第22話 グランデル商会での騒動

 図書室で謎の事件簿についてノワレ司書長に話を伺ってみた。


「例の資料の執筆者は、いまだに不明でございます」


「何か理由があるのですか?」


「理由ですか……痕跡もないのです。私も何度も確認しておりますが……どういうわけか、棚に戻すたび資料が増えているのですよ。まるで誰かが夜のうちに続きを差し込んでいるかのように。ミレニア大聖堂七不思議のひとつとされております」


「七不思議……初めて聞きました」


「え、それ私も知ってますよ!」と、リュミエルが表紙を抱えたまま顔を上げた。


「アークウィンドの階段とか、結界石の哭とか。あと、失われた聖女の祭壇! あれですよね!」


「リュミエル様はご存じでしたか」


「割と有名ですよ。巡礼者の噂にもよく上がるし……でも、謎の事件簿が影の執筆者って呼ばれてるのは知らなかったなぁ」


 どうやらミレニア大聖堂七不思議とは、思った以上に市井に浸透している話らしい。

 とはいえ、書物が勝手に増えるという一点だけは、怪談で片づけるには妙に生々しい。


「この件については、いずれ時間があるときに調べてみましょう。それではノワレ司書長、この暗黒魔法の研究資料は借りていきますね」


「資料は勝手に増えるものもありますが、紛失しやすいものも多いので……どうかお気を付けて」


 軽い冗談のように言いながら、司書長の目だけは真面目だった。


 影の執筆者の正体は後にして、まずは暗黒魔法の研究資料だ。

 分厚い背表紙は、持ち上げただけで内部に挟まれたメモや付箋がぱらぱらと息をするようにずれ落ちてくる。

 読み込んだ者の手の温もりが、まだ残っている気すらした。


 午後になると着替えてリュミエルと共に徒歩で大聖都ミレニア南西部商業区のミレニア外壁部へ向かった。


 外壁が近づくにつれ、建物の質感は徐々に変わっていく。磨き上げられた白石の街並みは影を落とし、素朴な木壁と土煉瓦の家々が増え始めた。貧困層と呼ばれる区域だが、それは貴族が勝手に貼ったラベルであって、実際には仕事も食事も安定しており、外壁内で暮らす人々にとっては“普通の生活”そのものだった。


 ただし、外壁の外へ一歩でも出れば話は変わる。そこは治外法権の無法地帯。生活に行き詰まった者、犯罪者、孤児……様々な事情を抱えた人々が暮らしている。小さな犯罪は日常的だが、重犯罪が少ないのは、お互いに生きるための“暗黙の協定”があるからだと聞いたことがある。


「ここがグランデル商会です」


「徒歩だと……結構ありますね」


 リュミエルに案内され、ようやく目的地へ辿り着いた。ミレニア大聖堂から外壁商業区までは人混みをかき分けても二時間ほど。距離だけでなく、空気の匂いも街の層を移動してきたことを物語っていた。


 そもそも今日ここへ来たのは、先日ナブラリア=バラン公爵夫人の誕生パーティーで、商会主のヨアン=グランデルと縁ができたからだ。どうやらソルフィーユの記憶の中でも、この商会の近くで倒れた子供を助けたことがあり、その子の親がヨアンだったらしい。


「では、入ってみましょう」


 店に足を踏み入れると、思った以上に客が多く、店内は活気に満ちていた。人だかりの中央には、ビー玉のような色とりどりの球が山積みになっている。パーティーで渡されたあの飴だ。店の売れ筋というのも頷ける。


