第12話 悪女
第七章 再々会
ちょっと歌でも歌おうかなと頭をよぎるが、まだ酔いが足りない。なんか恥ずかしいという気持ちが浮かんできたので、まだおとなしく酒を飲む。ボックス席の団体も、歌い疲れたのか、カラオケはやんで静かに話し声が聞こえる程度の店内。こういうエアポケットに落ちたような落ち着いた雰囲気も好きだ。
ふいにお客が3人入ってきて、奥のボックス席に座ったようだ。その席にゆうきちゃんが行き、キャッキャッと女の子らしい声が聞こえた。若い男女が来たようだなと思っていたら、ゆうきちゃんがひとりの美人の女の子を連れてきた。心臓が痛みを思い出す。
「覚えてる?私の会社の後輩でこないだいっしょに飲んだでしょ?」隣の美人メガネっ娘は「お久しぶりです」と笑顔をつくる。「あ、えっと先週、いっしょに飲んだ娘?」と問い返すとゆうきちゃんが「もー、もっと前!ちゃんと思い出して!」と笑いだすので「ちょっとふざけて、確認しただけだよ。ちゃんと覚えてますよ!サディスティックな子でしょ!」と返しました。丸の内ちゃん再々登場です。
肩まで伸びたストレートの黒髪、控えめな水色のワンピース、魅惑的な切れ長の目を隠すような黒縁の眼鏡、戸惑ったような笑顔をたたえている丸の内ちゃんは前に会ったときよりも美しくみえた。いままでのように隣に座るのかなと思っていたが、丸の内ちゃんはペコリとお辞儀をして、ススっとボックス席に戻っていきました。あれっと残念な気持ちが湧いてきたので(おっさん!自意識過剰!キモい!)と自分自身を戒めて、湧き出る残念な気持ちに泡で蓋をした。
新しいお客が入ってきて、店全体がまた活気を取り戻したかのようになり、ボックス席のおじさんとおばさんも、息を吹き返したかのように歌いだす。最初に入ったのは『居酒屋』。定番のデュエット曲。おじさんとおばさんのこなれた掛け合いが続く。
歌好きのあの娘のことだから、すぐに歌いだすんだろうなと勝手に予想しつつ、なんか自分も歌いたい気分になっていた。
店は昭和歌謡が続いていて、少し勢いのある歌が聞きたい。モンパチの「小さな恋の歌」を入れて待つ。しばらくして曲が入り、なにも言わずとも、ゆうきちゃんがマイクを渡してくる。デンモクを入れるところを、見ているのか、曲名で予想するのか、彼女は間違うことなく歌う客にマイクを渡す。
久しぶりに歌う歌だったが、いつものように高音を絞りだし歌いきる。拍手をもらい余韻に浸っていると、中島みゆきの「悪女」が入る。おお、なかなかいい選曲だ。年代的にはおじおばボックス席の、歌だろうなと思っていたら、丸の内ちゃんが歌いだす。
もはや聞き慣れてきたが、柔らかい伸びのある声がいい。この歌、めっちゃ切ない歌。同棲している彼のこころが、どうやら自分から離れていて、違う女を好きになっていることに、気づいた彼女は彼のことは大好きだけど、わざとひどい悪女を演じて、思いっきり、振られようとするって歌詞。自分から振りはしないって言うところもいい。切ない。
相変わらずの歌ウマ娘。曲のチョイスも店内の年齢層に合ってるため、みんな拍手をしている。ちょっと自分もノッてきたので、次の歌をデンモクで物色していると「歌、おつかれさまでーす」とニコニコしながら、丸の内ちゃんがグラスを持ってやってきて、隣のカウンター席の椅子を引く。
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