第10話 遠足の準備

 騎馬戦の後、先輩たちに慰められた。


「あれは防ぐのが難しいんだ。とにかく逃げる。隙を見せない、作らないだな」

「はい。ありがとうございます。身に沁みます」

 

 とんでもない経験だった。女子を攻撃してはならない。もしその縛りが無くても、攻撃なんてできないし。

 初めは抵抗していたんだよな。必死でタグを守り、伸びて来る手を払っていた。

 それでも、手の数が10本を超えたあたりで無理だと悟った。


「はあー。きつかったです」

「そうだろ。俺たちも一年の時はやられたんだ。舐めてかかっていた」


 ああ、やっぱり。そんな気がしていたんだ。

「でも、いい事は有りましたよ。一緒に踏み付けられていた馬の三人と、仲良くなりました」

「ああ、良かったな」


 男子の先輩たちは同情的だったけど、女子の先輩たちには苦い顔をされた。


「ヒロシ、親離れした途端に踏みつぶされていたら、駄目じゃないの」


「手を離した私たちが、判断を誤ったみたいね」

 女子の先輩二人は、俺をもう一度、保護の対象に戻したらしい。



 体育祭が終わり、学校にも生徒会にも、なぜかたまに呼ばれるモデルのバイトにも慣れ始めた頃、遠足の準備が始まった。


 この高校の遠足は全学年混ぜて班分けをし、班ごとに希望の行先を選ぶ。

 行先は三カ所。

 学校指定の中から二つと、企業からの招待の中から一つが、生徒の投票で選ばれる。


 学校指定からは以下の二つが選ばれた。


一. 『議員と過ごす国会議事堂』   二十班

 固い内容なのに国会議事堂は人気があるという。ほぼ毎年選ばれるそうだ。

 卒業生のコネで、普通は入れないような場所に潜り込めるのが、人気の秘密らしい。


二.『鎌倉散策』 

 これは言うまでもなく人気の観光地で、一番遠足らしい行先だと思う。


 企業招待の中から選ばれたのはこれ。


三.『映画撮影現場の一日体験』  三十班

 これは、俺も行ってみたい。楽しそう。


 受け入れ制限がある一と三だけをくじ引きで決め、残りは二のコースになる。


 企業からの招待リストを見て驚いた俺に、緒方先輩が笑って言った。

「某職業体験施設の高校生版だと思えばいいよ」


 なるほど。

 すごいゴージャス版の職業体験施設だ。

 毎年各業界OBからプランが送られてくるらしい。


 ちなみに今回の二位は化粧品会社の研究室。

 メイク教室とサンプル配布有り。

 進路希望が化学系の人たちと、女子人気が高かった。


 三位は某大手メーカーの、ゲーム開発現場潜入。


 理工系を志望する生徒たち、eゲームクラブ筆頭でゲーマーが熱望したが、女子の票が集まらず伸びなかった。


 生徒会役員は班分けには参加しない。いつもの五人で班になる。


 俺の希望は三番の映画撮影現場だったが、生徒会役員の行先は二の鎌倉一択だと言われがっかりした。


 くじ引きを生徒会主導で行うため、不正疑惑を起こさないためだという。

 しかし下見で一と三の現地訪問をするため、その方が好都合なのだった。



『議員と過ごす国会議事堂』の下見に行ったのは、遠足の二週間ほど前。


 俺たち五人は国会の見学受付で手続きを行った。

 すると、腰の低い感じの中年男性が迎えに来て、俺たちを案内してくれた。議員の秘書だそうだ。


 まずは一般の見学コースを回る。説明内容は思っていたより興味深い。

 周囲には他の見学グループも大勢いて、いかにも社会見学会という感じだ。そこを離れて他の一般客がいない場所に進むと、秘書氏が振り向いた。


「ここからは一般公開されていない場所なので、写真撮影は禁止です」

 そう断ってから、四階より上の部屋を案内してくれた。


 一通り国会内部を見て回った後、ある部屋に案内された。そこには、テレビで時々見かける議員たちがいた。


「やあ、久しぶりだね。去年に引き続き、また会えてうれしいよ」


 そう言って、緒方先輩の肩を叩いたのは、何の大臣だったか。

 あまり意識してニュースを見ていない俺にはわからなかった。

 多分高校のOBだろう。


 四人共、二回目の訪問なので、慣れた様子で話をしている。だが、俺には無理だ。

 だから静かに目立たないようにしていた。


 ところが、一人の男性が、俺の方を向いて話し掛けて来た。

「君が噂の後輩か。君はどういうポジションについているの?」


 俺が驚いて詰まっていると、緒方先輩が代わりに答えてくれた。

「彼は田中ヒロシです。今、会計の仕事をしてもらっています」


「そうか、来年、再来年は君が生徒会長かな? また来年も会えると嬉しいね」

 

 冗談ではない。

 俺は引き攣った微笑みを浮かべる事しかできなかった。


 その俺の袖を井上先輩が引っ張った。

「そろそろ来年の生徒会メンバーを、見繕わないといけないわね」


 うちの高校は、生徒会長がその他の役員を指名する、珍しい形式をとっている。

 だから、俺が生徒会長にならない限り、そんなことを考える必要はないはずだ。

 井上先輩の真意がわからず、俺は戸惑った。


「能力と人間性で、バランスが取れた人選をしないといけないからね。ヒロシも気にかけておいてよ」


 そんなことを言う井上先輩に、国会議員の議員さんたちと、秘書らしき人たちが真顔で頷いている。


「それが難しいんだよな。その年で、もうそれがわかっている井上さんは凄いね。バイトでいいから、秘書に入らない?」

 ちゃっかり勧誘をしてくる。


「ありがとうございます。まずは大学に入らないといけないから、バイトは後日考えます」

 うわ、断らないんだ。


「どこに進むの? 東大?」

「そうですね。第一志望は」

 おお、やっぱりと思っていたら、急にこっちに話が振られた。


「ヒロシも東大だよ。大学に入ったら起業するからね。学部は応相談ね」

 言い方が、決定事項の通達だった。


 まさか井上先輩の口から、しかもこんなに早く言われるとは思っていなかったのでのけぞった。


 緒方先輩は苦笑いしていたが、政治家の方々からは非常に好評だったようだ。


「豪快さと見た目のかわいらしさのギャップがいいねえ。ぜひバイト考えておいてね。秘書から連絡させるよ」


 後は何を話したか覚えていない。

 せっかくだから、井上先輩の言葉も忘れる事にした。


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