞくっと体が震える。
「ここ、擦り傷が出来ているわ。医務室に行きましょう」
いいえ、そこまでしなくても、と言おうとしたら、先に緒方先輩に言われてしまった。
「これくらいハンカチで拭いておけば大丈夫だよな、ヒロシ」
「あ、はい」
「じゃあ、ヒロシ君、これ使って」
綺麗な刺繍のハンカチを差し出してくれた。
素敵なハンカチで、しかも高そう。
とてもじゃないが使えないと思い躊躇う。
すると、緒方先輩がそれを押しやり、代わりに綿のブルーストライプのハンカチを渡してくれた。
「これ貸してやる。使え」
「……ありがとうございます」
今日の緒方先輩は、いつもと全く別人だ。こういう姿、他の人は知っているのだろうか。
その後、役員の仕事でバタバタと走り回ったが、全体として大きなトラブルもなく無事に一日目を終える事ができた。
しかし、見に行く予定だったロボット研は大人気で、オムライスが売り切れて終了していた。
俺は、ハートの書かれたオムレツサンプルだけを見て、すごすごと帰ることになった。
体育館でのパフォーマンスも、全然見に行けないままだった。
翌日、学祭の二日目も好天に恵まれた。
ところが体育館で大きなトラブルが発生した。朝一に音響設備の故障が発覚し、出し物の時間調整が必要になったのだ。
そう連絡を受けて駆け付けると、一番目のグループと、その次のグループが、運営係と揉めている。
「俺たちのグループにしわ寄せ持ってくんな。悪いのは音響トラブル起こした運営だろうが」
軽音の三年生が凄む。私服だし、派手な髪形とメイクで大人っぽいし、唇は真っ黒だしで、怖い。
ジャズバンドのリーダーも、サックスが凶器に変わりそうな様子だ。
俺の姿を見つけた係員が、叫んだ。
「田中さん、こっちです」
駆け寄ると、俺はすぐに囲まれた。
それぞれが自分の主張を勝手に喋る。
運営係側は必死でなだめようとしているけど、相手はヒートアップしていくばかりだ。ついには、手まで出始めた。
「そこまで。文句を言っても時間が短くなるばかりです。ちょっと落ち着いて!」
俺は振り上げられたドラムスティックを掴み、大声を張り上げた。
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