第15話 この暴力は、愛なのか?

「何か、もう少しありそうだな。聞くぞ」


「いいえ、いいです。もう自分が馬鹿すぎて嫌悪感で一杯です」


 俺は下を向いたまま、軽く頭を下げて、付き合ってもらったお礼を述べた。その瞬間ガシッと後ろから羽交い絞めにされた。


「言えよ。溜め込むと後を引くぞ」

 ホールドされていて、全然逃げられない。


 さすが武術で鍛えている人間は違う。

 必死で暴れたら、今井先輩は突然俺の脇腹をくすぐり始めた。

 散々くすぐられて、結局俺は洗いざらい吐くことになった。


「ああ、それはちょっと質が悪いな。でもさ、井上と里見に言われていただろ。『親しげに近寄ってくる女は危険だ』って。お前、もう少しガードを固めろよ」


「そうですね。でも里見先輩たちと違って、小さくて弱そうに見えたんですよ。守ってあげたい系というか」


「おう。それで一番質の悪いタイプだと、気が付かなかったわけだな」

 何も言えない。


「井上も里見も大きくて強いけど、可愛い女だよ。お前も、もっと見る目を養え」


「わかっています。二人が素敵な女性なのはよくわかっています。でも、自分に釣り合う彼女が、俺だって欲しいんです」


「あー、それはそうだよな。俺だって欲しい」

 笑いすぎて弛緩していた俺は、つい口に出してしまった。


「先輩にはちゃんといるじゃないですか」


 ジワッと殺気を感じた次の瞬間、再びくすぐりの刑が始まった。

 これは緒方先輩との約束があるので、何としても口を割らないぞ、と心に決めて耐え抜いた。


「わかった。緒方だな。後で話を付けて来る。お前が口を割らなかったことは言っておいてやるから、安心しろ」


 俺はくすぐり倒されて、その場に沈んでいた。

 体のあちこちが痛い。

 殴り合いをしたわけでもないのに、完全にグロッキーだ。


 そこに俺たちを探しに来たらしい、里見先輩と井上先輩がやって来てしまった。 

 地面に突っ伏して頭も上がらない俺と、それを見下ろす今井先輩。

 どう見てもやばい構図で、誤解を招くに決まっている。


「ヒロシ、大丈夫? 何があったの?」


 駆け寄って来た里見先輩は、動けない俺を庇うように、今井先輩の前に立った。


 今井先輩はそんな里見先輩を見て、ガシガシと頭を掻いている。


「……悪い。ふざけてくすぐってたら、ヒロシが動けなくなった」


 遅れてやってきた緒方先輩に、今井先輩が低音ボイスで話し掛けた。


「お前、約束破っただろ」


 俺の様子をちらっと見て、緒方先輩は状況を悟ったようだ。

 今井先輩がその肩をグッと乱暴に押した。


「久しぶりに手合わせ願おうか」

「いいよ。久しぶりに遊ぼうか」


 そう答えると、二人は静かに歩き去った。


「あれは……喧嘩ですか? 止めてください」

 少し疲れが取れた俺が、必死で体を起こして二人に訴えた。


「ほっとけばいいよ」

 女子二人の態度は凄く冷静だ。


「でも、俺のせいなんです」


「いいのよ。合気道の同門なのよ。時々試合というか、殴り合いというかをしたくなるみたいね。あの二人のレクリエーションの一つ」


 ええーっ。絶対誘われたくない。


 俺は再び地面に倒れ込んだ。まだ立ち上がる力が出てこない。その俺の腕を里見先輩が引っ張って、上向きに転がしてくれた。

 頭の下にハンカチを敷いてくれる。

 昨日の今日でバツが悪かったけど、見上げた里見先輩の表情には、俺を気遣う気持ちしか見当たらない。

 優しさを直視できなくて、泣きたいような気分になる。


 少し涙が滲んだけど、笑いすぎた目は既に涙でぐちゃぐちゃなので、わかりはしないだろう。

 方向もわからずに暴れ回っていた感情が、今井先輩のくすぐり攻撃と、里見先輩の労りで、スッと静まって行った。


 次の日、二人は顔に一か所ずつ絆創膏を貼って登校していた。


「緒方先輩、すみませんでした」

 ここはやはり、謝らなければならない。一発くらい殴られるのは覚悟で頭を下げた。


「うーん。まあ、仕方ないな。今井は照れ屋だから、カップル扱いされるのが嫌なだけなんだ。だからお前も、知らんぷりしてやってくれ」

「はい」 

 他に言うことも無いので、そのまま立ち去ろうとしたら、「少し話そうか」と止められた。


「悪いが今井から話は聞いたよ。また俺らに取り入ろうとする人間に利用されたようだな。来年からはお前が執着される立場になるんだ。慣れるしかない」


「先輩たちが卒業したら、俺は誰からも何も言われなくなります。だから大丈夫です」

「この学校の生徒会役員なら、ずっと注目され続けるんだぞ。何も言われないなんて、あるはずがないだろう」


 何だろう。お馴染みになって来た嫌な予感。

 本能が逃げろとシグナルを出す。


「俺、来年は生徒会と関係ないです」


「何を言っているんだ。来年の生徒会長はお前だよ。井上が言っていただろ」


「え、……覚えがありませんが」


 目を泳がせながら、俺は一生懸命あの時の記憶を消した。

 俺は覚えていない。

 絶対に覚えていない!


「もう他の役員候補の拾い出しも終わっているけどな。本格的に動くのは二学期になってからだ。細かい話はその時にな」


 あれ、また決定済み⁉


「あの、俺は覚えていないんですけど……」


 すがりついた。

 ここであきらめたら、また謎の展開に巻き込まれる。


「そう言い張るなら、井上に辞退の許可を貰え。そうしたら考えてやる」

 先輩の目がいたずらっぽく光った。


 出来るわけないと、わかっているくせに。

 性格悪いぞ‼


 俺がぐっと睨んだら、笑われた。 

 くっそー、全く勝負にならない。


「ヒロシ、お前は優秀だよ。いくら俺たちがお膳立てしたからって、本気でやらなきゃこの学校には合格できなかったはずだ。お前はやろうと決めたら引かないし、全力で向かう。そういうところを買っているんだ。色々なことにもっと自信を持てよ」

 褒められているはずなのに、全然うれしくない。



 二学期が怖いけど、とにかく夏休みだ。

 逃避するんだ!

 何もかも忘れてのんびりしよう。


 そう思っていたら、新しい仕事が舞い込んできた。

 遠足の時の写真が思わぬ所まで流れて行き、思わぬ事を引き寄せたのだ。 


 里見先輩が見せた写真が事務所の営業に渡り、それが拡散したらしい。

 そしてなぜか清涼飲料水のコマーシャルの依頼が、飛び込んできた。

 映画のちょい役で出ていることも、その時の様子も、撮影スタッフから伝わっていたようだ。


 カメラ映り良し。

 滑舌良し。

 演技力有り。

 監督からも高評価を得ている素人。

 その素人っぽさを前面に出したコマーシャルが作りたい、と言う。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る