第4話 丸の内サディスティック

第二章 丸の内サディスティック


生ノースマンを出すスキもないままに時間は過ぎていく。酔いもいいかげん回ってきてこの店のカウンター席に自分が馴染んできているのがわかる。カラオケはバンバン入り、今はボックス席のおっさん8人軍団が石原裕次郎の『恋の街札幌』を歌っている。カウンターのちょっとぽっちゃり男も歌を入れているが、よくわからんマイナーな曲だった。(そういうとこだぞ)と心の中で突っ込む。奥のボックス席の男女4人は少し若めなのでスピッツの『渚』を仲良く歌っていた。


『恋の街札幌』に拍手を送っていると、ゆうきちゃんが笑顔で無言でデンモクを押し付けてきた。目が(歌えし)と言ってる。ちょうど気分よく酔いも回ってきたので、ひとりだけど歌っちゃおうと思い、最近好きでよく歌っているレミオロメン『3月9日』を入れる。この曲がいいのは歌だけじゃなく、カラオケの背景映像がPVで女子高校生役の堀北真希が出ているところがポイント高い。結婚式でもよく使われるから、カウンターに結婚する2人もいるらしいし、いいチョイスではないか、なんて思ってひとりでニヤニヤする。


ほどなく順番が回ってきて、ゆうきちゃんがマイクを渡してくれる。たいして歌に自信はないけど情感を込めて歌う。スナックでは歌の上手い下手ではなく、へんに照れたり恥ずかしがったりせず、ちゃんと気持ちを込めて歌うのが大事。そうすれば自然とみんな乗ってくれるし、自分も気持ちもよくなれる。歌い終わると奥のボックス席のスピッツ4人組が拍手して、盛り上がってくれて、気分が上がった。


カラオケ画面をみると2-3曲入っていたので、次は失恋ソングの優里の『ドライフラワー』を入れる。これも好きでよく歌っている曲。切ない別れの曲なんで結婚する二人にアンチテーゼとしてね。結婚祝ってばかりじゃないぜ。悲しい別れの歌でも聞いとけと心の中で思う。


デンモクをいじって、歌を入れている最中に、奥のボックス席のスピッツ女子が椎名林檎の『丸の内サディスティック』を歌いだし、(おお、歌うまい、懐かしい)と心の中で思う。ちょっと覗き込んでチラ見したところ、女子の雰囲気は30くらいかな。暗いからよくみえなかった。30くらいなら椎名林檎の世代じゃないだろうから、年齢層高めの今日のスナック店内に合わせたチョイスなのかなと推測。なかなかやるなあと感心したが、この曲、かっこいいけど下ネタ満載の曲なんだよね。と心の中でつぶやき、むしろいいけどと賞賛する。


時間は23時を回って徐々に客が帰りだす。だいぶお店の中の席にも余裕ができてきたところで、順番が来たので『ドライフラワー』を歌う。これも歌い慣れているので切なさを意識して歌う。高音が辛いけどギリギリ喉の奥から声を絞りだす。どうにか最後まで歌い終わって、絞りだして疲弊したし、アンチもできたし、歌はもういいかなと思い、ゆうきちゃんとくだらない会話をする。「優里ってストリートから売れたんだよ」ゆうきちゃんが言う。「へーそうなんだ。おれもストリートやるかな」どうでもいい冗談をオレが言う。ふいにドアからで出ていくめぐみを視界の端で捉えた。どうやら帰ったみたいだ。これはノースマンを渡すチャンスか?と思ったが、すぐにトイレとかから戻ってきたら困るので、また少し様子をみる(慎重)。

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