転生した呪いの日本人形は異世界ダンジョンで美少女エルフに拾われたので、幸せを掴もうと思います。

小林一咲

第1話 見失いかけた幸せ

 親への嫌悪感を抱き始めたのは、ちょうど高校受験の時だった。

 志望校に落ちた僕は、まるで生きる意味を失ったかのように意気消沈し、そんな姿になっても、両親は無情に罵声を浴びせ続けてきた。


 幼い時から家庭教師をつけられ、所謂“お受験”のためにゲームはおろか、同年代の子どもと同じように外で遊んだりすることも禁止された。

 そんな生活を十数年続けていると、感覚が麻痺してくるものだが、高校受験という人生の岐路で目が覚めた。


「自分は両親の操り人形などではない」


 そう思った。

 しかし、反抗の仕方すら知らない十八歳にとって、それはあまりにも遅すぎる覚知であった。


 結局滑り止めの私立校へ入学し、それなりの大学に入り、それなりの大手企業へ就職。今までとは違い、親元から離れたい一心で勉学に励んだものの、相変わらず友達と呼べるような人間と出会う事は無かった。


「よっ、久しぶり」


「ハルキか……」


 会社からの帰り道、偶然出会ったのは、高校の同級生で比較的会話を交わしていた今井 春樹だった。彼とは高校卒業後、「防衛学校に合格した」と人づてに聞いて以来、一切の連絡を絶っていた。


「自衛官になったのか」


「ああ。まだまだ下の方だけどな。お前はどうよ?」


「どうって事ないよ」


 コンビニで酒を買い、近くの公園で会話を重ねていると、なんだか失った青春を取り戻せているような気がしてくる。


「俺、来月結婚するんだ」


「えっ、結婚?」


 聞けば、自衛隊の同僚だか後輩だかと地元が同じこともあって意気投合。三年ほど交際をし、結婚することになったらしい。


「結婚式は俺たちの地元でやろうって話になってさ。よかったら来てくれよ」


「なんで僕が……?」


「なんでって、俺ら友達だろ?」


 当てつけのつもりだろうか。いいや、彼はそこまであくどい人間では無い。本心から言っているのだろう。


「そう、だな。行くよ」


「おっ、マジか! ありがとう。めっちゃ嬉しいよ」


 純粋無垢な笑顔を浮かべ、缶ビールを飲み干す姿に、何故だか僕も笑ってしまった。

 他人の幸福なんて興味が無いと思っていたけれど、心というものは人が自覚している以上に温かいものらしい。


 正式な招待状を送るからと言うので、住所を教え、僕らは別れた。彼は空き缶を二本抱え、その姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。



「幸せそうだな」


 別に彼女がいるからとか、結婚間近だからとかは関係無い。


 僕の知らない何か別の――


 もしかすれば、それが“愛”というものなのかもしれない。


 プ――――ッ!


 あぁ、どうして僕は愛を知らないのだろうか。


 トラックにはねられる最期の瞬間、フラッシュバックするのは幼い時の苦しい記憶。それが正しいと思い込んだ両親と自分自身が恨めしい。


 横断歩道の真ん中、僕の右手に握られた招待状はじわじわと紅く染まっていく。


「だ、大丈夫か?! おい、しっかりしろ!」


「渡さなきゃ、これを……」


 胸元に仕舞い込んだ御祝儀は、誰の手にも触れる事のないまま僕は息絶えた。


◇◇◇


 暗い。暗くて湿っている。

 生憎、神や天国、地獄の存在を信じてはいない。そんなものがあるならば、人間はもう少し利口であるに違いないからだ。


「ここは、どこだ……?」


 声は出るが、未だ意識は朦朧もうろうとしていて、視界は霧がかかったように朧気おぼろげだ。


「地獄に堕ちた、か」


 なんだか笑えてくる。

 両親への憎悪が原因か、はたまた自分自身への罰か。理由はともかく、周辺の様子を確認しなくては。


 ふらつく脚を持ち上げ、一歩踏み出した時、僕は妙な違和感を覚えた。


「僕の身体じゃ……ない?」


 手の先から足先まで、その全てが僕の――というか、明らかに人間のそれではない。


 感覚はあるが、このスルスルとした絹の手触りは、例えるなら高級な“人形”のような。


 少し先に水路のようなものを見つけた僕は、短い脚を進ませその水面に顔を写してみた。


 おかっぱ頭に白い肌、それに紅色の着物を身に纏うその姿は誰がどう見ても――


「日本人形?!」


 

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