見掛け倒しと呼ばれた御影多緒
@tkdkt
第0話
7月下旬の神奈川県。
今年初の熱中症警戒アラートが出たこの日、県内のとある体育館からキュッキュッ、バンバン、という音や掛け声、時折歓声が響いていた。県の中学校バスケットボール大会、横須賀ブロック予選が行われているのだ。
冷房が入っているとはいえ館内はかなりの暑さで、運営や教師の大人たちがうるさいくらい水分補給を呼びかける中、選手たちは激しい試合を繰り広げていた。
ちょうど今1つの試合が終わり、次の試合に出場する鴨ノ浦中学と大津ヶ丘中学の女子選手たちが、ウォーミングアップのためコートに散っていった。
その中で、コートに入った瞬間から周囲の注目を集める選手がいた。
「おいおいおい。」
大津ヶ丘中学のコーチが声を上げた。彼が目に留めたのは、相手チーム鴨ノ浦中学の背番号8の選手。中学生女子とは思えないほどの長身。180cmを超えているだろうか。そして、褐色の肌。黒人だ。その引き締まった筋肉質の身体と長い手足は、一見しただけでいかにも「デキる」と思わせる雰囲気を持っている。アップでボールを扱う所作を見れば、雰囲気だけでなく実際に上手いことは明白だ。
「あんなのがいるなんて聞いてないぞ。」
高校の強豪校ではアフリカなどからの留学生がいることもあるが、U15では外国籍選手は原則出場できないはずだ。
「日本人、なのか?」
誰にともなくコーチが呟くと、横にいたマネージャーが言った。
「なんか、SNSで見たことあります。」
マネージャーはタブレットを操作して、目的の投稿を見つけるとコーチに見せた。それを見たコーチは怪訝な顔で読み上げた。
「『K中学の御影多緒、名前通りの見かけ倒し』だぁ?」
「学校名は伏せてありますが、『K中学の180くらいの黒人』ってありますから、たぶんあの子のことでしょう。」
「名前が『御影多緒』なのか。やっぱ日本人ってことか?」
記事を読みながらコーチは言った。「御影多緒」が本名かどうかはわからない。学校名は伏せているのに人名を出すのは不自然だし、むしろ「見かけ倒し」に掛けた悪質な語呂合わせにしか見えない。
「見た目はデキそうだけど実は大したことない。だから『見掛け倒し』だって書いてあります。対戦したって人の賛同コメントもついてますね。」
バスケットボールにおいて背が高いことは大きなアドバンテージだが、それだけでいい選手と決まるものではない。「黒人=身体能力高い」というのも勝手な思い込みだろう。「背の高い黒人」というのは、国内外のトップリーグなどで活躍する選手を思い起こさせる一方で、みんながみんなそういう選手のようになれるわけではないこともたしかだろう。
コーチはもう一度8番に視線を移した。彼女はパスを受け、シュートフェイクからワンドリブルでサイドステップ、ジャンプシュートを打ち、決めた。その動きはなめらかかつキレがあり、美しいフォームから綺麗な軌道を描くシュートは確率の高さを感じさせる。
「ネットのウワサを鵜呑みにするなよ。」
コーチは言った。不確かな情報よりも自分で考えて答えを出せ。普段から教師として生徒たちにもそう言っている。しかし今は自分に言い聞かせるようでもあった。今の投稿は信じないほうがいい?それとも、8番が「上手そう」と感じる自分こそ見た目で判断しているのか?目の前の華麗な動きすら疑うべきなのか?
