陰陽師はナポリタンがお好き
山いい奈
1章 名も無きカフェについて
第1話 その正体は
そこは、普通の人間から見たら、ただの公園の一角である。面積にして畳1枚ほど。隅っこにあるその土地全体が白いシートで覆われ、整備中との立て看板が出ている。
その前を、ふたりの若い女性が通り掛かる。ひとりは長いアッシュカラーの髪を姫カットにし、派手な和柄のジャージで全身を包んでいた。もうひとりは金髪のウエイビーヘアで長さは肩ほど。服装は黒のロングワンピースである。
そのふたりが、シートの前で忽然と消えた。まるで何かに拐かされたかの様に。しかし誰もそれには気付かない。公園内にはぽつぽつとだが人もいるというのに。だがそうなっているのだ。それはその女性たちにとっては不思議でも何でも無い。
そして、そのふたりが到着したのは、とあるカフェだった。さっぱりとした白い壁に淡い木製の柱、板張りの床。暖かみはあるが、これといった特徴の無い店内である。
「こんちゃー」
「こんちは」
ふたりが声を掛けると、カウンタの内側に立っていた、こちらも若い女性がにっこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ」
24歳の
「いらっしゃいませ」
笑顔でお迎えしたのは、ご常連のお客さまのうちのふたり。アッシュカラーヘアに姫カットのお客さまが
ふたりは並んで、カウンタ席の手前の2席に腰を下ろす。羽菜は常温のおしぼりを渡した。
今は4月。華やかな春である。桜やチューリップ、バラなど、たくさんの花がほころぶ心踊る季節だ。気温もぽかぽかと和らいでいる。
「あ〜、もうわけ分からん人間と話すんの、ほんま疲れるんやけど」
渡辺さんがおしぼりで手を拭きながら、ぶすくれて愚痴る。なかなか辛辣だ。もうお馴染みなので、羽菜は「あらまぁ」と笑みを浮かべた。三津谷さんは隣で苦笑をにじませている。
「聞いてや羽菜ちゃん、あのおっさん、こっそり住民税上げてもええか? なんて聞くんやで。そんなん私に聞くまでも無く、市民の反感買うに決まってるやん。あほか」
現在、日本は不景気と言われる経済状態が続いている。このおよそ30年、勤め人のお給料はあまり上がらず、なのにここ数年物価高、税金高に見舞われ、人々は喘いでいる。
もちろん裕福な人だって多い。自らの才能や能力を駆使し、社会的地位を上げて来た人々だ。だがお金を稼ぐこともひとつの才能で、それに恵まれていない人の方が圧倒的に多い。
所得税などは取得額によってパーセンテージが変わるので、大部分は裕福な人たちが支払ってくれている。だが貧富問わず公平に徴収される消費税というものが存在する。
山奥のターザンや仙人などならいざ知らず、街中で生きていくのに物資のお買い物は必要不可欠である。なので消費税は嫌が応にも納めることになる。例えそれが小さな子どもであっても。
納税は国民の義務ではあるが、どうにも余計に徴収されている様な気もしてしまうのは、多分たくさんの人が感じているだろう。近年には国税収が過去最高となったと聞いている。
税金には国税と地方税があって、住民税は地方税である。その増減を決めるのは地方自治体なので、税収を上げたい理由があるということなのだろう。
だが今、それをされれば間違い無く住民の不満を買うと思う。税収増の前にしなければいけないのは現行政の見直し。それは民間企業であっても同じことである。
大阪府は43の市町村で構成されており、うち政令指定都市は府庁所在地でもある大阪市と、隣接する
羽菜はこのカフェの2階にある住居スペースで生活をしている。ここは大阪市の阿倍野区になる。だが住民票は実家である大阪市住吉区のあびこに置いたままだ。
ここに入れるのは、とある特殊能力のある人のみ。つまり羽菜も三津谷さんも渡辺さんも、その能力を有していることになる。羽菜は落ちこぼれだが、三津谷さんと渡辺さんはその才に溢れていた。
「なぁ、祖父ちゃん、どう思う?」
渡辺さんがカウンタ席並びの奥に視線をやり、問い掛けた先には、紺色の着流しを身に着けた長髪の美丈夫がゆったりと椅子に身体を預け、お椀に入れられたナポリタンをお箸ですすっていた。長い髪は襟足で結わえられている。
「そうやなぁ」
その美丈夫、若かりし姿の
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