そんな笑顔を向け合っておいて、二人揃って節穴か!
ユーカリ
第1話 なぜ美少女・里見先輩が俺を待っているのか
校門のすぐ手前に、彼女は立っている。
午後の日差しに輝く髪が、まるで冠のようだ。
下校する生徒たちは、吸い寄せられるように彼女に視線を向け、ふと歩みを緩める。
その様子を、俺は校門に向かって歩きながら見ていた。
彼女は男子生徒たちの視線に眉を顰めるが、以前のように睨み付けたりはしない。
中学時代より、遥かにましになっているって、本当だ。
俺の姿に気付くと、彼女の表情がぱっと輝いた。引き締まった長い脚をこちらに一歩踏み出し、俺に向かって手を振る。
彼女の笑顔につられて、俺も曖昧に笑い、小さく手を振り返した。
その瞬間。
周囲からの、(え、お前かよ?)って視線がグサグサと刺さる。
女子たちの「は?」「うそでしょ?」みたいな囁きも。
俺はちょっと首をすくめて、それに耐えた。
わかっているから。俺だってそう思っているんだから!
これは夢が半分叶った、と思っていいのかな。
俺の夢。
『彼女と一緒に下校する、楽しい高校生活』
「ヒロシ、遅いよ。走って」
華やかな容姿にふさわしい、良く通る明るい声が俺を呼ぶ。
今日は高校生活二日目。
里見先輩とは門の前で待ち合わせて、一緒に帰る約束をしている。
俺のささやかな夢を知った先輩が、
「帰る方向が同じだから、一緒に帰ってあげる」と言い出した。
ただそれだけ。
残念ながら、先輩は俺の彼女ではないし、お互いにそういう対象でもない。しかも先輩は重度の男嫌い。
俺は小さく一つため息をついた。
睨んでいる奴らに言いたい。
「これはさ、全くの別物なんだよ」
胸の中に薄グレイのモヤが広がる。
俺はゴホッと空咳をしてそれを追い払い、門に向かって駆けだした。
俺は昔から、何かにつけて割を食うタイプだった。なぜこのタイミングでとか、なぜ俺の時に限ってが、よくあるのだ。
エピソードは色々あるが、極めつけはプールの授業でのパンツずり落ち事件だ。
プールの縁から上がろうとしたら、移動中だったコースロープが、俺の水着に引っかかった。新調したばかりで少し大きめだったサーフパンツは、あっさり引きずり降ろされた。
「「「キャーーーーッ!!」」」
女子たちの悲鳴。
それが誰かの「……ちっちゃ」という小声で、大爆笑に変わった。
トラウマだよ。
まだ小学生でよかった。今なら立ち直れない。
女子って残酷だよな。
掃除の時間には冤罪で俺一人がさぼりの罰を受け、運動場を歩けば野球部のファールボールに直撃される。
要するに運が悪い上に、要領も非常に悪い。
そういった小さな事の積み重ねで、俺は学習していった。
周囲にバリアを、人には距離を。
そのせいか、中学に入る頃には、斜めの姿勢がデフォルトになっていた。
そんな俺には友達はいない。
いや、いなかった、か。
中学に入って半年くらいした頃、ちょっとした偶然で、時々一緒に遊ぶグループが出来るまでは。
それは夏の終わりの夕暮れ時。陽が陰り初めていて、辺りはオレンジ色に染められていた。
下校が遅くなり、俺は急いで帰ろうとしていた。
校門を出たところで、すらっと背の高い女生徒が目に留まった。
ネクタイは三年生の赤色。
彼女は眼鏡を取ってから、一つにくくっていた黒髪をほどくと、それをファサッと揺らす。
その動作は優雅なのに、どこか少年っぽく無造作だった。
流れる髪に目を奪われた俺は、思わず声に出していた。
「……かっこいい」
驚いたように、こちらを向いた彼女は、照れくさそうに微笑んだ。
隣に立つ友人らしい女生徒が、彼女をからかっている。