「これが例の……飴ですか」


「いらっしゃいませ、お嬢さん。お姉さんとお買い物かい?」


 声を掛けてきたのはヨアン本人だった。どうやら俺たちに気付いていないらしく、完全に姉妹として見ているようだ。


 思わずリュミエルと顔を見合わせる。リュミエルは口元を押さえ、くすりと笑った。


「ふふ……姉妹に見えるんですって」


「まあ、髪色も似ていますし、年齢差も五つ程度ですからね」


 リュミエルは二十一歳。俺は十六歳。銀髪と白銀の髪色は光を受けると似た輝きを見せるから、姉妹だと言われても誰も疑わないだろう。


「ヨアン=グランデルさん、こんにちは。先日のパーティー以来ですね。今日は遊びに来ました」


「……パーティー? ……え? …………せ、聖女、さ……様?」


「お忍びです。騒がないように」


 リュミエルが静かに囁くと、ヨアンは慌てた様子でこくこくと頷いた。顔が真っ赤になっている。姉妹と勘違いした手前、余計に気まずいのだろう。


 どうやら、今日の商談(?)は少しだけ面白い展開になりそうだ。


 奥の部屋に通された俺たちは、茶菓子と紅茶を味わいながら、目の前で滝のような汗を流しているヨアン=グランデルを眺めていた。


「この茶菓子は美味しいですね。紅茶ともよく合います」


「は、はい! バラン公爵夫人にも大変お気に召していただきまして、増産しているところでございます!」


 ナブラリア=バラン公爵夫人と懇意にしているという話は、どうやら誇張ではなさそうだ。ヨアンの声には誇りと緊張が同居していた。


「……ところで、本日はどのようなご用件で……?」


 恐る恐る問いかける姿に、貴族相手に商売している商会主とは思えないほどの弱々しさを感じた。聖女という立場が、ここまで人を萎縮させるものなのか。


「そんなに警戒しなくて大丈夫ですよ。今日はグランデル商会にお仕事をお願いしたくて来たのです」


「お仕事、でございますか? 当商会は菓子の製造販売、生活雑貨の製造、日用品の仕入れ、他国からの輸入品などを扱っておりますが……」


 仕事の話になった途端、ヨアンの声色が変わった。商人としての顔に切り替わる瞬間で、その切り替えの鋭さに思わず口元が緩む。


「私は、この国と聖レイディア教をより良い方向へ導きたいと考えております。そのために、ヨアン=グランデルさんのお力を借りたく参じました」


「私の息子を救っていただいた恩は、生涯忘れません。どのような事でも、ヨアン=グランデル……女神レイディア様に誓って、聖女様のお力になりたいと思います」


「その言葉、信じましょう」


 感謝の祈りを捧げようと目を伏せた、その瞬間だった。


 店先で怒号が上がり、何かが壊れる激しい音。そして悲鳴。俺とリュミエルは同時に顔を上げ、急いで音のした方へ向かった。


 視界に飛び込んできたのは、無残に荒らされた店内だった。棚は倒され、色とりどりの飴玉は床に散乱し、踏みつぶされ、もはや商品としての形をなしていない。


「おい、グランデル! 出てこいや!」


 粗雑な声。店の中央には、チンピラ風の男が数名、こちらを睨みつけて立っていた。


「はぁ……またあいつらか……」


「グランデルさん、あの人たちは?」


「向かいにあるタイガー商会の雇われでしょう。最近、こうして難癖をつけては営業妨害をしてくるのです。正直……かなり困っています」


 ヨアンの表情に、疲れと諦めがかすかに混じっていた。だが同時に、この光景は商人同士の小競り合いでは済まない状況だ。


「ソルフィーユ様」


「そうですね。とりあえず、お店から出てもらいましょう」


 これ以上、グランデルのお店を壊されても困るし、周りのお客さんにも迷惑だ。速やかに退店を願おう。


 店内に柄の悪い男が一人いた。

 菓子の棚が破壊され、床に散乱している。

 

「周りのお客様に迷惑だ、外に出なさい。さもないと痛い目に遭いますよ」


「なんだぁ? グランデル商会は女の用心棒でも雇ったのか? あははは」


「……忠告はしました」


 リュミエルは一歩踏み込むと、瞬時に男の懐に飛び込んだ。


 腰に差した剣を鞘ごと突き出し、柄頭を男の鳩尾にキメる。

 急所の一撃は男の呼吸を止め、前身の動きを止めるには十分な一撃だった。

 リュミエルは片手で男の襟元を掴むとズルズルと引摺り、道を挟んだ向かいのタイガー商会の前に投げ捨てた。


「これに懲りたなら馬鹿な真似はよすんだな」


 随分と男気のある聖騎士リュミエルである。

 まともな戦闘ではないが、スイッチが入るとリュミエルも人が変わるようだ。


「短時間かつ的確な制圧、お見事でした」


「まだまだです。銀翼の団長はもっと凄いのですよ! 紹介したいのですが、副団長に任せてどこかにサボっているのです」


「そうですか。団長ですし、どこかで会う機会があるでしょう」


 聖女をしていると様々な偉い人に会えるので、いつかは会えるはずだろう。

 それよりも、店内の荒れ模様をなんとかしなくては。


「リュミエル、私たちも店内のお片付けを手伝いましょう」


「わかりました!」


 申し訳なさそうなグランデルを他所に、手分けして荒れた店内を清掃することになった。

 


・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

あとがき


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

リュミエルの出番もこれから増えて行く予定です。

大聖都ミレニアに巣食う闇組織の存在、ソルフィーユとリュミエルはどのように立ち向かうのか、続きを読んでいただければ幸いです。

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