馬が駆けるは選択の道

弱冠試人

仕事をする

「お父さん、行っちゃうの」

寂しそうに娘が言う。そんな顔をされても困る。

「すぐ帰ってくるから、いい子にして待っててね。そうだ、お土産ちゃんと買ってくるから」

そういうと娘は、握っていた手に強く力を入れ、名残惜しそうに離した。

カバンを持ち、ドアに手をかけた。

「あなた、ちゃんと仕事してくるのよ」

妻は笑顔で私を送り出した。

妻の脚にしがみついている娘は、まだ寂しそうにしている。


外に出てみると、太陽が出ていた。

まだ6月なのに暑い。畑仕事をしている人たちは汗をかいている。

広場で遊んでいる子供たちは、暑さを感じさせないくらいはしゃいでいる。

お土産は何を買っていこうか。

妻と娘の顔を思い出しながら馬車まで歩いた。


馬車には、私ともう一人の男がいた。

年季の入ったローブを羽織っている。そしてなんと言っても顔にある傷が特徴的だ。

不意に目が合ったため会釈し、話しかけた。

「何しに行かれるんですか?」

男は、はきはきと答えた。

「実は冒険者をやっておりまして、クエストが終わったので報告に行くって感じです。」

そうか、通りで顔に傷があるはずだ。身体もしっかりしている。

クエストの内容は、ゴブリンの討伐だそうだ。

私は怖くて、そういうことはできない。


男は興味深い話を一つしてくれた。

「実はですね、盗賊が村を襲う事件が多発しているらしいんですよ。なんでそんなことするんだろう。あなたも気を付けてください」

私の村は大丈夫だろうか。そんな不安を抱いたが、仕方がない。


そういうときはどうしたらいいかを聞いてみた。

「そうですね。まず金目の物は迷わず出すことですね。決して、立ち向かうなんてことはしないほうがいいです。死んじゃいますから。まあ相当、運が悪くない限り出会いませんよ」

口角を少し上げて、丁寧に答えてくれた。


その後も街に着くまで話した。

馬車を降りるときに、強い握手をして別れた。

またどこかで会えるといいなと思った。


街に着くと、集合場所に行った。

私以外にも数人が集まっていた。

仕事の内容は外壁改修である。非常に疲れる作業だが、世の中に必要なことである。

モンスターからの脅威を防ぐためには、これしかないのだ。

数分経って全員がそろった。

リーダーからの𠮟咤激励が始まる。

「今日はな、このでかい壁を直すんだよ。果てしないだろ」

その通りだ。街をぐるっと囲むこの壁を隅々まで直すのは、想像するだけで骨が折れそうになる。

「でもな、この仕事を誰かがやらなきゃいけないんだ。お前、どう思う」

リーダーは一人の男に意見を求めた。その男は、背が高いが、ひょろっとしていた。

しかし、臆さずにこう答えた。

「私はこの仕事を通して家族を守りたいです!」

その言葉には、私にも通ずるものがあった。

「お前は素晴らしいな。こいつみたいに信念があったり、この仕事を誇りに思うやつもいるだろう。そうやって、生きる意味を見いだして頑張ろうや。手を抜くなよ」

リーダーは手を叩き、𠮟咤激励に終わりを告げた。しかし、付け加えるように

「これを終えたら、みんなで打ち上げだからな」

と言った。その言葉は毎回の現場で言われるのが、お約束だ。

みんなは沸き上がった。場の温度が上がったかのように思われる。

私も沸き上がったうちの一人である。


あれから約一か月が経ち、今日で仕事は終わった。

周りを見渡すと、みんなが疲れた顔をしているが、妙に気持ちよさそうでもあった。

「いやー疲れましたね、クリスさん。」

私より年下で後輩のヒルカが私に嘆いてきた。

「ヒルカ。お前、がたい良くなったな」

「え、かっこいいすか。モテますか?」

「んー、わからん」

ええ、とヒルカは言い悲しげな顔をした。


現場の後片付けを終えて、私たち全員は酒場を目指した。

その大所帯に街の人たちが釘付けになっていたが、壁を工事していたことを知っているので騒ぎにはならなかった。

皆、がたいが良くなったので、傭兵団に見えないこともない。


「いらっしゃいませー」

酒場に着くと、愛想がいい女が席に案内した。

そして、打ち上げは始まった。


まずリーダーが辛気臭い挨拶をする。

「皆さん、お疲れ様です。今日はね、半分は私のおごりということで、楽しみましょう。いやーほんとに頑張って...」

「いや、長いわ!乾杯!」

副リーダーがそういうと、全員が乾杯と言い、グラスを高々と掲げた。

リーダーと副リーダーのこの流れはお約束で、毎回行われる。

笑いは毎回起きている。確かに面白い。

しかし、そろそろ飽きたよ、と私は思っているが言わない。


私はヒルカと飲んでいた。

話す内容は女にモテるとかそういう話ばっかだ。私はそういう話は好きでも嫌いでもないので、付き合ってあげた。


「クリスさんは、妻と子供に会いたくて仕方ないんですよね」

「まあそうだな。めちゃくちゃ会いたい」

「いいなー。俺も早く結婚したい。この強くなった体でナンパでもしちゃおうかな」

ヒルカは、女に飢えている。若いなと私は思った。昔の自分と重ねて、懐かしくなる。妻と出会ったのはこういう酒場だったな。

早く村に戻って妻と娘に会いたい。そんな思いを抱いていた。


そうして打ち上げは終わった。

かなり盛り上がったためか終わるのが惜しくて少し胸が締め付けられた。

私は宿屋に戻り、眠りについた。

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