友人は彼女と対照的な茶色っぽいセミロング。くせ毛が柔らかそうな、可愛らしい感じの女性徒で、この人も凄く綺麗だ。
こんなに目立つ二人なのに、なぜか今まで見掛けたことが無かった。
それにしても、心の声を口に出てしまうなんて。しかも二年も年上の美少女に向かって。
俺は恥ずかしさに固まっていた。
そこに男の先輩が二人掛け寄って来た。
「お待たせ」
そう言ってから、不審げに俺を見る。
二人の内、片方の先輩の顔に見覚えがあった。確か生徒会長だ。
以前から思っていたが、近くで見ると更に、嫌味なくらい格好が良い。
サラッサラの茶色っぽい髪に夕日が当たり、オレンジがかって見える。美少女のようにも見える整った顔の中で、強い光を放つ目は、どう見ても男のそれだ。
顔とプロポーションが良くて、運動神経も良さそう。おまけに頭がいい。
俺のような一般人とは、別世界の住人だ。
もう一人も何かの武道でもやっているのか、立ち姿がピシッとしていて、風格がある。
かなりの癖毛で、それを短くカットしているのが、凄く洒落ている。
雰囲気は硬派だけど、モデルのようにあか抜けているって、ズルくないか?
四人が揃うと、いつもの通学路が、そこだけ別世界の様におしゃれに見えた。
あきらかに俺だけが異物だ。
そう気付くと、急にいたたまれなくなる。
「あの一年生の子が、髪を誉めてくれたのよ」
美人の先輩は、声も綺麗だった。
俺は照れながら、そそくさとその場を立ち去ろうとした。
ふと視線を感じて顔を上げると、生徒会長が目を瞠っている。
「驚いたな」
もう一人の男の先輩がつぶやくのが聞こえた。
なんだろう。美少女は会長の彼女なのだろうか。もしかして、「俺の女に色目使ってんじゃねえよ」 とか言われる?
もしくは、身の程知らずだと嘲笑われる?
イケメンの凝視にあい、俺は軽くパニックになっていた。
すると、生徒会長は俺の前に来て尋ねた。
「今日、暇?」
「暇です」
しまった! 反射的に答えてしまった。
「じゃあ、一緒に遊ぼう」
その申し出に理解が追いつかない俺の腕を掴み、先輩は歩き出した。
握られた腕をほどこうとしたが、ガッチリ食い込んだ手はびくともしない。細身の先輩のどこにこんな力が、とその腕を見ると、筋肉がグリッと浮いていた。
嫌だ、この方、細マッチョだ。脱いだらすごいのかもしれない。
そう思ったのは大当たりだと、後日知ることになったんだ。
俺は軽く斜めの歩きにくい体勢のまま、彼に引かれていくしかなかった。
その後ろで美少女たちが話している。
「ねえ、いつもは男が寄ってくると睨みつけて追い払うのに、今日はどうしたの?」
「あれっ、そういえば……そうね」
その後何か言っていたようだけど、風に吹き消され、聞き取れなかった。
その日を境に、俺は生徒会室の常連になった。
肩書は生徒会のサポート役員。正式にというと大げさだが、生徒会長が俺の為に新設した、何でも屋的ポジションだ。
こうして、胡散臭い俺、田中ヒロシに、生徒会のサポート役員の肩書と、後ろ盾が付き、そして何となく箔が付いた。
完全な虎の威であり、俺自身が変わったわけではない。
だから、相変わらず俺はボッチで、学校生活はそう大きくは変わらなかった。
しかし、仕事はある。
そのせいで、毎日が結構忙しくなった。
仕事に追われながら、俺は何かが動き始めたのを感じていた。
そうこうするうちに、次期生徒会役員が選出され、先輩たちが役を退く時がやって来た。
正直に言えば、俺は元の生活に戻れるこの日が来ることを、心待ちにしていた。
ところが、全く思いがけない事が俺を待ち受けていた。
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