見た目にもウワサにも惑わされず、プレーの中で実力を見極める必要があるが、やはりあのサイズはそれだけで脅威に感じる。手は打っておくか。
「神崎を呼んでくれ。」
コーチが指示すると、マネージャーはアップ中の選手の1人に声をかけた。
「遥香ぁ」
遥香と呼ばれたその選手が駆け寄ってくると、コーチが言った。
「あの8番にはお前がつけ。しっかり押し出してペイントで仕事をさせるな。」
「はいっ。」
神崎遥香の応えは短いが力強い。彼女は得点力は低い代わりに、体を張ったディフェンスが得意なことからスターターに起用されている。本来なら、相手の8番につくのはチームで最も背が高いセンターポジションの選手のはずだが、フォワードの遥香がマッチアップに選ばれたのは、持ち味のディフェンス力を買われてのこと。コーチからの期待を感じ取った遥香は、「絶対止めてやる」という決意で相手の8番を見た。
相手チームからのそんな視線を、鴨ノ浦の8番、御影多緒は感じ取っていた。「あぁ、またか……」。多緒は諦めとウンザリ混じりのため息をついた。嫌でも目立つ見た目だし、「バスケが強そう」に見えることも自覚している。だから相手チームから目をつけられるのは、ミニバス時代からのあるあるだ。だからといって慣れるものではない。自分にもっと自信を持てれば堂々と受け止められるのかもしれないが、多緒はそうではなかった。自分の力が足りないことも自覚しているし、「見かけ倒し」と揶揄されるのもしかたないと感じている。
できるだけ気にしないようにしつつ、向けられた視線の元をチラっと伺うと、こちらを見ている遥香と目が合った気がした。遥香は元々キツめの顔つきなのだが、そんなことは多緒は知らない。決意のこもったその険しい表情は「めっちゃ睨んでる」ように見えた。
「今日の試合も厳しく当たられそうだな……」。テンションが下がり集中できないまま、多緒はアップを続けた。
そして試合が始まった。
多緒は予想したとおり遥香の激しいディフェンスに遭った。ポジション取りでは力強く押し出され、ディナイもしつこく手を出された。嫌がって遥香から距離をとろうとする多緒はどんどん悪いポジションに追い込まれる。思うようにプレイができない。それでも、高さでリバウンドを取るシーンはあるし、そこからの得点も決めた。ディフェンスでも、相手オフェンスに押し負けていいポジションを取られるが、高さで勝る分イージーなシュートはほとんど許さない。ブロックも決めている。まずまずの活躍ではある、のだが…………。
ハーフタイム、ベンチに戻った神崎遥香はマネージャーに聞いた。
「何点取られた?」
「8番には、えーと、5点ね。」
スコアシートを見ながらマネージャーが言った。ディフェンスのいい遥香がマッチアップしなければもっと取られたかもしれない。現状でもこの試合2桁ペース。まぁまぁ活躍されていると言える。8番の実力はウワサほど低いものではないのかもしれない。
「『見掛け倒し』なんていうからもっとダメダメかと思ったけど、案外やるわね。でもまぁ許容範囲じゃないかしら。遥香をつけて正解だったわ。よく守れているよ。」
「いや、確かに『見掛け倒し』だよ。」
遥香が言った。
「そう?」
「数字は残せているかもしれないけど、それだけだ。強くはない。」
「あたしもそう思うよ。」
オフェンスでマッチアップしていたセンターの選手が言った。
「ポジション争いでもボックスアウトでも、押してて手応えがない。激しさもしつこさもないし、『ただ立ってるだけ』って感じ。あの高さだけは厄介だけど、それほどやりにくい相手じゃないよ。」
「スクリーンもあんまりしっかりかかってないしね。」
「気が弱いというか、消極的というか。」
「やっぱ『見掛け倒し』ってか。」
他の者も、口々に勝手なことを言って笑っている。
隣のベンチの多緒にもその様子は窺い知れた。「また自分が笑われているのかな」などとつい気になってしまう。いつものことだ、しかたないと諦めてはいるが、それでもやはり気が沈む。
そんな多緒に、チームメイトの森下美卯が声をかける。
「あんまり気にしないで。よく頑張ってるよ。後半もその調子で行こう。」
美卯の優しさはありがたいが、多緒の心を軽くする助けにはあまりならない。よく走っている。跳んでもいる。得点、リバウンド、ブロックもとった。でも、それだけじゃ足りない。そんなことは自分が一番わかっている。もっといいプレイをしたいのに、どうすればいいのかわからない。見た目が弱そうならもっと楽なのだろうか?
この苦しさは他の人にはわからないのかもな。多緒はそんなことを思いながら、
「うん。ありがとう。」
と、力のない笑顔で答えた。
この大会が終われば、3年生の多緒は引退だ。高校に行ってからも、こんな思いをしながら自分はバスケを続けるのだろうか?
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