戦った国、手を結んだ国
テーマパークと化したティルナノグの内部は、ミハエルの皮肉な予想をさえ上回る混沌と狂騒に満ちていた。一行が足を踏み入れたメインストリートは、あらゆる人種と、そして非人間が入り乱れる万国博覧会の様相を呈している。空には龍の形をした広告ドローンが火を噴く真似事をし、道端では鎧を着たアンドロイドが観光客相手に記念撮影に応じていた。
「うっわー! 何これ! 未来じゃん! 超未来じゃん!」
天馬蒼依が子供のようにはしゃぎ、目をきらきらさせながら辺りを指差す。その隣ではアン=ローレンが呆れたようにため息をつき、ガートルードは人混みに酔ったのか少し青い顔でユーナの腕に掴まっていた。
「はっはっは! こいつは景気がいいぜ! ミハさん、見ろよ! あの屋台、AIがたこ焼き焼いてやがるぜ! しかも完璧な球体だ!」
フレデリックが腹を抱えて笑う。アリウスは興味深そうにその光景を眺め、
「なるほど、誤差のない調理アルゴリズムか。素晴らしいね」
などと真顔で分析している。一行の中でも、この異様な光景への反応は様々だった。
黒い翼をたたんだままのブラックヴァルキリー・カーラは、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでいる。彼女にとって、ここは魂を導く戦乙女たちの故郷だったはずの場所だ。その神聖な大地が、今は電子音と合成食品の匂いで満たされている。その屈辱は察するに余りあった。
「……趣味が悪い」
ぽつりと呟いたカーラの肩を、サリサがポンと叩いた。
「まーそー言いなさんな。ほら、見てみ。あっちのパビリオン、AIが描いた絵の美術館だって。フィオラがもう涎垂らして見てるわよ」
サリサが指差す先では、巨大なドーム型の建物にフィオラが吸い寄せられるように歩き出していた。彼女の赤い瞳は、既に獲物を見つけた狩人のように爛々と輝いている。骨董品や美術品に目がない彼女にとって、AIが生み出す未知の芸術は格好の品定めの対象なのだろう。
水鏡冬華は、そんな仲間たちの様子を静かに見守りながら、ふと足を止めた。彼女の視線は、群衆の中の一点に注がれている。
「あら。あちらにいるのって……」
冬華の視線の先、人混みをかき分けるようにしてこちらへ向かってくる一団がいた。その先頭に立つのは、緑の騎士装束に身を包んだ、見目麗しいエルフの女性。長くしなやかな金の髪を揺らし、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「ミハエル様!」
鈴を転がすような声と共に、彼女――フェルミン国エルフ騎士団のエレナ=オブ=メノーシェは、ミハエルの姿を認めると、ぱあっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。そして、何の躊躇もなく、そのしなやかな腕でミハエルの右腕にぎゅっとしがみついた。
「お久しぶりです、ミハエル様! まさか、このような場所でお会いできるなんて!」
エルフ特有の甘い香りが、ふわりとミハエルの鼻孔をくすぐる。ティルナノグの一件以来、エレナが自分に妙に懐いていることには気づいていたが、公衆の面前でここまであからさまにされると、さすがに周囲の視線が痛い。ミハエルは内心で短くため息をつきつつも、表情は崩さず穏やかに応えた。
「ああ、エレナ嬢。息災そうで何よりだ。で、世界中の主要人物に招待状届いてんでしょ? うちの筋肉オーヴァン=フォン=ヴァーレンス国王も来たわ。君たちとも会うの分かり切ってんじゃん。君たちもこの祭りにきたんでしょ?」
「はい! 我が国もこの新技術には注目しておりまして、視察団として参りました! でも、一番の目的はミハエル様にお会いすることでしたの!」
無邪気に言い放つエレナの言葉に、サリサが面白そうに口笛を吹き、フィオラが意味ありげな視線を向けてくる。ミハエルはそれらを無視し、エレナの後ろに控える巨漢の男に目をやった。岩のように隆起した筋肉、日に焼けた肌、そして豪快な笑顔。貿易国家ブルゴーニュが誇る精霊士団(エレメンタラー)の頭領、マンボー=グラノリェルス=ゴメスだ。
「よぉ、ミハエル公爵! アンタも物好きだな、こんな胡散臭ぇ祭りに来るとはよ!」
マンボーはガハハと笑いながら、ミハエルの背中を思い切り叩いた。ゴッ、と鈍い音が響き、常人ならば骨が砕けているであろう衝撃が走る。
「いてえよハゲ……相変わらず、挨拶が手荒いな、マンボーくん」
「はっ! ハゲじゃねえし! 床屋でもうちょっと気取った髪型注文しろとは言われるけどな、部下から。それに テメェに比べりゃ赤子の愛撫みてぇなもんだろうがよ! それより、なんだそのエルフの嬢ちゃんは。いつの間に誑かしたんだ? この色男が!」
マンボーの遠慮のない言葉に、エレナは顔を赤らめて
「た、誑かされてなどいません!」
と抗議するが、その声は上擦っている。ミハエルは腕に感じる柔らかな感触と重みを意識から追い出し、やれやれと首を振った。
「彼女はわたしに熱上げてる。熱が下がれば嘘のようにどっかいくさ」
「ちょっと! ひどいですよ!」
「わざとひどいこと言って恋心さまそうとしてんのさ」
「つれねぇこと言うなよ、ダチ公。ティルナノグで背中預け合った仲じゃねぇか」
(厄介な男に絡まれたな)
とミハエルが内心で毒づいた、その時だった。
「あら、皆様お揃いで。随分と賑やかですね」
凛とした、声が、すぐ近くから聞こえた。振り返ると、そこに立っていたのは、陽光を反射して輝く金髪の女性だった。アンリ国のエレノア=ダグラス=フェネル。彼女もまた、数人の供を連れている。
「エレノア嬢か。あなたも来ていたとはな」
とわざと驚いてみる。
(アンリでって言うなら彼女も入るわな)
ミハエルの言葉に、エレノアは扇で口元を隠し、優雅に微笑んだ。その目は、値踏みするようにミハエルの腕に絡みつくエレナ、豪快に笑うマンボー、そしてその周りにいる一癖も二癖もありそうな面々を、素早く観察している。
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